第130話 地下道の墓標
「(重い…でも、降ろしてたまるか。)」(隼人)
クラウスレイさんを支える肩に生々しい重みがのしかかる。搬送を交代した日下部も、泥水を跳ね上げながら必死に食らいついていた。クラウスレイさんも一緒に八王子へ向かう――その想いは日下部も同じだ。
地下通路は場所によって、膝下まで浸水しており、不気味な静寂の中に、僕達の荒い呼吸音だけが反響している。
「ここは下水道と繋がっている。どうりでくせぇわけだ。」(村山篤史三等陸曹)
「……つまり、どこからでも来る…」(鈴木)
「遮蔽物がないから被弾しやすい。気を引き締めないと…」(杏南)
俺様の名は、コミック・ルマパ、栄えあるアステリム帝国海軍で伍長…じゃなかった、今は兵士長だ。湯河原を偵察した時にヘマして敵に捕まっちまった。後日、脱走出来たんだが、何も出来ず捕虜になったため降格しちまった。
そんな俺は今、ゼムファルト中佐殿からの命令で、ある地下道にいる。川崎に紛れ込んだ鼠を駆除すべく派兵されたわけだ。しかし、いくら俺達河童族が水中を自在に動けるとはいえ、下水の中を移動するのは些か抵抗があるな。
「ルマパ元伍長」(アマハマ)
「素直に兵士長と呼べ」(ルマパ)
「兵士長、俺達って海軍ですよね?」(アマハマ)
「そうだ。」(ルマパ)
「どうして下水を泳いでいるんですか? ここは海ですか?」(アマハマ)
「海じゃないのは確かだ。」(ルマパ)
「俺…下水を泳ぐために海軍になったんじゃないっすよ?」(アマハマ)
「それは俺もだ。だが、リンデイよ…俺達は湯河原で醜態を晒した。まずは、その汚名を返上することが先だ。」(ルマパ)
「そ、それを言われると……」(アマハマ)
「まあ、アマハマ一等兵の気持ちも分かる。これは、どちらかというと陸軍の仕事だ。ここは海じゃない…」(セノール・クトゥル海軍軍曹)
「けど、紛れ込んだ鼠を仕留めるだけなら、楽な仕事でしょ!」
「そのはずなんだけどなぁ…」(アマハマ)
「お前等、油断するなよ…。ルマパ兵長とアマハマ一等兵は、油断して捕虜になったんだろ。同じ轍を踏むなよ。」(クトゥル)
「分かってますよ、分隊長!」(ルマパ)
「(本当に大丈夫か…?)」(クトゥル)
「分隊長!」(グルー・サグテグ上等兵)
斥候として先行偵察をしていた、サグテグが戻ってきた。
「敵を発見しました。ここから1km程先です。隊列を組んで前進しています。」(サグテグ)
「ご苦労。ならばルマパ兵長とアマハマ一等兵は、敵の背後を突け。我々は先回りして正面から攻撃を仕掛ける。」(クトゥル)
クトゥルは部下を引き連れ、素早い動きで敵の前方へ回り込む。そして、ルマパやアマハマは、静かに部隊の後方から隙を伺っていた。
「(――っ、今、何かが動いた!?)」(隼人)
僕は肩に食い込むクラウスレイさんの重みを支えながら、背後の闇に目を凝らした。暗視装置の緑色の世界。下水の水面に、不自然な波紋が幾重にも広がっている。
「隼人、どうしたの?」(杏南)
「水面が揺れた?」(隼人)
「杏南、後ろに……!」(隼人)
僕が言いかけたその瞬間、汚濁した水面から一条の光が奔った。
「ぐっ……!?」(軸屋)
その声は、短すぎた。軸屋士長の体が、ゆっくりと崩れる。水面に倒れる音だけが、やけに大きく響いた。
「……え?」(三宝寺)
「軸屋ァ!!」(村山)
「ギェェェーッハッハ! 汚名返上の獲物一匹、まずは俺様がいただいたぜ!」(ルマパ)
水中から飛び出してきたのは、河童の姿をしたグーリエ星人5体。この5体のグーリエ星人が、水面を滑るような速さで迫って来る。
「(あのグーリエ星人は、湯河原で捕えたやつだ)」(隼人)
僕は、2体の河童に見覚えがあった。初めて経験した戦闘で遭遇した河童型のグーリエ星人。あの時は、捕虜として捕えたが、兵站拠点を襲撃されたときに逃げられた。
「今度は仕留める!」(隼人)
「こちとら、減給に降格喰らってるんだ、きっちり働かせてもらうぜ」(ルマパ)
「ひ、ひぃぃぃ! また来た! また化け物よ!!」(天津種)
天津種中隊長は、パニックのあまり後退り、水に足を取られて無様に転倒した。彼女は退却の際、重い背嚢も銃もすべて投げ捨てていた。今はただ、泥水にまみれて腰を抜かしているだけの、丸腰の哀れな女でしかない。
「全員伏せろ! 撃ち返せ!」(橋本)
橋本中隊長の怒号が響く。だが、敵は背後だけではなかった。
「鼠ども、ここが貴様らの墓場だ!」(クトゥル)
前方の暗闇からも、リザードマンが展開し、一斉に火線を形成する。前後を挟まれ、遮蔽物のない下水道。最悪の状況だ。
「前後から挟み撃ちかよっ」(小城)
「上等だ! 全員ぶっ殺してやる!」(益子)
「冷静に! お互い背中を合わせて迎え撃て!」(橋本)
橋本中隊長は冷静に僕らに指示を出す。
「おい、あんたはしっかりとクラウスレイを守んな!」(ペッシ)
「さっきは見苦しいところを見せたな! あたしもGASTの端くれってところを見せてやるよ!」(ペッシ)
ペッシさんは、僕にそう語り掛けると、イーゴさんと共に、前方のリザードマンを迎え撃つ。
「蛙のやつ…すばしっこいな、チクショウ!」(鈴木)
「(GASTが前方の敵と対峙している。なら、私は…。)」(杏南)
「死ねぇ」(ルマパ)
「く…誰か……」(曽我)
ルマパは巧みな戦闘術で曽我をこかした後、倒れた曽我にナイフを突き刺そうとしている所だった。杏南は、素早くルマパのもとへ移動し、銃剣で切り付ける。
「はあはあ…助かったよ……」(曽我)
曽我は肝を冷やしたが、すぐに立ち上がると、ぴょんぴょんと飛び跳ねる蛙を2体打ち落とした。
「(浅い…)」(杏南)
「おのれ、小娘が!」(ルマパ)
激高した河童(※ルマパ)だったが、その怒気に気圧されることもなく、杏南は諏訪士長との挟撃で隊長格の河童を仕留めた。あたりを見回すと、小城と善最二曹が、残りの河童を仕留めたところだった。
前方では、リザードマン(※クトゥル)とイーゴさん、ペッシさんが対峙していた。残りの敵は掃討済みのようだが、三宝寺が右腕を抑えて蹲っている。敵の攻撃を受け、負傷したようで血が滴り落ちている。
「隊長格のあいつ(クトゥル)はかなり手強い…」(橋本)
僕はクラウスレイさんを背負い直しながら、前方の緊張感に息を呑む。イーゴさんやペッシさん――GASTの隊員を持ってしても仕留められない。橋本中隊長が援護に回ろうとしているが、敵の持つレーザーライフルがそれを邪魔する。
「舐めるなぁ!」(ペッシ)
ペッシが低く吠えると同時に、腰のポーチから特殊な閃光手榴弾を投げ込んだ。下水の水面に反射する強烈な光。クトゥルが思わず目を細めたその瞬間、ペッシは水面を滑るように距離を詰め、ライフルを背負うと同時にタクティカルナイフを抜いた。
「おおおおおっ!」(クトゥル)
クトゥルは視界を奪われながらも、尾を振り回してペッシを牽制する。凄まじい風切り音。しかし、ペッシは空中で体を捻り、その巨躯を飛び越えるようにして背後に回った。
「――終わりよ」(ペッシ)
その一言に、迷いはなかった
「ぐあぁっ!!」(クトゥル)
ペッシのナイフが、リザードマンの装甲の隙間、首筋の軟らかい皮膚へと深く突き刺さる。断末魔の叫びを上げ、巨体が水しぶきを上げて沈んだ。
「……ふぅ。これで全部ね」(ペッシ)
ペッシが荒い息をつきながらナイフの血を拭う。前後から迫ったグーリエ星人の迎撃部隊は全滅した。だが、僕たちに残されたのは、殉職した軸屋士長の骸と、負傷した三宝寺、そして……
「あいつら……許さない……でも、来ないで……来るな……!」(天津種)
泥水の中で腰を抜かしたまま、震える声で呪詛のように吐き続ける天津種中隊長だった。
「……橋本中隊長、軸屋の識別票を回収しました」(村山)
村山三曹の声が震えている。軸屋陸士長の亡骸は、そこに残された。名前も刻まれない、地下の墓標として。
それに、クラウスレイさんの体力もいつまで持つか分からない。勝利の歓喜などどこにもない。ただ、冷たい地下水が僕たちの疲弊した体に染み込んでいく。
「……休んでいる暇はない。八王子へ急ぐぞ。三宝寺は、鈴木と村山で支えろ」(橋本)
「了解」
「……すまない……少し、寒い……」(クラウスレイ)
僕たちは、再び暗闇の先へと歩き出す。背負ったクラウスレイさんの体温が、少しずつ下がっているような気がして、僕は無意識にその腕を強く握りしめた。
登場人物紹介
村山 篤史
生年月日:1995年5月27日 / 出身:富山県
階級:三等陸曹 / 所属:35普連1中隊
セノール・クトゥル
種族・性別:リザードマンの男性
所属・階級:海軍軍曹
備考:分隊長として地下道の迎撃分隊を率いた
グルー・サグテグ
種族・性別:フロッグ族の男性
所属・階級:海軍上等兵
段場 隼人……本編の主人公
苫米地 杏南……隼人の同期で恋人
軸屋 昴……ルマパの襲撃により戦死。享年21歳
橋本 紋次……35普連1中隊の中隊長
天津種 麗……35普連2中隊の中隊長。絶賛錯乱中
鈴木 太陽……35普連2中隊の陸士長
小城 聖太……隼人や杏南の同期
益子 武朗……好戦的な一面が出ている問題児
ペッシ……GASTバイパー班の生き残り
曽我 郁人……ルマパに殺されかけるが難を逃れる
三宝寺 海斗……35普連1中隊の新人。クトゥルとの戦闘で腕を怪我する
コミック・ルマパ……湯河原の失態で伍長から兵士長に降格となっていた
リンデイ・アマハマ……湯河原の失態で上等兵から一等兵に降格となっていた
※イリアン・ゼムファルト……海軍少佐で、テリムト作戦参謀海軍担当兼領海警備隊副隊長だったが、オペレーション・ギデオン(第7次首都圏奪還作戦)以降、中佐に昇格し、テリムト作戦参謀次長兼領海警備隊隊長に昇進した。




