第105話 伝川 柚梨
長距離行軍を終え、全身の筋肉が断裂寸前の悲鳴を上げている。周囲の訓練生や、五十鈴教官の冷徹な観察は感じていたが、私、伝川柚梨はただ前を見据えた。極限まで追い詰められた肉体は、時として意識の境界線を曖昧にする。
「(痛い、重い……でも、まだ…足りない)」(伝川)
その一歩が、昨年の9月、北海道奪還作戦の終盤で踏みしめた泥濘の感触と重なった。
――回想2020年9月10日 北海道旭川市内――
廃墟と化した石造りの倉庫。壁には無数の弾痕が刻まれ、硝煙と鉄錆の匂いが混じり合う。
伝川はまだ入隊2年目(当時)。狙撃の腕に光るものを感じ、第39普通科連隊の狙撃班に配属されていた。秋田生まれの小柄な身体とは裏腹に、冷静さと集中力という狙撃手にとっての天賦の才が、この戦場で彼女を支えていた。
タタタタン! タタタタン! タタタタン!
「敵増援!囲まれたぞ、クソッ!」(森下臣斗三等陸尉)
目の前で仲間の一人が頭を撃ち抜かれた。音は遅れて聞こえた。撃たれたのかどうか、最後まで分からないまま、仲間は倒れた。
「(終わりだ。私もここで……)」(伝川)
死を覚悟し、最後の抵抗を試みようとした瞬間、周囲の敵が突然崩れた。撃たれた音がしない。ただ、倒れる。一拍遅れて遠方から乾いた銃声が届いた。
「救助だ!迅速に離脱しろ!」(森下)
その場に滑り込んできたのは、見たこともない特殊な装備を纏った、3人組の隊員。この戦いから本格始動した特殊部隊、Gourie Alien Special Tactics Unit、通称「GAST」の狙撃班だった。
班長らしき女性隊員は、周囲に指示を出しながら、倒れた伝川を一瞥した。
「貴方、良い腕をしているわ。それにこの状況で、その瞳がまだ戦場から逃げていない。生き残りなさい。また会うなら、その時に。」
そう告げると、その隊員はすぐに戦場を後にした。狙撃の腕には自信があったが、上には上がいることを知る。だが伝川は、その圧倒的な力量を持つ部隊が味方であることに心が躍った。あの時の狙撃手の弾道は、今でも頭から離れない
また、伝川を突き動かしたのは、その班長からの言葉だけではなかった。
北海道へ潜入し、目にしたのは無残に殺された道民や、自衛隊の同胞たちの遺体であった。4月に潜入した先遣隊の先輩、敵の”玩具”となった女性たち……。グーリエ星人が遊び感覚で拷問・殺害をしている現場に何度も遭遇し、気が狂いそうにもなった。
「(北海道だけじゃない。この惨劇は、首都圏でも、九州でも繰り返されている……。)」(伝川)
この時、伝川柚梨は決意した。最も危険な場所、最も必要とされる場所へ行くと。GAST入隊は、そのための唯一の道だ。
「(GASTは特戦群と連携している可能性が高い。ならば、私は最速で三曹に昇進し、レンジャー資格を取る。この資格は、GASTへ入るための必須だと思う。)」(伝川)
弘前駐屯地からわざわざレンジャー訓練隊に参加したのは、その覚悟を示すため。体力・筋力の差は、あの地獄で磨き上げられた狙撃手の忍耐力と集中力で埋める。
「……次へ」(伝川)
伝川は一歩を踏み出す。あの時と違い、今回は“自分の意思で前に出ている”と理解していた。重い足を再び上げ、スコープ越しに見た戦場の惨劇と、冷徹な未来を背負いながら、次の障害へと踏み出した。
登場人物紹介
伝川 柚梨……北海道で死を覚悟しながらも、GASTに希望を見出し、自身も入隊を目指す。
森下 臣斗
生年月日:1985年2月13日 / 出身:岩手県
階級:三等陸尉 / 役職:39普連狙撃班班長
備考:北海道奪還時、絶体絶命の中、GASTの援軍もあって無事に生き残ったが、最後の戦いとなった、知床の戦いで命を落とす。
享年:35歳
※自衛隊の東北方面隊は、北部方面隊の再編と、奪還した北海道が再び奪われないよう、引き続き哨戒任務を続けており、レンジャー教育を行う時間がなかったので、伝川は守山駐屯地で開催されるレンジャー試験を受けました。




