第117話 厳しい総評
「レンジャー高村、以下10名の者は、与えられた任務を完遂し、帰還しました!」(高村)
駐屯地内では、盛大な拍手が隊員達を迎えた。それは、外野の声には惑わされないという意思表示であるかのように。
苫米地杏南です。
門前で市民団体と衝突する一幕もありましたが、現在、レンジャー帰還式が駐屯地内で粛々と行われています。
五十鈴教官に気圧されて静まり返った市民団体ですが、駐屯地の鉄門の外では、再び抗議を始めています。思わず反発してしまった飯田三曹や、市民団体の前に立ちはだかった五十鈴教官は、既にメディアで一方的に槍玉に上がっていることを、私たちは後日知りました。
式典の終盤、壇上の幸目陸将が、厳しい表情の五十鈴教官に視線を向けました。
「最後に、五十鈴教官、何かあるかな?」(幸目陸将)
五十鈴教官は、私達10名を見据え、静かに、しかし断定的に言い放ちました。
「お前らは、晴れてレンジャーになれたわけだが、それが戦場で生き残ることを保障するものではない。強くなった気でいるなら、勘違いをするな。」(五十鈴)
「……。」(幸目陸将)
「(労う気ないのかな?)」(塗)
「(言わんとしてることは分かりますよ。)」(大綱)
「(幸目司令が困っている…。)」(原崎)
「(口悪いなぁ……)」(宇留浦)
呆れる助教達の中で、秋口だけは違った。
「(何人かは光る奴もいたが、確実にこの大半は死ぬ。それくらいのレベルだ。はっきり言えば期待外れだ。)」(秋口)
秋口が所属する水陸機動団は、西日本防衛の要だ。しかし、戦況は首都圏とは比較にはならない。首都圏を支配するプレヤディッチとは違い、九州を統括する「ガジャマウド・マコンベ」は、好戦的な性格で、ただ殺戮を楽しんでいるかのような暴君だ。
「(この程度の練度では壁にすらなれん。)」(秋口)
水機団の損耗も激しく、秋口も即戦力を求めていた。
「この訓練の中で、能力が高い奴、成長した奴もいたが…半数は、そいつらに引っ張られて合格したにすぎん。実力差は歴然で、戦場では使い物にならん。」(五十鈴)
とても厳しい言葉をかけられました。その言葉は、疲労で麻痺していた私たちの心に、冷たい水のように染み込んできました。
「(戦場で使い物にならない、か……)」(高村)
「(確かに、今の俺はレンジャーになっただけだ。)」(高村)
高村二曹は、悔しそうに唇を噛みしめていました。彼の目線が、合格を勝ち取った仲間たち、そして私の方を一瞬だけ向けたのを、私は見逃しませんでした。
私たちが手にしたレンジャー徽章は、この門の外の世間では「人権侵害の証」と非難され、この門の内側の最前線にいる人々からは、「戦場では使い物にならん」と突きつけられたのです。
「(一応、収穫もあった。伝川柚梨。フィジカルの弱いあいつが、この訓練を乗り切った事。狙撃手としての腕は一級品であることも証明した。それと、立新聡馬。最後に見せたあの動き…GASTに値するかは原隊での働きぶりを見てからだな。)」(五十鈴)
「お、おほん。」(幸目)
「しかし、訓練前と今では、今の方が確実に強くなっているのは事実だ。ただ、教官の言う様に、戦場で生き残る保障をするものではない。今後の訓練も、心して臨んでもらいたい。」(幸目)
「では、助教達は、作業にかかれ。」(五十鈴)
教官の指示により、私たちの銃に何かを施します。
「よし、レンジャー学生は空に向けて撃て!」(五十鈴)
教官の号令で、私達10名は、空に向けて空砲を放ちました。それも市民団体を刺激したようですが、今は、それでも、少しだけ――終わったと思いたい。
その時でした。駐屯地の奥から、私を呼ぶ声が聞こえました。
「杏南!」(楓:杏南の母)
「お母さん!」(杏南)
私は思わず駆け出しました。母は私の煤けた顔を見ても表情を変えず、ただ強く、私を抱きしめてくれました。
「杏南、お疲れ様…。」(楓)
母のその言葉を聞き、私は緊張の糸が切れたようです。体中の痛み、48時間の飢えと渇き、門前で浴びた罵声、そして五十鈴教官の切り裂くような言葉の重みが、一気に押し寄せてきました。私はこのレンジャー徽章を手に入れた。それは、地獄を乗り越えた証明であり、同時に外界で非難を浴びる標的を手に入れたことでもありました。
母の姿を見て安心した私でしたが、周りを見回すと、家族が駆けつけていない隊員も見られます。伝川陸士長のように、遠方で暮らしているというだけでなく、グーリエ星人に家族を奪われた者も、そこに存在します。
五十鈴教官が市民団体へ問うた、「グーリエ星人に大切な人を殺されたか?」 この言葉が頭から離れません。目の前に大切な人を殺された仲間がいるのですから。
母との会話を終えると、私のもとに伝川陸士長がやって来ました。
「ん……連絡先、交換しよ。」(柚梨)
訓練の時は頼りになる伝川陸士長でしたが、目の前にいる彼女は、ちょっぴり人見知りな女の子という印象で、少し照れているようにも見えます。訓練時とのギャップに可愛らしさを感じます。私の方が後輩ですが。
私は山や土の中では生き残れたかもしれない。しかし、私がこれから、本当に証明しなければならないのは、「戦場で使い物になるか」ということ。そして、国民の非難に晒される中で、自衛官としての正気を保てるかということでした。私の戦いは、レンジャー訓練が終わった今、ようやくスタートラインに立ったのだと悟りました。
登場人物紹介
苫米地 杏南……本編のヒロイン
苫米地 楓……杏南の母
高村 伸作……学生長
伝川 柚梨……レンジャー試験終了後、杏南と連絡先を交換する
五十鈴 寛治……教官
秋口 将光……助教
大綱 収……助教
原崎 魁……助教
塗 渉……助教
宇留浦 誉……助教
幸目 勇仁……第10師団師団長兼守山駐屯地司令




