第125話 揺れる信念
――JR南武線 川崎駅――
「立川への物資はこれで完了だ。後は無事、補給物資が届いてくれることを祈る。」(ジャパルド・ソニエク陸軍少佐)
立川方面の補給拠点は、防災広域基地に併設していたため、自衛隊の襲撃と共に壊滅的被害を受けていた。そこで多摩川近郊を拠点としていた、ソニエクが管理する補給拠点から物資の輸送が打診された。
「補給部隊にはなれました? 先輩?」(ソニエク)
ソニエクは隣に立つ、右腕が義手のハイエルフに話しかける。
「この腕でもまだ出来ることがあるなんて有りがたいですよ。一生懸命やらせていただいてます。」(アスゲニフ)
ラランワ・アスゲニフ――テリムト特殊作戦部隊の部隊長を務めた彼女だったが、大月の戦いで受けた怪我(片腕を失う)によって特殊作戦部隊の任を解かれた。帝国産の義手や義足は、慣れれば自分の手足のように動かせる高性能なものだが、利き腕を失ったアスゲニフは、まだ手に馴染んでいない。
「物資の管理と輸送がメインなので、前線に出ることはありませんが、それでも大事な仕事だと思って僕は取り組んでいます。戦わない者がいるから、戦う者は前に出られる。それだけの話です。ははは」(ソニエク)
そう乾いた笑いを飛ばすソニエク。血気盛んな軍人の中には、後方支援を希望する者を”臆病者”と罵る輩もいる。もっとも、ソニエクの戦闘能力は低くない。帝国軍人の強さの目安は「階級」なのだ。
「少佐殿、今は私の方が格下ゆえ、敬語は控えて下さい。」(アスゲニフ)
アスゲニフは特殊先戦部隊の部隊長の任を解かれた後、階級も少佐から大尉に降格させられた。大月の戦い、帝国軍は敗戦と受け止めている。そのため、大月に参戦した帝国兵は軒並み降格処分を言い渡されている。
「そうなんですが、どうしても軍学校の頃を思い出して…いや、その通りだ。善処する。」(ソニエク)
「少佐殿! “アイゼン”のセンサーが消失!」(ディオンヌ)
「侵入者か?」(アスゲニフ)
「急いで戻ろう!」(ソニエク)
「現在はハインツ少尉率いる小隊が戦闘中。私達、非戦闘員は避難中!」(ケンタ・ノーセム:調理員)
「君たちに護衛はいるのか?」(ソニエク)
「セウス伍長、アクマン一等兵がついています。」(ノーセム)
「分かった。あなたも無事避難できるよう…。」(ソニエク)
「先輩、我々も急ぎましょう!」(ソニエク)
―数分後―
「ハインツ少尉! 持ち堪えろ、今援護する!」(ソニエク)
搬入口にソニエク達が滑り込んできた。
「少佐殿!」(ハインツ)
ハインツは肩で息をしながら、ソニエク達を仰ぎ見た。左肩を撃たれ小銃を扱えなくなり、拳銃で奮闘していた。あと少しソニエク達の到着が遅れていたら、とっくに戦死していただろう。
「ハインツ少尉は休んでいろ! ここの指揮は私が執る!」(ソニエク)
「アスゲニフ大尉は非戦闘員の避難誘導、ディオンヌ二等兵はここに残って戦闘! 分かれ!」(ソニエク)
「了解!」(アスゲニフ)
「こんな私でも非戦闘員の盾にはなれる!」(アスゲニフ)
「隻眼でも戦ええるわよ!」(ディオンヌ)
ソニエク、アスゲニフ、ディオンヌの3人は、凄まじい殺気を放って立ち塞がった。隼人は、その立ち姿だけで近いした。
「(あのグーリエ星人は、強い…。)」(隼人)
ソニエクの指揮は冷徹かつ的確だった。アスゲニフは隻腕と思えぬ鋭い剣技で、非戦闘員の盾となり、ディオンヌの射撃は正確無比で、35普連の前進を完全に止めた。
「ぐっ…あああああッ」(二河)
敵銃弾が、僕の隣にいた二河陸士長を貫いた。
「(急いで止血しなきゃ…。)」(隼人)
僕は、二河陸士長をコンテナの裏まで運び、急いで止血作業を施した。
「ぐっ…ぐあああああああ。」(二河)
「弾薬がまだ体に残っている。至急、取り除く!」(高村)
「段場、お前は二河の身体を抑えていろ!」(高村)
援護にきた高村二曹が、二河陸士長の身体に埋まった弾薬を取り除こうとする。二河陸士長は激痛に顔を歪め、抵抗するように身体を大きく揺らす。
「段場、しっかり押さとけ!」(高村)
「はい!」(隼人)
威勢よく返事したものの、激痛に蠢く二河陸士長の力は強く、なかなか抑え込むことが出来ない。
「何やってんだ、馬鹿が…」(諏訪)
「段場、テメェは近くの敵を仕留めてろ!」(諏訪)
諏訪陸士長が痺れを切らしてやって来て、僕の代わりに二河陸士長を抑え込んだ。無事、弾薬を取り除き、後は二河陸士長の生命力に懸けるのみとなった。
「二河陸士長はそのままにするんですか?」(隼人)
「なら、テメェがそこにいろ!」(諏訪)
諏訪陸士長は、いつものようにきつく僕に言ってくる。戦場でも相変わらずだが、先程の処置といい、戦闘能力といい、実力は本物だ。「力こそ正義」――そんな言葉が僕の脳内に響く。
「(一般企業だったらパワハラもんだけどね。)」(隼人)
僕は、諏訪陸士長と高村二曹の様子を目で追った。
「援護します!」(隼人)
僕は小銃を構え直し、二河陸士長を庇う様にしてコンテナの影から身を乗り出した。
戦況は過酷さを増していた。援軍にきたダークエルフやエルフによって士気が上がったグーリエ星人の猛攻に、負傷者が続出する。
「……ぐ、ぅ……」(真堂)
悲鳴すら上げられなかった。前線で血気盛んに戦っていた真堂三曹が、敵狙撃により眉間を撃ち抜かれて、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「真堂三曹!」(世田)
動揺した世田陸士長が身を乗り出した瞬間、世田陸士長も敵兵の一撃に沈んだ。
「真堂、世田!! ちくしょう…。」(橋本)
昨日まで一緒に笑っていた仲間が、一瞬で物言わぬ肉塊に変わる。これが戦場。再びその地獄に足を踏み入れたのだと痛感する。
「”フクロウ”より各員へ! ここで一気に叩くぞ!」(ヤオ)
それでも、戦わねば犠牲は増える。ヤオさんたち特戦群が、アイゼンの残骸を盾にしながら、決死の突撃を敢行した。それに呼応するように、杏南が風のように走り込み、敵主力に切り込んだ。
「……先輩、お先に……失礼します……」(ソニエク)
乱戦の末、ヤオの至近距離からの射撃がソニエクの胸を捉えた。
「少佐殿!」(ディオンヌ)
「きゃあああっ」(ディオンヌ)
ソニエクが討たれたところを目の当たりにしたディオンヌは、その刹那、杏南の銃弾に倒れた。その奥では、小城がハインツを仕留めたところだった。
「逃げた奴等を追う!」(ヤオ)
「日下部、三宝寺、お前達は怪我人の救護だ。」(橋本)
「了解!」(日下部)
「了解!」(三宝寺海斗二等陸士)
「逃がすかよ……!」(ヤオ)
ヤオさんの合図と同時に、僕たちは拠点のさらに奥――搬出ゲートへと続く長い通路へとなだれ込んだ。 そこで待っていたのは、盾となり、剣となり、文字通り最後の一兵として立ち塞がる義手のグーリエ星人ほか2名だ。
「……ここまで来たか。だが、この先は通さん!」(アスゲニフ)
彼女の左手には、鈍く光る帝国製の長剣。右腕の義手は、慣れない手つきながらもしっかりと予備の拳銃を握り締めている。 隻腕というハンデを背負いながらも、その瞳にはかつての部隊長としての誇りと、守るべき仲間(非戦闘員)への執念が燃え盛っていた。
「(凄い殺気…義手だからと侮れない…)」(杏南)
対峙した瞬間、肌を刺すようなプレッシャーに息が詰まる。 それと…
「(あの後ろにいるのは…非戦闘員だよな…。グーリエ星人とはいえ、非戦闘員を殺すのか? それに、日本人もいないか? いや、グーリエ星人は滅ぶべき…。)」(隼人)
グーリエ星人は憎むべき対象でしかない。しかし、僕らに怯える非戦闘員の姿を見ると、その気持ちに揺れる自分がいた。
登場人物紹介
三宝寺 海斗
生年月日:2002年8月18日 / 出身:愛知県
階級:二等陸士 / 所属:35普連1中隊
備考:新人隊員
ジャパルド・ソニエク
種族・性別:ダークエルフの男性
所属・階級:陸軍少佐で、補給部門を担当する
備考:アスゲニフは軍学校の1期先輩にあたる。
ケンタ・ノーセム
種族・性別:兎型獣人族の男性
所属・階級:調理員として派遣。軍人ではない非戦闘員
ペルーゼ・セウス
種族・性別:リザードマンの男性
所属・階級:陸軍伍長、補給部隊所属
備考:非戦闘員の護衛を行う
アイハン・アクマン
種族・性別:猿型獣人族
所属・階級:陸軍一等兵、補給部隊所属
備考:非戦闘員の護衛を行う
段場 隼人……本編の主人公
苫米地 杏南……本編のヒロイン
二河 錬……重傷を負う
高村 伸作……悩めるレンジャー隊員
諏訪 明登……確かな実力を持つが、隼人には厳しい
真堂 卓郎……この戦いで戦死する。享年23歳
世田 直也……この戦いで戦死する。享年22歳
橋本 紋次……35普連1中隊の中隊長
ヤオ……特戦群の隊員
ラランワ・アスゲニフ……元特殊作戦部隊部隊長で、現在は補給部隊に所属
キキ・ディオンヌ……元特殊作戦部隊でアスゲニフが可愛がっていた若手。アスゲニフ同様、補給部隊に異動となった。
エスリー・ハインツ……元はオズスリットリウムの副官だったが、大月の戦い以降、その任を解かれ、左遷同然で補給部隊に異動となった。




