第8話 空気を変えた昼食
昼のチャイムが校内に響き渡る。
金属的で鋭い音が、教室から教室へと広がり――まるで一斉に吐き出された安堵のため息のようだった。
2年B組の教室では、椅子を引く音やカバンを開ける音が重なり、あっという間に会話があちこちで弾け始める。
昼休みは、空気を一変させる時間だった。
ひなが真っ先に立ち上がり、両腕をぐっと伸ばす。
「今日はあんぱんにしよっかな〜」
葵はカバンを開ける。
「あ……私も行こ。お弁当、忘れちゃっ――」
指先が、カバンの中の木の蓋に触れた。
ぴたりと動きが止まる。
まばたきをして、ゆっくりとそれを取り出した。
「……あ。持ってきてた」
少しだけ気まずそうに笑う。
「やっぱりここで食べるね」
「すぐ戻るね!」とひな。
すでに立ち上がっていた美桜と一緒に、二人は話しながら教室を出ていった。
葵は席に残り、時間を潰すようにスマホを取り出す。
教室の向こう側で、蒼真が静かに彼女を見ていた。
椅子に少しもたれ、頭の後ろで手を組みながら、小さくため息をつく。
「……はぁ……」
視線を机に落とす。
まるで、何かを決心しようとしているように。
少し離れた場所では、黒沢華恵が静かにその様子を観察していた。
視線が、蒼真から葵へ、そしてまた蒼真へと移る。
葵の近くに座っていた女子グループが立ち上がり、席を離れる。
いくつかの空席が残された。
数秒の沈黙。
やがて、蒼真が立ち上がった。
一歩ずつ、葵の机へと向かう。
「お、おい……」
葵は少し驚いたように顔を上げる。
「あ……どうしたの? 一緒に食べる?」
蒼真はお弁当を少し持ち上げた。
「う、うん……坂本さん」
その近くで、松田も立ち上がる。
「俺、メロンパン買ってくる」
「俺は弁当ある」と山田。
「じゃ、行ってくる」
教室を出る前、松田はちらっと新井美咲の方を見る。
小さくため息をつき、そのまま出ていった。
その隙に、蒼真は葵の隣に座る。
少し緊張した様子で弁当を開いた。
「じゃ……食べる?」
葵はやわらかく微笑む。
「みんな、あんぱん買いに行ったよ」
そのとき、山田が後ろを振り向いた。
「俺も一緒に食っていい? 松田もメロンパン買いに行ってるし」
「いいよ」と葵。
蒼真は彼を見る。
「……大丈夫か、山田?」
山田は数秒見つめたあと、ぎこちなく笑った。
「だ、大丈夫だって! 気にすんな!」
葵は静かにその様子を見ていた。
少し顔が赤いけれど――笑っている。
そのとき。
教室のドアが開いた。
三人の女子。
一瞬で、教室が静まり返る。
明らかに、このクラスの空気とは違う存在。
派手に染めた髪。
濃いメイク。
規則より短いスカート。
典型的なギャル。
うるさくて、強気で、近寄りがたい。
その視線が、ある一人に向けられる。
――新井美咲。
先頭の女子が少し眉をひそめる。
美咲は小さくため息をつき、何も言わずに立ち上がった。
そのまま三人の方へ歩き、教室を出ていく。
ドアが閉まった瞬間――
ざわざわとした声が広がった。
クラス委員の匠が、華恵に身を寄せる。
「……あいつら、なんで新井さんに?」
華恵は腕を組む。
「さあね。でも、ちょっと気になる」
弁当を持ち上げて立ち上がる。
「またあとでね、匠くん」
葵は目を瞬かせた。
「……今の、何?」
蒼真が小さく答える。
「さあな……」
その頃、購買前。
ひなと美桜はパン棚の前に立っていた。
その後ろで松田がスマホをいじっている。
「ねえ、美桜ちゃん」
「ん?」
「最近さ、山田くん、ちょっと距離近くない?」
美桜はまばたきする。
「そう?」
「病院にも来てたし」
少し考える。
「……あー、そういえば」
肩をすくめる。
「別にいいけど」
棚を指さす。
「どれにするの?」
「このメロンパンにしよっかな」
教室に戻ると――
ひなと美桜は一瞬足を止めた。
葵と蒼真が並んで座っている。
山田も振り返って、楽しそうに話している。
美桜はそのまま歩いて席へ。
「山田くん、食べるから」
山田は慌てて振り向く。
「ご、ごめん神崎さん!」
美桜は少し目を細める。
「……近い」
「で、でも席だから!」
蒼真が言う。
「前、座るか?」
美桜はうなずく。
「その方がいいね」
山田は焦りながら立ち上がった。
「は、はい!」
席を移動する。
そのタイミングで松田が戻ってきた。
「……よし、食うか」
空席を見る。
「……美咲は?」
食事中。
美桜がぽつり。
「……飲み物忘れた」
山田が即反応。
「パンには飲み物必要だろ、蓮!」
松田は眉をひそめる。
「今日は金あんまない」
山田が立ち上がる。
「俺が買ってくる。何がいい?」
「……は?」
「いいって、任せろ」
少し考え、
「……オレンジジュース」
「了解」
振り返る。
「誰か欲しい?」
「メロンラムネ!」ひな。
「俺はいらない」蒼真。
「私も大丈夫」葵。
山田は美桜を見る。
「か、神崎さんは……?」
ゆっくり視線を上げる。
「いらない。ありがとう」
再び食事へ。
山田は一瞬固まり、すぐに出ていった。
ひなが笑う。
「優しいね〜」
松田も笑う。
「……だな」
「何が?」と美桜。
「いや、なんでもない」
葵が口を開く。
「放課後、病院行くの?」
「お母さんに会いに?」
美桜はうなずく。
「うん。お父さんももうすぐ帰ってくるし」
少しして山田が戻る。
それぞれお金を払う。
美桜はスマホを手に取る。
「土曜、遊ばない?」
葵は少し迷う。
「……海に行くかも。お母さんと」
「海?」
ひなが手を上げる。
「日焼けしたい!」
葵が焦る。
「い、一緒に来る?」
美桜が笑う。
「そんなに言われたら行くしかないじゃん」
「言ってない!」
蒼真が言う。
「星波ビーチ、ここから一時間くらいだぞ」
美桜がニヤリ。
「じゃあ一緒に来る?」
「美桜ちゃん!」
「冗談だって」
そのとき。
教室のドアが開いた。
美咲が戻ってきた。
髪は少し乱れ、腕にはうっすらと痣。
ゆっくり席へ戻り、座る。
前髪が目を隠している。
表情は見えない。
松田が目を見開く。
「……美咲?」
返事はない。
「新井さん……?」ひな。
葵は眉をひそめる。
「……さっきの人たち?」
山田が肩をすくめる。
「さあな」
美桜が小さくつぶやく。
「……ちょっと嫌な感じ」
チャイムが鳴る。
先生が入る。
「午後の授業を始めるぞ」
美咲は拳を握りしめたまま、黒板を見ている。
葵はそれを見つめ――
小さくつぶやいた。
「……
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