第119話 分解中
「この度、35普連では、1中隊で高村伸作二曹、2中隊では飯田源紀三曹、諏訪明登陸士長、苫米地杏南二士、3中隊の輪床圭慎三曹、4中隊の角南朱杏三曹がレンジャー訓練を修了した。年々厳しさを増す訓練を乗り切った彼らに敬意を表したい。」(空間)
苫米地杏南です。
原隊復帰したその日、空間連隊長による発表で、私達のレンジャー資格取得は連隊全体に知れ渡りました。
「2中隊は3人か、凄いな…。」(白川)
「(悔しいなぁ……)」(隼人)
「(俺もいつかはレンジャーに!)」(小城)
「(私はまず、基礎体力の向上!)」(ジュリア)
熱のこもった祝福の言葉や視線を受け、35普連はレンジャーという新たな活力を得たように見え、訓練で消耗しきった体には、その熱気が心地よかったです。しかし、その感覚はすぐに打ち砕かれました。
翌日の戦闘訓練、私は諏訪陸士長や飯田三曹と共に中隊に加わりましたが、訓練は明らかにどこかおかしい。
号令がかかっても、誰も最初の一歩を出しません。ほんの一拍。それだけで、部隊はもう揃っていませんでした
通信の声はいつもより小さく、指示が曖昧になっています。展開した隊員と隊員の間には、目に見えない溝があるように思い、それはまるで、全員が互いのミスを指摘することを恐れているようでした。
「(一体何が……? 誰かが指導に入らないと。このままでは、ただの隊列移動になってしまう)」(杏南)
レンジャー訓練で培ったのは、極限状態でも目的を達成する連携と信頼です。しかし、今の2中隊には、その両方が欠けているように感じました。
「おい、苫米地。お前、動きが鈍いぞ。レンジャーなったらもういいってか?」(益子)
益子一士の声が、必要以上に強く響きました。その声は指導ではなく、抑えきれない焦燥と苛立ちが滲んでいました。私は、叱責されたことよりも、先輩のあの感情が訓練中に表に出たことの異常さに、強く戸惑いました。
「コラア、段場! テメェ、何の成長もしてねぇな!」(豆小玉)
「おい、 ちんたらしてんじゃねぇ!」(富貴)
「遅ぇんだよ!」
「指示が曖昧なんだよ!」
言い返す声が、重なる。――誰も、正しいことを言っていない。――でも、全員が“相手のせい”にしている。各所で罵声が飛び交い、雰囲気は最悪で、それを正す者もいない…。動けるはずの人間が、互いに動きを殺している状態です。
——これは疲労じゃない。崩壊だ。
訓練終了後、ジュリアさんが、いつもの明るさとは少し違う、硬い表情で私に近づいてきました。
「杏南。レンジャーお疲れ様。…ちょっと、話があるんだけど」(ジュリア)
「ジュリアさん。あの、今日の訓練、やっぱり変ですよね?」(杏南)
ジュリアさんはそう言って、周囲を気にしながら小声で、この数週間に中隊で起こった出来事を話し始めました。
「前にさ、段場の奴が言ったんだよ。 “命令に従え”って」(ジュリア)
「……それで?」(杏南)
「益子さん、 “お前に命令される筋合いはない”って」(ジュリア)
「それに、段場は運天とも揉めてね…」(ジュリア)
「……。」(杏南)
話を聞いて、私は呆れてしまいました。
要は意見の合わない同僚・上官への不満を隠そうとせず、レンジャー試験の在り方や市民団体、TVのコメンテーターや防衛大臣にまで怒りの矛先が向いているようで、隼人がそれをたしなめたのがきっかけで揉めたようです。
要の考え方は、もはや選民思想になっており、上官へのリスペクトも欠いています。益子一士は、矢戸一士との関係性が根本にありますよね。小城が言うには、益子一士は矢戸一士を虐めていたようで――それは初めて知りましたが…。益子一士が矢戸一士に自衛官を辞めるように見舞う度に言っているようです。その姿勢に疑問を持った隼人が意見をしたら、ここでも揉めたようです。
隼人は…彼の言う事は正論だと思いますが、正論だからとそれがすんなり受け入れられるのが難しいのが人間というものです。彼の真っ直ぐな性格が仇となっている感じもします。隼人は諏訪士長との関係も良くありませんしね…。
益子一士も、要も、上官の意見を素直に聞くタイプではなく、ほとほと困り果てていると……。これは、五十鈴教官に喝を入れてもらいたいですね…。
この状況をまとめる中隊長がいないのが痛い。現在、天津種中隊長は虚偽の申告をしたとして、謹慎処分となっています。懲戒解雇でないのは、自衛官の人手不足ゆえと聞きました。
「(まあ、あの中隊長では現場をまとめることは出来ないけど…)」(杏南)
要には、和戸中隊長が注意をしているようですが、なかなか響かないみたいです。
レンジャー訓練では、死に体の家村士長を全員で支えようとした。でも今の2中隊は、元気な者同士が足を引っ張り合っている。このまま実戦に投入されれば、私たちはグーリエ星人に殺される前に、身内に背中を撃たれかねない……
「この状況で、招集されたら…。」(杏南)
それは非常に危険です。しかし、時間は待ってくれません。第8次首都圏奪還作戦の始動が、現実味を帯びてきたのです。
登場人物紹介
段場 隼人……本編の主人公
苫米地 杏南……隼人の同期で恋人
空間 瑠衣……35普連の連隊長
小城 聖太……隼人や杏南の同期
坂下 ジュリア……杏南に憧れ、杏南に背中を預ける存在になるべく鍛錬中
白川 和萌……35普連3中隊の陸士長
豆小玉 芙琉……隼人直属の上官で、レンジャー持ち
富貴 彪雅……35普連2中隊の三等陸曹
益子 武朗……35普連2中隊の問題児
※和戸一暁一等陸尉は、新年度から35普連4中隊の中隊長に任命される。




