第114話 見えない盾
苫米地杏南です。
最終検証行軍、開始から26時間が経過。 空は白み始めていましたが、私たちの世界は依然として、疲労という名の深い霧に覆われていました。
「(……一歩。あと、一歩……。)」(家村)
家村陸士長の両脇を、万代一士と段団三曹が支えています。家村陸士長の膝はもう、自身の意志では1ミリも動かないようでした。彼を引きずる度に、落ち葉が擦れる音だけが虚しく響きます。また、強気な発言をしている立新三曹も、疲労で足取りが重くなっています。
その時、遥か上空、雲の切れ間で「シュッ」という鋭い空切音が響き、直後に小さな爆発光が見えました。
「(……今の、爆発音!?)」(杏南)
「伏せろ!」(高村)
高村二曹の指示で全員が低姿勢を取りますが、何も起きません。ただ、遠くの森上空で、光が弾け、爆音が聞こえます。
「――ターゲット、クリア。イーグル1より各局、高度500に新たな熱源。ピットブル班、処理よろ~。」(ヒーゾ)
それは、GASTの通信でした。私たちが歩く「訓練ルート」の周囲で、凄まじい密度の戦闘が行われている。その事実に、私は肌が粟立つのを感じました。
「俺達は守られている…」
誰かの呟く声が聞こえました。
御在所岳の北側斜面。GAST「ピットブル班」のフロリアンは、2メートル近い巨体を木の幹に預け、対空ミサイルを構えていた。
「もう、しつこいわねぇ……。あんたたち、可愛い子ネコちゃんたちの邪魔をしないでちょうだい!」(フロリアン)
引き金が絞られ、放たれた火龍が、急降下してきた帝国軍の自爆型ドローンを木っ端微塵に粉砕する。
「副官、漏れてるわよ! 2機、訓練生のルートに向かったわ!」(フロリアン)
「待ってました! さあ、張り切って撃ち落すよ!」(シャーク)
「Let’s Go!」(エルメス)
ドォン! ドォン!
「あちゃ~、1機逃した……」(シャーク)
「班長、ごめん、1機討ち損じた。」(エルメス)
「丁度良い。あいつらに任せよう。」(五十鈴:BJ)
「聞こえたか? 敵ドローンが1機、そっちへ向かった。自爆型だ。お前等で何とかしてみろ」(五十鈴)
「レンジャー!」
「フランジブル弾で墜とせるかな?」(西)
「撃ち続ければ大丈夫だろう。でないと、教官も”何とかしてみろ”なんて言わんだろ。」(美村)
「(……来る!)」(杏南)
GASTが盾となって防いでくれている。けれど、防ぎきれなかった「悪意」が、今まさに私たちの頭上に到達しました。
「ドローン1機、右前方より接近! 訓練用じゃない、敵です!!」(杏南)
「教官が言っていた奴だな。」(飯田)
「総員、散開! 撃ち落とせ!」(高村)
高村二曹が叫びますが、睡眠不足と疲労で、みんなの銃口は震えています。家村陸士長を抱えた万代一士と段団三曹は、逃げることすらままなりません。
「……計算、終了。高度30、速度40。……落とす。」(柚梨)
その混乱の中、伝川陸士長だけが岩のように静止していました。彼女の瞳には、ドローンの不規則な機動が、まるでスローモーションのように映っているようでした。
「レンジャー苫米地、撃ち損じたらお願い。」(柚梨)
「レンジャー!」(杏南)
伝川陸士長の平坦な声が、パニック寸前の部隊に冷徹な「芯」を通しました。伝川陸士長の銃弾が、明けの空を切り裂くように火を吹きます。※実弾ではありません。
「ヒット! 敵ドローン、撃ち落とした!」(高村)
「落としたドローンはすぐに破壊しろ!」(美村)
「了解!」(西)
伝川陸士長が墜としたドローンは、まだ動こうとしていました。西三曹が、ドローンを破壊すべく接近します。その時…。
「引け!」(諏訪)
ドオォン!
諏訪陸士長の叫びは間に合いませんでした。
「西!」(高村)
「うぐ…。」(西)
「学生長、教官達に報告を」(伝川)
「お、おう…」(高村)
「教官、こちら学生長の高村。敵ドローン1機、撃ち墜としました。しかし、ドローンが爆発、レンジャー西が負傷」(高村)
「了解、今向かう」(秋口)
慌てて向かう助教、「うう…」と呻き声をあげる西三曹…。
「命に別状はないが…。この怪我では続行不可能だ。」(秋口)
「そんな…」(赤松)
「急ぎ病院へ搬送だ。宇留浦助教、頼む」(五十鈴)
「了解」(宇留浦)
予想だにしない形で西三曹が脱落。動揺は隠せません。誰もが、ほんの一瞬だけ――気が抜けていました。
……ガサッ……
「!?」(杏南)
背後の茂みから響いたのは、枯れ葉を踏む音ではありません。半長靴が土を捉える、力強い「踏み込み」の音。
「――接敵!! 後方、近距離!!」(杏南)
私の叫びが響くのと同時に、闇に紛れていたOPFORの分隊が、至近距離から強烈な奇襲を仕掛けました。
「遅いんだよ、お前ら!」(柳瀬風摩一等陸曹:OPFOR隊員)
「ぐわぁっ!」(段団)
家村陸士長を支えていた段団三曹の背中に、フランジブル弾が直撃します。センサーがけたたましく鳴り響き、彼はその場に崩れ落ちました。
「段団! クソッ、撃ち返せ!」(輪床)
「ダメ! 距離が近すぎる! 囲まれてる!」(朱杏)
OPFORの動きは、先ほどの遠距離戦とは打って変わり、肉薄しての近接戦闘へと移行していました。彼らは家村陸士長を抱えて機動力が死んでいる最後尾を、最も残酷な形で突いてきたのです。
「退くな! 隊列を立て直せ!」(高村)
高村二曹が小銃を構えますが、敵の投じた閃光音響弾が炸裂し、部隊の視界と平衡感覚が奪われます。
「あいつ(家村)を狙え!」(柳瀬)
「……っ、させるかぁ!」(家村)
家村陸士長は、動かない足を引きずりながらも、腰の銃を抜こうともがきます。しかし、教育隊の冷徹な一撃が、家村の胸にあるセンサーを容赦なく撃ち抜きました。
ピー――――ッ。
その音は、銃声よりもはっきりしていました。誰もが理解する、無機質な電子音が、森の中に響き渡ります。
「レンジャー家村、判定『戦死』」(柳瀬)
その宣告に、高村二曹の動きが止まりました。 GASTが「本物の死」を遠ざけてくれた。けれど、自分たちの「甘さ」が、最も守りたかった仲間を想定上の死へと追いやった。
「(……一瞬の油断も、過度な優しさも、すべてが全滅に繋がる……!)」(杏南)
私は、視界がチカチカする中で銃を構え直します。段団三曹を失い、家村陸士長までもが判定負け。14名だった部隊は、この一瞬で11名へと削り取られていきました。
登場人物紹介
柳瀬 風摩
生年月日:1987年1月21日 / 出身:静岡県
階級:一等陸曹 / 所属:部隊訓練評価隊
苫米地 杏南……本作のヒロイン
家村 大樹……OPFORの攻撃が当たり失格となる
万代 佑大……家村のバディ
段団 圭河……OPFORの攻撃が当たり失格となる
高村 伸作……学生長
ヒーゾ……GAST「イーグル班」班長
フロリアン……GAST「ピットブル班」所属
シャーク……GAST「ピットブル班」の副官だった
エルメス……GAST「ピットブル班」所属
五十鈴 寛治……教官兼GAST「ピットブル班」班長。コードネーム「BJ」
伝川 柚梨……優秀な狙撃手
輪床 圭慎……35普連3中隊所属
西 友貴……敵ドローンの自爆で負傷
秋口 将光……助教の一人




