表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
57/64

第57話 ― 和解

突然の訪問を終えたあと、ミオとヒナは青井の家を後にした。


それから、数週間が過ぎた。


星見の冬は相変わらず厳しく、毎日はどこか不思議な速度で流れていく。


早すぎるわけでもなく――

遅すぎるわけでもない。


昼休み。


教室で、青井は頬杖をつきながらミオを見た。


「ねえミオ、この前言ってたお店、一緒に行かない?」


ミオはすぐに目を輝かせた。


「絶対後悔しないよ。あそこ、ほんとにどんなメイク用品でもあるから!」


青井は小さく笑う。


「ちょっと気になってたんだよね、ふふ。」


その横で、ヒナはスマホをいじりながら少し頬を膨らませていた。


「最近、全然一緒にゲームしてないよねぇ……」


青井が瞬きをする。


「ん?」


「“エターナル・イージス・オンライン”のグループ、もう何週間も誰も喋ってないもん……」


ミオの前の席に座っていた山田が、少し後ろを振り返った。


「それって、今やってるゲーム?」


ヒナはすぐに首を振る。


「違うよダーリン、えへへ。」


蓮は頬杖をついたまま言った。


「次のMMORPGやる時は、俺たちも入れるって言ってたじゃん。」


「だって三年生、もうすぐ卒業だし……」


ヒナは肩をすくめる。


「みんなで新しいゲーム始めるタイミング、難しいんだよね。」


そんな会話の中、青井はそっと蒼真の方へ視線を向けた。


蒼真は静かに弁当を食べている。


隣では拓海が何か話しかけていた。


その様子に、ミサキはすぐ気づいた。


そして、小さくため息をつく。


「……で、あんたたち何があったの?」


青井は視線を逸らした。


「何がって?」


「分かってるでしょ。」


ミサキは頬杖をついたまま続ける。


「ここ数週間、ほとんど話してないじゃん。ていうか最近の蒼真、誰ともまともに喋ってないし。」


青井は少し黙り込んだ。


「……私にも分からない。」


そのまま会話は自然に途切れた。


皆、静かに昼食へ戻る。


けれどミサキだけは、ずっと青井を見つめていた。


指先が机を細かく叩く。


トン。

トン。

トン。


そんな中、蓮が不思議そうにミサキを見る。


「なあ、新井ってどんなゲーム好きなんだ?」


ミサキはすぐに目を見開いた。


「その呼び方やめて。別に親しくないでしょ、松田。」


空気が一瞬で重くなる。


沈黙がテーブルを包んだ。


蓮は前を向いたまま、落ち着いた声で答える。


「……悪い。ミサキ。」


やがて教室はまた、いつもの騒がしさへ戻っていった。


放課後――


校門を出ようとしていた青井の背後から、声が飛んできた。


「今ならちゃんと話してくれるよね、青井。」


足が止まる。


そこにはミサキが立っていた。


青井は鞄の肩紐を強く握る。


「今は……無理。」


「無理じゃない。」


ミサキは一歩近づいた。


「ちゃんと説明して。」


青井が横を通ろうとする。


だがミサキは道を塞いだ。


「なんで最近の蒼真、泣きながらあんたの名前呼んでたの?」


青井の目が見開かれる。


「……え?」


ミサキは歯を食いしばり、青井の制服の襟を掴んだ。


「私はあんたのために諦めたのに……あんた、蒼真を振ったの?!」


青井もすぐに彼女の腕を掴む。


「振った? 先に拒絶したのは蒼真の方でしょ!」


「嘘!」


ミサキの目に涙が滲む。


「嘘つき……最近の蒼真、まるで……消えてしまいたそうだった……」


青井は黙った。


震えているミサキを見つめる。


そして、ゆっくりと彼女の腕を離した。


表情が再び冷たくなる。


「だったら本人に聞けば。」


ミサキは唇を噛む。


「……もう昔の青井じゃない。」


青井はその横を通り過ぎながら、小さく呟いた。


「蒼真のことばっか見てるから……自分に近づこうとしてる人に気づけないんだよ。」


ミサキは拳を握りしめたまま、ただ俯いていた。


何も言えないまま。


青井はそのまま歩き去っていく。


残されたミサキだけが、校門で静かに涙を拭っていた。


その夜――


青井は電源の入っていないテレビをぼんやり見つめていた。


部屋は静かだった。


頭の中で、ミサキの言葉だけが繰り返される。


『蒼真、消えてしまいたそうだった……』


青井は強く歯を噛む。


そしてスマホを手に取った。


蒼真からのメッセージ。


数週間前に送られたままのもの。


『また話せないかな?』


青井はしばらく画面を見つめたあと――


ようやく打ち込む。


『……やっほ。』


数秒後。


返信が届いた。


『青井。』


『元気?』


青井はゆっくり息を吐く。


『何を話したかったの?』


沈黙。


入力中の表示が現れては消え、また現れる。


そして――


『地元に戻ろうと思ってる。』


『ここでやりたかったことは、もう終わったから。』


『これ以上、君に迷惑かけたくない。』


青井は静かに目を見開いた。


『でも大学、星見にする予定だったんじゃないの?』


『離れることになるよ?』


蒼真の返信は早かった。


『最近、考えが変わった。』


『クラス替えの前に、みんなに会いたかっただけ。』


『ちゃんと別れを言いたくて。』


青井の脳裏に、演劇部の舞台が浮かぶ。


台詞。


結末。


その直後、新しいメッセージが届いた。


『なんか君の劇みたいだな。』


青井は目を見開く。


『見たの?』


『見た。』


『今まで見た中で、一番良かった。』


『先生たちも驚いてたよ。』


そして最後に――


『さよなら、青井。』


青井は爪を軽く噛みながら画面を見つめる。


そして、ゆっくり打ち込んだ。


『二月の試験前に、会える?』


少し間が空いて――


『うん。』


『ありがとう、青井。』


青井はスマホをベッドの横へ置いた。


そして天井を見つめる。


「地元に帰る……か。」


翌朝――


登校した青井はすぐに、手を繋ぎながら妙に距離の近いヒナと山田を見つけた。


必死に誤魔化そうとしている。


近くではミオが楽しそうに電話していた。


『うん、もちろん! じゃあそこで食べよう? 私も楽しみ。じゃあまたね!』


通話を切ったミオに、青井が視線を向ける。


「なんか嬉しそう。」


ミオは口元を緩めた。


「今日デートなんだ、えへへ。」


ヒナが目を丸くする。


「ミオが!? デート!?」


山田はすぐに視線を逸らした。


ヒナは即座に反応する。


「どうしたのダーリン?」


「な、なんでもない! ほら、早く教室行こう!」


青井が静かに指差す。


「……まだ手、繋いでる。」


二人は慌てて手を離した。


「あっ、ごめん!」


「お、俺が……!」


教室へ入ると、蒼真はすでに席についていた。


彼が顔を上げる。


そして目が合った瞬間――


小さな笑みがこぼれた。


控えめで。


どこか照れくさそうな笑み。


青井は胸が少しだけ苦しくなる。


「……おはよう。」


遠くから蒼真が返す。


「おはよう。」


二つ前の席では、ミサキが無言でその様子を見ていた。


けれど表情は変わらない。


そのまま前を向く。


そこへ――


華苗が教室へ入ってきた。


「おはようございます、みなさん。」


「おはようございまーす、委員長!」


何人かが元気よく返事をする。


拓海が怪しそうに彼女を見る。


「なんか今日、機嫌いいな……」


華苗は微笑んだ。


「だって今日、拓海くんがデートに連れてってくれるから。」


沈黙。


教室全体が固まった。


そして――


「えええええええ!?」


拓海が勢いよく立ち上がる。


「な、何言ってんだ!? そんな約束してないだろ!」


女子たちは即座に二人を囲んだ。


「きゃあああ可愛い!!」


「ハナタク尊い!!」


「お似合いすぎる!!」


拓海は完全にパニック状態になる。


「名前くっつけるなって! 華苗、なんか言え!」


華苗は小さく首を傾げた。


「で、どこで食べるの?」


「きゃああああ!!」


冷や汗を流しながら吃る拓海。


後ろでは、蒼真が小さく笑っていた。


それを見て、青井もつられて少し笑ってしまう。


その瞬間――


ミサキが声を張った。


「蒼真と青井も今度二人で出かけるんだって!」


再び静寂。


クラス中の女子が、ゆっくり青井を見た。


「マジで!?」


「いつから!?」


「大人しそうなのにやるじゃん青井!」


「隅に置けないねぇ~!」


青井は目を見開く。


そしてミサキを睨む。


ミサキは最高に悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


その時、スマホが震える。


ミサキからだった。


『泣かされた仕返し。』


青井は再びミサキを見る。


だが彼女はもう前を向いていた。


周囲の女子たちは止まらない。


「竹尾先輩とも仲いいんでしょ!?」


「イケメン引き寄せ体質!?」


「ち、違うから!」


そこへミオが割って入った。


「はいはい、その辺で。質問は後でね。」


青井は信じられないものを見る顔をする。


「……後で?」


「神崎さんが言うなら決定~!」


女子たちは笑いながら散っていった。


青井は机に突っ伏す。


「なんで約束したの……」


ミオは肩をすくめた。


「じゃないと授業終わるまでずっと絡まれてたよ、たぶん。」


「はぁ……あとで絶対大変……」


その横で、ヒナが誇らしげに原稿を掲げていた。


「あと二ページで完成ー!」


「ん?」


青井とミオが同時に振り向く。


「私の漫画、もうすぐ完成するのー!」


ミオがすぐに身を乗り出した。


「読ませて!」


「もちろん! みんな読んでね!」


青井が目を瞬かせる。


「また“みんな”なんだ……」


ヒナは腕を組み、得意げに胸を張った。


「だってもうすぐ終わるもん!」


その時、佐々木先生が教室へ入ってきた。


「おはよう。二月の試験は難しいから、ちゃんと勉強しておくように。」


クラス中から一斉に悲鳴が上がる。


そして、いつも通り授業が始まった。


放課後――


青井はミオとヒナと一緒に教室を出た。


「今日は部活の仕事少ないんだ。」とミオが言う。


「でも交換する短編、まだあるよね。」


「うちの部活今日は何もないから、漫画仕上げるー。」


ヒナが答える。


青井は鞄を肩に掛け直した。


「演劇部も今日はほぼ空っぽ。三年生、試験勉強してるし。」


「そっか……もうすぐ卒業だもんね。」


ミオが小さく呟く。


ヒナが青井を見る。


「今年で最後なんだね。先輩たち見るの。」


青井は少し黙った。


「竹尾先輩の家は知ってるから、また会えるかもしれないけど……」


小さく笑う。


「篠原さんは……星見を出たら、もう会えないかも。」


その時――


廊下の向こうから女子たちの大群が走ってきた。


「青井ーー!!」


「今度こそ答えて!!」


「意外と積極的なんだね!?」


「二人とも可愛すぎる!!」


ミオが即座に青井を後ろへ押した。


「行って青井! 私が止める! ヒナも手伝って!」


「えぇ!? でもダーリン探さないと――」


ミオはヒナの肩を掴む。


「手伝って!」


「私は盾じゃないってばぁ!!」


その隙に、青井は別の廊下へ逃げ出した。


校舎の外へ出るまで、止まらない。


そして――


そこに蒼真がいた。


彼は青井を見る。


「こんにちは。」


青井はまだ少し息を切らしていた。


「はぁ……はぁ……こんにちは……」


蒼真は首を傾げる。


「大丈夫? 疲れてるみたいだけど。」


青井は力なく笑った。


「ミサキにやられた……」


蒼真はため息をつく。


「俺も男子から逃げてきた。」


「え?」


「青井がクラスで三番目に可愛いって話で盛り上がってて。」


青井は無言になる。


そしてゆっくり顔を向けた。


「……順位つけてるの?」


「俺知らなかったから!」蒼真は慌てて言う。「だから逃げてきたんだって!」


青井は腕を組む。


「怒ってる。」


蒼真は小さく笑った。


そしてまた静寂。


雪が静かに降り続ける。


蒼真は視線を落とした。


「……無理してここにいなくていいよ。」


青井が目を向ける。


「君に嫌われてるのは分かってる。ただ、最後にちゃんとみんなへ別れを言いたくて。」


青井は俯いた。


マフラーが口元を隠している。


雪が静かに髪へ積もっていく。


「……別に、嫌ってない。」


少し間を置く。


「ただ……」


蒼真もまた地面を見つめていた。


「嫌われたと思ってた……」


「色々考える時間が必要だっただけ。」


蒼真は緊張したように唾を飲み込む。


「それでも……俺は君に優しくされる資格なんてない。」


青井はすぐに歯を食いしばった。


「蒼真、そういう言い方やめて。」


深く息を吸う。


「あなたの気持ちはもう分かった。でも……これは別。」


蒼真がゆっくり顔を上げる。


「別って?」


青井は少し迷ってから、静かに聞いた。


「……私のためだけに、星見へ来たの?」


冷たい風が二人の間を通り抜ける。


蒼真は目を逸らさなかった。


「うん。」


そして静かに続ける。


「他に理由なんてなかった。」


青井は黙ったまま彼を見る。


蒼真は苦しそうに笑った。


「今でも、自分を許せない。」


涙が一筋、頬を伝う。


青井の目が見開かれる。


「蒼真……私――」


「きゃあああああん!!」


二人とも驚いて振り向いた。


少し離れた場所から、女子たちがこちらを見ている。


その後ろで、ミオが息を切らしていた。


「ご、ごめん青井! もう止められなかった!」


蒼真は目を見開く。


そして衝動的に――


青井の手を掴んだ。


「行こう!」


そのまま走り出す。


「ちょ、蒼真――!」


降り続く雪の中。


青井は彼に手を引かれながら走った。


強く握られた手の温もりを感じながら。


胸の鼓動が、どんどん速くなっていく。


「……蒼真。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ