第113話 リーダーの資質
苫米地杏南です。
最終検証行軍開始前、助教の数が増えている事に気付きました。数名は覆面で顔を隠し、黒っぽい迷彩柄の戦闘服を着用他、完全武装をしていました。
「始める前に伝えておく。先日の敵襲を考慮した結果、警備を増やすことになった。警備は腕利きの精鋭が行うから、安心して励め。」(五十鈴)
「レンジャー!」
警備に来てくれたのは、GASTでした。オペレーション・ギデオン(第7次首都圏奪還作戦)で私達を助けてくれた「ピットブル班」と「イーグル班」でした。ピットブル班のフロリアンさんが、私と諏訪士長に手を振ってくれます。私達が敬礼で返すと、フロリアンさんは諏訪士長に投げキッスしていました。
「……。」(諏訪)
GASTの皆さんが、闇に隠れた後、私達は最終検証行軍を開始しました。
開始から18時間、私達は今、漆黒の闇に包まれた鈴鹿山脈の尾根筋を歩いています。総距離120kmの長旅は、まだ序盤を過ぎたばかり。私はまだ大丈夫ですが、既に足に来ている者もいます。
「(……眠い…。)」(杏南)
寝ていたところを起こされたのです。疲労こそまだ感じないものも、少しだけ眠気もあります。意識を繋ぎ止めているのは、バディの伝川陸士長の規則正しい足音と、背後から聞こえる家村陸士長の荒い呼吸だけです。
14名全員での隠密行進。指揮を執る学生長の高村二曹は、常に列の前後を往復し、脱落者を出さないよう、必死に鼓舞し続けていました。
「遅れるな! 全員で、全員でゴールするんだ!」(高村)
その必死な叫びに対し、前方を偵察していた諏訪陸士長が足を止め、冷徹な進言を投げかけます。
「高村学生長、予定ルートの吊り橋は、OPFORにとって絶好の狙撃ポイントです。あそこを通るのは自殺行為だ。西側の急斜面を直登し、稜線から回り込むべきです。」(諏訪)
「だが、それでは家村や立新の体力が持たない! あの斜面をこの装備で登れば、さらに脱落者が出るぞ!」(高村)
高村二曹の言い分は、学生長として「仲間を守る」ための正論でした。しかし、即座に角南三曹が横から割って入ります。
「……遅れるリスクより、待ち伏せで“全滅”判定を食らうリスクの方が高いと思います。ルート工作は私がやる。万代、ついてきて。」(朱杏)
「了解。高村さん、今は”全員”より”任務”を優先すべきです。貴方の優しさは、今の状況じゃ毒になる。」(万代)
朱杏と万代が淀みなく作戦を補完し、私もまた、空からのドローン警戒を強めながら無言で頷きます。
「……分かった。ルート変更。諏訪、角南の案を採用する。全責任は俺が取る。」(高村)
高村は後輩の意見を取り入れ、命じたが、その表情には深い影が差していた。 学生長として、曹長として、自分こそが皆を導くべき立場。しかし、実際に戦局を見通し、最善の選択を提示しているのは、後輩の諏訪や朱杏であること。 自分が「お飾り」のリーダーになりつつある無力感。曹長としてのプライドが、音を立てて削り取られていくのを、彼は人知れず噛み締めていた。
一方、列の最後尾では、ついに「決壊」の時が訪れようとしていました。
「はぁ、はぁ……っ、あ……」(家村)
家村陸士長です。何とか最後まで喰らい付いてきましたが、ついに右膝の半月板が限界を迎えていました。
「レンジャー家村、しっかりしろ! 自分が持つ、背嚢を!」(段団)
「ダメだ……貸せば……レンジャー段団まで落ちる……」(家村)
家村陸士長の顔は土気色で、虚ろな瞳はもはや前方を見ていません。その様子を、立新三曹が立ち止まり、静かに観察していました。
「……レンジャー家村、厳しいね。」(立新)
そう語る立新三曹でしたが、彼自身も疲労の色が隠しきれていません。
「レンジャー立新、お前、何を……!」(段団)
「高村学生長は”全員で”と言ったけど、現実は残酷だよ。レンジャー家村を抱えたままじゃ、全員がタイムアップで不合格になるか、敵に見つかって全滅する。」(立新)
立新の瞳には、感情を切り捨て、任務達成のみを計算する「戦士」の光が宿り始めていた。しかし、これは疲労を隠せない自身に言い聞かせているようにも見える。
「いや、レンジャー家村はまだ諦めていない。ならば、切り捨てることはしない。」(高村)
高村二曹のその言葉を合図に、部隊は西側の急斜面へと足を踏み入れました。しかし、家村陸士長を抱えての強行軍は、予想以上に時間を浪費させます。
「(……まずい。静かすぎる。)」(杏南)
「(このどこかに潜んでる…)」(杏南)
不気味なほどの静寂。それは、敵がこちらの動きを完全に先読みし、網を張っている時の空気です。
「伏せろッ!!」(諏訪)
直後、空気が裂けます。パンッ――という乾いた音とともに、岩肌が抉れ、破片が顔に叩きつけられます。
「接敵! 全員散開! 撃ち返せ!」(高村)
高村二曹が叫びますが、OPFORの攻撃は、訓練生のそれとは次元が違いました。彼らは地形で最も有利な高所を完全に制圧しており、私たちが「迂回」を選択することさえ見越して、西側の稜線に待ち伏せの殺傷圏を作っていたのです。
「くっ、狙撃か!? 姿が見えない!」(万代)
「違う、遮蔽物を利用して、交互に位置を変えてる! プロの動きだわ……!」(朱杏)
暗闇の中から放たれる正確無比な射撃。先頭の諏訪士長が必死に応戦し、角南三曹が煙幕を展開して視界を遮ろうとしますが、敵はサーマルスコープを使用しているのか、煙の向こう側から的確に私たちの足を止めてきます。
「レンジャー高村! このままではここで釘付けになります! 私を囮に、その隙に左翼から回り込んでください!」(立新)
立新三曹が、自らの命綱(合格)を投げ打つような提案をしました。彼の瞳には、先ほどまでの迷いは消え、部隊を救うための「冷徹な計算」が完了しているのが見えました。
「バカなことを言うな! 全員で、全員で突破するんだ!」(高村)
その言葉は、命令ではなく願いだった。そして――現実から目を逸らすための、祈りだった。
「理想だけじゃ、誰も守れませんよッ!!」(立新)
高村二曹の叫びを、立新三曹の怒声が塗り替えます。その時、激しい銃声の合間を縫って、家村陸士長が力なく膝をつきました。
「……すまん。俺の……俺のせいだ……」(家村)
「立て、家村! まだ終わってないぞ!」(輪床)
輪床三曹が、家村士長を岩陰に引きずり、かろうじて被弾を防ぎます。
「ひとまず、お前はここにいろ。ただし、警戒だけは緩めるな。」(輪床)
輪床三曹が家村陸士長を岩陰へ押し込みますが、敵の十字砲火は容赦なく降り注ぎます。斜面上方の暗闇から放たれる正確な射撃。もはや高村二曹の「全員で」という理想は、物理的な弾幕によって粉砕されようとしていました。
「学生長! 躊躇している暇はありません!」(立新)
立新三曹が、弾丸の飛び交う中、自らの身体を岩陰から半分乗り出しました。
「伝川陸士長! 11時方向の茂み、マズルフラッシュが見えた瞬間に叩けるか?」(立新)
「……やってみる。」(柚梨)
伝川陸士長の声は驚くほど平坦でした。彼女はナイトビジョンの視界を一点に集中させ、呼吸を止めます。立新三曹が牽制のためにわざと派手に射撃を開始したその瞬間、敵の狙撃手がわずかに身を乗り出しました。
タッ――!
伝川陸士長の小銃から放たれた単発の射撃が、敵狙撃手のセンサーを真っ赤に染め上げます。
「1人、仕留めた。……次。」(柚梨)
「今だ! 左翼、展開!」(朱杏)
伝川陸士長が作った一瞬の隙を、角南三曹は見逃しませんでした。彼女と万代一士が、まるで獣のような速度で斜面を駆け上がり、敵の側面へと回り込みます。
「(……すごい。皆、自分の役割を瞬時に判断してる。)」(杏南)
杏南もまた、諏訪陸士長と連携して正面の敵を釘付けにする。原隊でエース級である4人と、極限状態で「戦士」へと変貌した柚梨、立新。彼らの自律的な連携は、もはや高村学生長の指示を必要としていなかった。
数分後、圧倒的に有利な地形にいたはずの評価隊が、信じられないものを見るような顔をして、次々と「戦死」判定の光を灯しました。
「……戦闘、終了。」(高村)
静寂が戻った稜線で、高村二曹は膝をつきました。敵を撃退した喜びはありません。あるのは、自分の指示が届かない場所で、後輩たちが「冷徹な合理性」をもって勝利を掴み取ったという事実。そして、岩陰で動けなくなった家村陸士長という現実でした。
「レンジャー家村、立てるか?」(高村)
「少し休めました……でも、また足を引っ張る…。高村さん、俺を置いて、行ってください。」(家村)
家村陸士長は、震える手で自分の「脱落」を認める申告書を握りしめていました。彼の目には、自分を助けようとして全滅しかけた仲間への申し訳なさと、やり遂げられなかった無念の涙が溢れていました。
「何を言っている。お前はまだやれる。可能性を自ら捨てるな! 行くぞ!」(高村)
「…レンジャー…。」(家村)
一歩ごとに膝が崩れそうになるのを、バディの万代一士が支えています。
「(そうだな…やれるところまでやってやる…俺だって生半可な気持ちで来たわけじゃなかった。)」(家村)
家村陸士長の瞳に宿った最後の意地。だが、それを見つめる立新三曹の視線は冷ややかでした。 高村二曹が選んだ「理想」が、この先14人の命運をどう変えるのか。 敵の包囲網を突破したはずの稜線には、さらなる強風が吹き荒れ、夜明けはまだ遠く、120kmの道のりは無情にも続いていました。
「(……次は、時間と寒さとの戦いになる。)」(杏南)
私は、ナイトビジョンの緑色の視界の中で、震える家村陸士長の背中を見つめながら、拭いきれない不安を胸に刻んでいました。
夜明けはまだ来ません。
登場人物紹介
苫米地 杏南……本編のヒロイン
五十鈴 寛治……GAST所属の教官。コードネーム「BJ」
フロリアン……GAST「ピットブル班」所属。2m近い体躯を誇るオネェ
高村 伸作……学生長
諏訪 明登……35普連2中隊所属
角南 朱杏……35普連4中隊所属
万代 佑大……31普連2中隊所属
家村 大樹……脱落をかろうじて免れた
段団 圭河……高村と同様、全員で合格を願う
立新 聡馬……家村を切り捨てようとしたが、自身も疲労が隠せない
輪床 圭慎……戦闘で家村を救う
伝川 柚梨……狙撃手としての力を見せる




