第129話 目指せ八王子
「……はぁ、はぁ……爆破完了。これで、少しは時間を稼げたはずだ」(善最)
善最二曹の掠れた声が、湿った地下通路に響く。神社を崩落させた振動がまだ肌に残っている。背後から迫っていたプレヤディッチの笑い声が、土砂の下に埋まったことを祈るしかなかった。
「こんな所に地下通路があるなんてな。」(軸屋)
「太平洋戦争の名残で、首都圏にはこうした通路が何ヶ所かあるみたいだな。」(橋本)
「イーゴと言ったな。あんたたちの部隊に、一体何があった……」(橋本)
橋本中隊長が、重傷の仲間を抱えるGAST隊員、イーゴに問いかける。イーゴは血と煤にまみれた顔で、震える手でマガジンを叩き込んだ。
「俺達はアンタ等と同じで、秘密裏に潜入していた。俺が所属するラビット班が、プレヤディッチの居場所を突き止め、バイパー班とともに掃討に向かったんだが……」(イーゴ)
「……全滅だ。俺達ラビット班も、バイパー班も……。班長も、あとの連中も、みんなあの化け物どもに……」(イーゴ)
GASTのラビット班は斥候として優秀な隊員が所属する班で、神出鬼没なプレヤディッチの居所を掴んだ。バイパー班は、近接戦闘を得意とする精鋭が集まった部隊だそうだ。
「その2班が全滅……」(諏訪)
「時系列で言うと、俺達がアイゼンと戦ってた時間帯か。」(橋本)
僕は、オペレーション・ギデオンでGASTの強さを目の当たりにした。そのグーリエ星人を圧倒する様は、奴らに支配されたこの世界を救うキーマンになると思われた。そのGASTが成す術なくやられたのだ。プレヤディッチの強さに戦慄が走る。
「先に仕掛けたのは俺達だった。バイパー班が天使(※オズスリットリウム)、熊(※ブリンキン)、ライオン(※シュグルポッター)と対峙している間をすり抜け、ラビット班がプレヤディッチへの討伐を試みたが、プレヤディッチに俺以外が殺された。3人が一気に殺され、生き残ったもう1人もすぐに殺された。奴が援護した途端、バイパー班もそこの2人以外が死んだ。」(イーゴ)
「側近の3人も掃討な手練れだけど……プレヤディッチは次元が違った…あいつは、BJ班長やネイマン班長でも敵わない……」(ペッシ)
ペッシと名乗る隊員の瞳に、思い出したくもない絶望の色が浮かぶ。
「BJ班長とネイマン班長は、GASTでも最強クラスと聞いてます。その2人が勝てないなんて……」(杏南)
杏南は、レンジャー訓練中に予期せぬ戦闘に遭遇したことを思い出した。その現場で、圧倒的な力でグーリエ星人を掃討した、あのネイマン班長ですら敵わないのか…
「いや……あの2人なら…プレヤディッチに勝てると思うぞ…それに、セイレーン班の援護があれば、きっと倒せる……」(クラウスレイ)
重傷を負ったクラウスレイが、途切れ途切れの声で言葉を繋いだ。
「セイレーン班?」(日下部)
「狙撃のスペシャリスト部隊だ。ローレライ班長は世界最強クラスの狙撃技術を持っている。だが、ネイマン班長率いるリッチ班も、セイレーン班も下関で戦っている。」(イーゴ)
「ピットブル班は立川にいる。ここにはプレヤディッチを叩ける戦力が……もう、残っていないんだ……」(イーゴ)
イーゴの言葉は、希望と絶望を同時に突きつけるものだった。GASTの最強戦力が集結すれば勝機はある。しかし、今の自分たちはその「槍」を欠いたまま、猛獣の檻に閉じ込められている。
「はぁ、はぁ……。ど、どういうことよ。GASTってのは、世界最高の部隊じゃなかったの!? そんな ”たられば” の話なんてどうでもいいわよ!」(天津種)
暗闇の中から、天津種中隊長のヒステリックな声が響いた。彼女は壁に背を預け、震える手で乱れた髪を掻き上げている。
「敵が潜んでいる可能性もあります。天津種二佐、声のボリュームを抑えて下さい。」(橋本)
「黙りなさい! 私に指図する気!?」(天津種)
橋本中隊長の冷静な忠告を、天津種中隊長は激昂して撥ね付けた。彼女の瞳には、指揮官としての矜持など欠片もなく、ただ剥き出しの生存本能と、それを隠すための傲慢さだけが渦巻いている。
「……まだ詰んでいない。」(クラウスレイ)
!?
クラウスレイさんがおもむろに口を開く。
「……この地下通路は、大東亜戦争期に構築された広域連結路だ。分岐構造、傾斜、湿度……間違いない。八王子方面へ抜けられる。」(クラウスレイ)
「勝手に作戦を変えて大丈夫なのか?」(橋本)
「ある程度の権限は、班長なら持っていたが…。勿論、報連相は大事だが。」(イーゴ)
「電波が悪く、本部へは繋がっていませんよ?」(諏訪)
「……あんた達と戦った特戦群は何人いた?」(クラウスレイ)
「3人だが?」(善最)
「なら、他に特戦群が潜んでいるかもしれん……地理情報隊も今回の作戦に絡んでいる……生き残りの隊員がいるかもしれん。彼らと合流出来れば……本部へ伝達が出来るかもしれん。」(クラウスレイ)
「しかし、外に出るのは危険だ。」(家泉)
「出入口も爆破して封鎖しましたし…。」(鮫島)
「……ならば進むしかないな。」(クラウスレイ)
「そうだな、そうしよう。」(橋本)
「俺は置いて行け……この怪我ではまともに戦えない。自力でも動けないしな…。」(クラウスレイ)
「何を言ってるんだ、クラウスレイ!」(イーゴ)
イーゴが悲痛な声を上げた。仲間のほとんどを失い、最後に残った頼れる仲間まで置いていくことなど、彼には到底受け入れられなかった。
「足手まといを連れて歩けば…全員が死ぬ。……それが一番の”無駄”だ。違うか、中隊長殿?」(クラウスレイ)
クラウスレイは、血の混じった笑みを浮かべ、壁際の天津種を見やった。皮肉を込めたその問いに、天津種は顔を引き攣らせ、一瞬だけ言葉に詰まった。だが、彼女の喉から出たのは、人としての最低限の情すら欠いた言葉だった。
「……そ、そうよ。本人がそう言っているんだから、合理的判断よ。それとも情で全滅するつもり? さあ、一刻も早く移動しましょう。こんな場所にいたら、いつ追いつかれるか……!」(天津種)
「……いい加減にしろ。」(橋本)
橋本中隊長の低く重い声が、地下通路の湿った空気を切り裂いた。その眼光は、もはや同僚を見るものではなく、害虫を排除する際の冷徹さに満ちていた。
「(……この人は、どこまで汚いんだ)」(隼人)
飯田三曹も、高村二曹も、豆小玉三曹も、みんな「誰か」を救うために命を捨てた。なのに、この天津種という女は、今まさに自分たちを助けようと情報を出したクラウスレイさんを、ゴミのように捨てていこうとしている。
「(この人を置いていけば、生き残れる確率は上がる。でも――それでいいのか?)」(隼人)
僕は一歩、前に出た。
「クラウスレイ。悪いが、あんたを置いていく選択肢は俺にはない。……段場、日下部、お前達は交代でクラウスレイを担げ。」(橋本)
「……了解」(隼人・日下部)
僕と日下部は、弾かれたようにクラウスレイさんの脇に手を差し込んだ。
「よせ……橋本三佐、あんた……」(クラウスレイ)
「この状況で冷静に対応策を考えていた。地理情報も特戦群の動向も、あんたの頭の中にしかない。死なれては困る。……それに、仲間を置いて逃げるような真似をすれば、俺がさっき死んだ部下たちに顔向けできん。」(橋本)
橋本中隊長は天津種中隊長を完全に無視し、僕たちに向き直った。
「これより本隊は八王子方面へ転進、潜伏中の味方部隊との合流を目指す!」(橋本)
「……だが八王子も安全圏ではない。連中が網を張っている可能性は高い。気を引き締めるぞ!」(橋本)
「了解!」
僕は力強く返事をした。身体は重く、疲労は限界を超えている。でも、今は不思議と足が震えていなかった。守るべきものが、繋ぐべき命が目の前にあるからだ。
「な、なによ……私の命令を無視する気!? 上官に逆らうなんて問題よ!」(天津種)
叫び続ける天津種を置き去りにするように、僕たちは暗い地下通路の先へと足を進めた。背後から、彼女の狂ったような足音が追いかけてくる。僕たちはまだ、地獄の底にいる。でも、暗闇の中にわずかな「光」――八王子への道が見え始めていた。
登場人物紹介
ペッシ……GAST「バイパー班」の生き残り
クラウスレイ……GAST「バイパー班」の生き残り。自身は重傷を負うが、状況を冷静に分析していた
段場 隼人……本編の主人公
苫米地 杏南……隼人の同期で恋人
諏訪 明登……隼人への当たりがきつい実力者
橋本 紋次……35普連1中隊の中隊長
天津種 麗……35普連2中隊の中隊長、錯乱しまくっている
イーゴ……GAST「ラビット班」の生き残り
善最 大河……35普連2中隊のレンジャー隊員
軸屋 昴……35普連1中隊の陸士長
家泉 興図……35普連2中隊の三等陸曹
鮫島 玲生……35普連2中隊の若き三等陸曹
日下部 樹……35普連2中隊の新人
※
ローレライ……GAST狙撃班のエースで班長の1人。コードネームからして女性か?
セイレーン班……ローレライが率いる班の名称。国内最強の狙撃部隊
※2)クラウスレイのセリフに「…」が多いのは、「…」を通して怪我で喋るのもきつい状態を表すためです。




