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外星戦記  作者: 無名の凡夫


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第104話 惑わす罵倒

苫米地杏南です。


斎垣二士の出遅れを、分隊全体でカバーしなければならなくなった第2分隊の様子を目の当たりにし、改めて私が所属する第1分隊の状況を確認しました。長距離行進は既に終盤、体力の限界を通り越した先に、精神力で踏ん張る時間帯に入っています。


分隊の最後尾では、世田陸士長と家村陸士長のバディが遅れ始めていました。世田陸士長の右足に微かな引きずりが見えます。恐らくマメが潰れて化膿しているのでしょう。家村陸士長も焦点が合わず、世田陸士長に引きずられるように間隔が開き始めています。


「(このままでは、あの2人が制限時間に間に合わなくなる。そして、分隊全体が連帯責任を問われる。)」(杏南)


私はバディの伝川陸士長とアイコンタクトを取ります。伝川陸士長は私の意図を一瞬で理解し、無言で頷き返しました。


「レンジャー伝川。世田陸士長と家村陸士長の背嚢を。急ぎます。」(苫米地)


「レンジャー!」(伝川)


私たちは黙って2人の背後へ回り、行動を始めました。世田陸士長と家村陸士長の重い背嚢だけを外し、最低限の小銃と水筒は持たせたままにする。伝川陸士長と私は、計4人分の重荷(約140kg)を分担し、2人の前後に張り付いて「引っ張る」形でペースを立て直そうとしました。


誰もが黙認する。これが、最も合理的で人道的な行動だと、私は信じて疑いませんでした。その時、前方から怒声が炸裂しました。まるで見ていたかのように、タイミングを見計らっていたかのように。


「レンジャー伝川! 苫米地! 何をやっているッ!! そうやって甘やかしてそいつらがレンジャーになれると思うのか?」(秋口)


秋口助教は私たちを睨みつけ、その視線は凍てつくように冷たい。


「限界を超え、自力で進むことから逃げた者に、合格の資格はない。お前等は、2人のレンジャーになる機会を奪っている!」(秋口)


「テメェらは、ライバルを蹴落とすためには何でもするんだな!偽善者め!その手で“救ってるつもり”か? それで何人潰してきた?」(原崎)


「卑怯だね!自分の評価のためだけに、他人の努力を無にするのか!」(宇留浦)


「(待って、一体何が違うの?私達が取った行動は本当に間違っていた?では、斎垣二士のサポートに入った角南三曹や万代一士の取った行動と何が違う?)」(杏南)


私は混乱します。第2分隊は咎められなかった。むしろ、教官の「連帯責任」という意図を汲んだ行動として、ある種の肯定すらされたはずだ。


「(指示が出てないから?いや、ただ指示を待つだけでは良くない…。教官が求めるラインはどこだ? 考えろ……!)」(杏南)


「(違う、何かが違う。でも何が違う? 指示を待つべきか、それとも――)」(杏南)


「(……駄目だ、分からない……)」(杏南)


私の思考がフリーズし、足が止まりかけました。その時、伝川陸士長の静かだが芯のある声が響きました。


「見なくていい。聞かなくていい。前だけ見て。あれはただの揚げ足取り。何やっても否定して、私達を惑わしてるだけ。」(伝川)


彼女は教官たちを一切見ず、前だけを見ています。


「レンジャー世田、レンジャー家村、大丈夫? 自分で持てる?」(伝川)


伝川陸士長は、私たちに罵倒が集中している間に、既に動いていていました。


「ああ、大丈夫だ。すまん。」(世田)


「すまんかったな。」(家村)


世田陸士長と家村陸士長は、罵倒を聞かされたことで逆に火が付いたように、背嚢を背負い直しました。


「よし、気を取り直していくよ、レンジャー苫米地。教官に判断を委ねない。正しいと思ったことをやるだけだよ。」(伝川)


伝川陸士長の言葉は、教官の精神的な揺さぶりを一切無視し、自分たちの分隊の信念を貫くという、強い意思を示していました。


その一部始終を、少し離れた稜線から双眼鏡で観察していた五十鈴が、静かに呟く。


「(苫米地杏南、迷った時点で、お前はもう遅れている。中隊長がエースになれると期待していたが、まだまだ青い……。まわりに流されるようじゃ、GASTには要らん。その時はその時だ。)」(五十鈴)


長距離行進後の障害走は、分隊の疲労がピークに達する中、知恵とチームワークが試される難関でした。特に、高さと幅のあるクライミングウォールでは、体力のない隊員が必ず詰まっていました。私達がそのウォールに差し掛かったとき、伝川陸士長は動じることなく、ウォールの横に積み重ねてあった予備の土嚢を指示しました。


「レンジャー世田、家村、あの土嚢を足場に。レンジャー苫米地、その間にロープを張る手伝いを!」(伝川)


通常の訓練なら土嚢は使わせてもらえないでしょう。しかし、極限のサバイバル訓練の状況下で、彼女は「使用可能なリソース」として土嚢を瞬時に判断し、利用したのです。その機転のおかげで、世田陸士長や家村陸士長など、体力が限界の隊員が引っかかることなく切り抜けることができました。


口数の多い人ではありませんが、伝川陸士長は、常に冷静に周囲を観察し、分隊を機能させるための最善策を静かに実行しています。


「(教官たちの罵倒を浴びて、私は一瞬、行動に迷った。でも、伝川陸士長はただ前だけを見て、正しいと信じたことをやり遂げた。あの強さは、どこから来るのだろうか?)」(杏南)


「(伝川柚梨、やはり大したものだ)」(五十鈴)


五十鈴の脳裏には、数年前の人事記録が鮮明に蘇る。


「(2年前、教導隊に土をつけた39普連所属。39普連は、北海道奪還作戦にも大きく貢献し、奴も狙撃手として戦線に赴いた。狙撃の腕は確かだった)」(五十鈴)


伝川は、小柄な体格で、体力・筋力に恵まれているわけではなく、素養試験もギリギリの数字でクリアしていた。そのため、他の助教達は、彼女を脱落候補と見ていたが、教官を務める五十鈴寛治の目は違った。


「(体力・筋力は並だ。だが、狙撃を成功させるための忍耐力、集中力、そして瞬時の状況判断能力は特筆すべきものがある。連日の罵倒にも、今日の土嚢にも、一切の動揺がない。フィジカルだけで落とすのは惜しい人材だ。)」(五十鈴)


五十鈴は双眼鏡から目を離し、冷徹に結論付けた。


「(もっとも、だからと特別扱いをするつもりはない。レンジャーはフィジカルの課題を乗り切ってこそだ。己の弱点を、その精神力で乗り越えてみせろ。)」(五十鈴)


その教官の思惑など知る由もなく、杏南はただ伝川を見つめる。


「(伝川陸士長は、弘前駐屯地から参加している。わざわざ遠くからこの訓練に臨むということは、生半可な覚悟じゃないはず。私と同じように、何かを背負っている……。)」(杏南)


伝川は前を見たまま、歩みを止めない。その背中は、小さい。だが――1度も、揺れていなかった。


登場人物紹介

世田せた 直也なおや

生年月日:1999年9月13日 / 出身:静岡県

階級:陸士長 / 所属:35普連1中隊


家村いえむら 大樹だいき

生年月日:2000年6月7日 / 出身:山形県

階級:陸士長 / 所属:49普連重迫撃砲中隊

※世田と家村はバディ


伝川つたがわ 柚梨ゆずり

生年月日:2000年5月3日 / 出身:秋田県

階級:陸士長 / 所属:39普連狙撃班

備考:杏南のバディ


苫米地とまべち 杏南あんな……本編のヒロイン

五十鈴いすず 寛治ひろはる……GAST所属。コードネームは「BJ」。教官を務める

秋口あきぐち 将光しょうこう……水機団所属の助教

原崎はらさき かい……山岳レンジャー持ちの助教

宇留浦うるうら ほまれ……中即連所属の助教

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