第12話 隼人が見たもの
僕は、要に今日起きた事を全て話した。
僕らが遭遇したグーリエ星人は、河童の姿をしていた3体で、そのうち1体を江鹿一曹が手榴弾を投げ返して仕留めたこと。残り2体は捕虜として確保したこと。そして、その後に園山三佐の班が天使族の襲撃を受け、被害が出たこと。
「何だ、それはもう知ってる。」
要のその一言に、僕はむっとした。僕が全身で感じた、手榴弾の爆発と死の予感、江鹿一曹の咄嗟の判断力、そして仲間達が命を懸けていたという、重く確かな現実が、要のたった一言で軽く扱われたような気がした。
―回想―
僕らが、河童型グーリエ星人と戦闘を終え、哨戒任務を再開した時のことだった。
「曹長、園山三佐の班が、戦闘に入ったようです。」
※新山 岳三等陸曹
無線が緊張を伝える。僕らは、新崎川沿いから離れ、湯河原の市街地へと向かっていた。すると、上空で何か爆発音がした。
『こちら智川。上空に天使族を視認。ドローンが尽く破壊されている。上空からの攻撃に警戒せよ。』
「天使族…。」
僕は、上空を見渡した。視界には、ドローンが破壊される様子と、素早く動く物体が複数。まだはっきりと分からないが、あれが天使族なのか。
「曹長、どうします?」
中西三曹の問いに地頭曹長は、即座に判断を下す。
「今の装備では、天使族相手だと分が悪い。しかし、10高はもう動いている。向かうぞ」
「了解!」
その時、北の方角から、空気を震わせるような重い爆発音が響いた。
「12時の方向から爆発音! 規模からロケット弾相当の火力と思われます。」
瑛松二曹からの報告に僕は驚いた。
「ロケット弾? 自走発射機が街中にあるということですか?」
「いや、奴らはロケット弾並みの威力を撃ち出せる携行火器を持っている。」
地頭曹長が冷静に答える。
「そんなものが!?」
「それがグーリエ星人の恐ろしさだ。個体としての戦闘能力に、装備の発達。何もかも俺達の上をいく。」
新山三曹の言葉に僕は、固唾を飲んだ。そして、杏南は察した。
「つまり、あの攻撃は…。」
「グーリエ星人からだ。」
第10高射特科大隊が現場へ向かっているという話だが、それはまだ先の話だ。
その時、魚見陸士長が叫んだ。
「上空の天使族がこちらに接近。数は5体、いや、8体!」
上を見ると、白い翼を持った人影が5体。そして、その天使族に抱えられている人影が3体。天使族は負傷しているようには見えない。抱えられている3体は、二瓶三曹のドローン攻撃で負傷した斥候部隊だろうか。この天使族は、戦闘ではなく負傷した仲間の救護に来たのか。
敵の様子を見て、僕は悟った。園山三佐の班は……負けたのだ。
その瞬間、僕の中で何かがぷつりと切れた。仲間が、僕の知らない場所で、こんな恐ろしい敵に蹂躙された。怒りと悲しみ、そして自分では何もできない無力感が混ざり合い、僕の感情を爆発させた。
「あの野郎!」
僕は怒りに身を任せ、天使族へ向けて発砲した。地頭曹長から「撃つな!」と制止されたが、構わず討ち続けた。
その瞬間、空を飛ぶ天使族の一人が振り返った。――目が合った。ほんの一瞬だった。だが、その瞳には確かな苛立ちが浮かんでいた。そして、僕らの方向へ警告射撃を行った。
弾は僕らを狙っていなかった。道路の中央を正確に撃ち抜き、爆風だけをこちらに叩きつけた。爆発の際に飛び散った小石が当たり、数名が軽傷を負った。陥没した道路を見て、あれが直撃していたらと思うと、背筋が凍った。
「何やってるんだ、馬鹿者が!」
地頭曹長の怒鳴り声が響く。
「敵は俺達を無視していた。だがお前が撃った瞬間、敵は俺達を交戦相手と判断した。」
新山三曹は、目尻から出血していた。小石の破片が当たったようだった。
「敵は負傷兵を運んでいた。救出が目的だった可能性が高い。今は追撃より、中隊長の救援を優先すべきだった。」
瑛松二曹は、僕をまっすぐ見つめ、そう諭した。優しい声掛けだったが、その目は冷たく、僕の軽率さを責めていた。
「お前の軽率な行動で戦況が変わり、被害が出るところだった。感情で動くな。感情で動くと、軽率な行動になりがちだ。死者が出なかったのは、運が良かっただけだ。それを肝に銘じろ。」
地頭曹長の言葉は、僕に胸に鉛のように重く圧し掛かった。曹長は怒っていたが、その怒りには僕への深い配慮が込められているのを感じた。僕の軽率な行動が、僕自身だけでなく、仲間を危険に晒した。その事実が、僕の心を深く抉った。
――もしあの弾が直撃していたら。仲間を殺したのは、敵ではなく僕だった。
あの天使族は、僕らと戦うためではなく、負傷兵を回収するために飛んでいた。僕らも同じだった。向かうべき相手は天使ではなく、園山中隊長だった。
『こちら廣嶋。中隊長ほか、5名を発見。うち2名は死亡。』
…!
2名が死亡…。僕らや10高が現場へ到着した頃には、戦闘は終わっていた。すでに2名の仲間が帰らぬ人となったのだ。上空の天使族も見えなくなっていた。
『了解。廣嶋達は、重傷者の処置と周囲の警戒を。今から35普連の衛生小隊と4中隊をそちらに派遣する。地頭の班は、任務を継続しろ。』
死者の報告も、片桐一佐は冷静だった。拠点に戻り、死傷者の状態を聞かされ、気が重くなった。重傷者は戦列に戻るどころか、日常生活にも支障が出るほどの重体だ。何より、園山中隊長が戦線を離れるのは、2中隊としても痛手となる。
―現在:湯河原駅裏・兵站拠点―
「その程度で凹んでたら、この戦争じゃ3日も持たないぞ。」
その言葉に、僕は何も言い返せなかった。だが、それは正しいからではない。要は――まだ戦場を知らない。
…とにかく、横になって休みたい。
杏南や他の同期も、僕と同じような気持ちなのだろうか?
同じように疲労と、心の傷を抱えているのだろうか?
僕は、湯河原で初めて、戦場の洗礼を受けたのだった。




