第126話 違和感
「……アスゲニフ大尉、ここは私たちが!」(セウス)
「少佐殿の仇、ここで討たせてもらうぞ!」(アクマン)
「何を言っている貴様ら。ここは我々3人で守る。」(アスゲニフ)
アスゲニフ、セウス、アクマンの3人が一斉に突っ込んできた。彼女達の役割は、勝つことじゃない。一秒でも長く自衛隊をここに釘付けにし、背後の非戦闘員たちを逃がすことだ。
「お前達は早く逃げろ!」(セウス)
「外に敵はいない。救援の要請もしてある!」(アスゲニフ)
「(なんて速さだ……!)」(隼人)
アクマンの素早い動きに、僕の標準が定まらない。だが、杏南、諏訪陸士長、豆小玉三曹等、レンジャー資格を持つ精鋭達が一斉に踏み込んだ。
「くたばれ、猿野郎が!」(諏訪)
諏訪の89式小銃が火を噴き、アクマンの足を止める。そこへ飯田と高村が左右から連携し、死に物狂いで抵抗するセウスを抑え込む。
「非戦闘員が奥へ逃げる! 追え!」(橋本)
橋本中隊長の声が響く。僕や小城、益子陸士長等が非戦闘員を追う。
「(追って……どうする? 連中は武器を持っていない…。)」(小城)
非戦闘員を殺すことが正解なのか、僕には分からない。けれど、非戦闘員だからと侮ってはいけないとも教えられた。2000年代前半、捕虜として捕えた非戦闘員のグーリエ星人に返り討ちにあった話を何度も聞いた。非戦闘員でも高い水準の戦闘能力を持っている。
「(でも、でも……)」(隼人)
「いたぞ! 逃がすな!」(益子)
その時、一人の子供と目が合った。抱きかかえられたリザードマンの子供。その瞳に浮かんでいたのは、敵意ではなく――恐怖だった。
「……っ」(隼人)
「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」(隼人)
一瞬、引き金にかけた指が止まる。その瞬間。
――タタタタン!
「……ッ、益子士長!?」(隼人)
僕の叫びは、激しい銃声にかき消された。
タタタタン! タタタタン! タタタタン!
「急げ! 奴らが逃げる!」(益子)
益子陸士長が、躊躇なく引き金を引いた。逃げ惑う非戦闘員たちの背中に、5.56mm弾が容赦なく吸い込まれていく。 一度火がつけば、それは連鎖した。 益子陸士長の苛烈な攻撃に同調するように、他の隊員たちも「任務」という免罪符を盾に射撃を開始した。
「撃て! 逃がすな!」(益子)
最初の1発は、任務だった。2発目も任務だった。だが3発目から先は――違った。
「はは……逃げんなよ」(益子)
「そんな…非戦闘員を躊躇なく撃つなんて……」(ノーセム)
事前の調査で、自衛隊は防衛のために戦う組織と聞いていた。彼らは過度な殺害はしない。非戦闘員には攻撃をしない。ノーセムはそう聞かされていた。しかし、現実は…
「(ここには子どもだっているんだぞ……!?)」(ノーセム)
ノーセムの視線の先にはエルフの子どもが泣き崩れていた。子どもの目の前に倒れているのは…その子の母親だった。
「ブレイヤさん! ちょくしょう……」(ノーセム)
「ヌス、今助けるぞ!」(ノーセム)
ノーセムはヌス・ブレイヤ少年の下へ駆けつける。抱き上げようとしたその時、彼は被弾した。
「……あ、が……っ」(ノーセム)
「ノーセムさん!」
調理員のノーセムが倒れ、それを庇おうとした人影が次々と崩れ落ちる。 血の海。 そこにあるのは、さっきまでの「高潔な戦い」とは程遠い、一方的な駆除の光景だった。
「益子士長、もういい! もう止まってください! 子どももいるんですよ!」(隼人)
「……何を言ってんだ、段場。こいつらを逃がせば、俺たちがどこから来たかバレるんだぞ。ここで止めたら、次に死ぬのは俺たちだ!」(益子)
返り血を浴びた益子の顔は、高揚していた。益子士長は攻撃を止めない。
タタタタン! タタタタン! タタタタン!
「(殺戮を楽しんでる?)」(隼人)
「まってくれ!」
「た、助けてくれー!」
タタタタン! タタタタン!
「(……。)」(小城)
小城の顔が冴えない。
「どうした?」(隼人)
「いや、気のせいだと思うんだが……悲鳴に、日本語が混ざっていた気がして…。」(小城)
「はあ? そんなわけねぇだろ。」(益子)
いや、違和感はある。日本語で書かれたポスター然り、それに…この遺体の中で一番多いのが、僕達と同じ黒髪や茶髪の人間…。僕1人だけでなく、小城も疑問に感じたのならば…。
「(僕達は同胞の日本人も殺したのか?)」(隼人)
床には小さな靴が転がっていた。戦場に似つかわしくない小さな靴だ。
「おい、まだ向こうで戦っている。俺達も加勢するぞ!」(家泉)
僕達は急ぎ搬出路へ戻った。そこでは、杏南や諏訪士長が義手のハイエルフと闘っていた。
「あとはアイツだけだな!」(益子)
益子陸士長は、先程の戦闘で多くの敵を仕留めて、気が昂っているようだった。味方への誤射も気にせずに発砲した。
「(ちょ、味方に当たる!)」(杏南)
「(敵を仕留めるなら、俺達は死んでもいいってのか…)」(諏訪)
「待て、益子! 仲間に当たる!」(豆小玉)
「アイツ(アスゲニフ)を仕留めるのが優先だろ!」(益子)
「益子…ハイになってやがる。」(家泉)
杏南や諏訪陸士長だから避けながら戦えているが、並の隊員なら益子陸士長の発砲に被弾しているだろう。
「隙が出来た!」(諏訪)
諏訪陸士長の叫び声の後、杏南が敵兵の眉間を撃ち抜き、義手のエルフは倒れた。
「がはっ…」(アスゲニフ)
「(守れなかった……)」(アスゲニフ)
アスゲニフは後悔を残し、息絶えた。
「時間はかかったが、ここは制圧出来た。」(ヤオ)
「(手強い相手だった…。命を賭しても守るという強い意志を感じた…。)」(杏南)
「(このエルフは、非戦闘員を守るために必死に戦っていた…。それを、俺達は……いや、こちらがやらないとやられていた。仕方がない事なんだ……)」(諏訪)
アスゲニフと戦った諏訪と杏南は、このアスゲニフの姿勢に感じるものがあった。ただの”敵”ではなく、命を賭して非戦闘員を守る姿勢に、そして、非戦闘員を殺害した自分達の倫理観に。
「一度、日下部や三宝寺の下へ戻ろう。」(橋本)
僕らは一度、大広間へ戻り、日下部や三宝寺の下へ合流した。大広間では、日下部や三宝寺が悲痛な表情をしていた。
「中隊長……二河さんが、亡くなりました。」(三宝寺)
「っ…。」(隼人)
真堂三曹、世田陸士長、そして二河陸士長…。
「家族の下へは帰れないんですね……」(日下部)
「ああ……」(橋本)
僕らは秘密裏に動いていたので、遺体を回収できるルートはない。彼らはここで弔うしかなかった。
「ちくしょう……」(隼人)
「感傷に浸っている暇はない。ここで弔って、先へ急ごう。」(ヤオ)
「……了解。」(隼人)
握った銃が、やけに重かった。仲間の死、そして――撃ってはいけないものを撃ったからか。
登場人物紹介
ヌス・ブレイヤ
種族・性別:エルフの男児
所属:非戦闘員(技術者)の息子
備考:目の前で親を殺され、泣き崩れていたところをノーセムに保護されるが、ノーセムと同時に被弾して亡くなる。
段場 隼人……本編の主人公
苫米地 杏南……隼人の同期で恋人
諏訪 明登……隼人への当たりがきつい若手隊員
橋本 紋次……35普連1中隊の中隊長
小城 聖太……隼人や杏南の同期。同期の中では優秀な方
益子 武朗……35普連の問題児。非戦闘員を大量に仕留めてハイになっている
ヤオ……特戦群の隊員
豆小玉 芙琉……隼人直属の上官
家泉 興図……35普連2中隊の三等陸曹
ラランワ・アスゲニフ……元テリムト特殊作戦部隊部隊長。杏南に仕留められる
アイハン・アクマン……猿型獣人族の一等兵
ペルーゼ・セウス……リザードマンの伍長
ケンタ・ノーセム……調理スタッフ。兎型獣人族
※隼人達が攻撃したこの施設では、非戦闘員の寮が併設されています。作中に出てきたグーリエ星人の子どもは、地球で生まれ、この寮で生活していました。




