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第54話 ― 蒼真の過去

この章の最後の後に、作品について大事なことを書きました。ぜひ最後まで読んでください。良い読書を。

アオイは目を見開いた。


「……何を、言おうとしてるの?」


蒼真は一瞬視線を逸らした。

両脇に垂れた指先がわずかに震えている。


「だから……少し静かな場所に行こう。全部、説明する」


アオイは黙ったまま彼を見つめた。


少し離れた校門の近くでは、ポケットに手を入れた武雄が二人を見ていた。

疲れたような小さな笑みを浮かべながら、彼は独り言のように呟く。


「……あーあ。ようやくアオイに打ち明ける気になったのか。遅すぎだろ」


武雄がまだ見ていることにも気づかず、アオイと蒼真は冷えた夜道を歩き始めた。


街灯は前方をぼんやり照らすだけ。


二人とも何も話さない。


ただ十二月の風だけが木々を揺らしていた。


数分後、二人はほとんど人気のない小さな公園へ辿り着き、木製のベンチに腰を下ろした。


沈黙。


蒼真は冷や汗をかいていた。


何度も何度も膝を握りしめている。


やがて、アオイが静かに息を吸った。


「……話して」


蒼真は俯いた。


「長い話なんだ……」


彼は短く目を閉じた。


「でもその前に……一つだけ、わかってほしいことがある」


声が震える。


「俺は誰かを傷つけたかったわけじゃない。本当に……悪気なんてなかったんだ」


アオイは静かに答えた。


「聞いてる」


蒼真はしばらく黙り込んでから、ゆっくり話し始めた。


「子供の頃……俺は、前にみんなで行った海辺の小さな町に住んでた」


アオイはゆっくり瞬きをした。


「……あの海?」


旅行の記憶が蘇る。


「だから蒼真の家族、あの場所に詳しかったんだ……でも、それが何と関係あるの?」


蒼真は両手をゆっくり握り締めた。


「全部、あそこから始まったんだ」


風が強く吹いた。


そして――


蒼真の声が震え始める。


蒼真が六歳だった頃。


その日の朝、彼は曲がったスニーカーを慌てて履きながら家を飛び出した。


「母さん! みんなと遊んでくる!」


キッチンの入口から母親が顔を出す。


「わかった。でも道路の近くには行っちゃダメよ? あっちは崖だからね」


「行かないよ! 心配しないで!」


そう言うと蒼真は通りを駆けていった。


友達の家を一軒回り、


また一軒回り、


さらにもう一軒。


すぐに四人全員が集まった。


「湖の近くで遊ぼうぜ!」

蒼真は目を輝かせながら言った。


みんなすぐ賛成した。


そこへ着くと、一人の少年がいつも隠している木の洞から野球バットを取り出した。


蒼真は嬉しそうに笑う。


「今日、新しいボール持ってきたんだ! グローブも!」


リュウはバットを肩で回した。


「じゃあ早く投げろよ。プロみたいに打ってやる」


少年たちはそれぞれ位置についた。


蒼真がボールを投げる。


リュウが思い切り振り抜いた。


ボールは森の奥深くへ飛んでいった。


「あっ! 俺のボール!」


蒼真は叫びながら追いかける。


茂みをかき分けて探した。


木々が多すぎる。


数分間一人で歩き回ったあと、彼は呟いた。


「木、多すぎだろ……どこに落ちたかわかんない……」


さらに数歩進んだ時――


彼は気づいた。


「やば……道路の近くだ……」


そして見つけた。


ボールはアスファルトの真ん中に転がっていた。


蒼真はガードレールの近くまで歩き、向こう側を見る。


その先には――


海。


崖。


冷たい風が激しく吹き荒れていた。


「すぐ拾って戻れば……」


彼は急いで道路を渡った。


ボールを拾い上げ、


安堵の息を漏らす。


「このカーブ、急すぎ――」


その瞬間、彼は固まった。


カーブの向こうから車が現れる。


速すぎる。


蒼真の目が見開かれた。


その一瞬、世界が止まった。


母親の顔。


父親の顔。


祖母の顔。


記憶が一気に頭を駆け巡る。


ボールが手から落ちた。


彼は強く目を閉じる。


衝撃を待ちながら。


だが――


激しい風が身体の横を吹き抜けた。


直後、


金属がぶつかる轟音が道路中に響く。


ガシャアアアアアンッ!!


蒼真は数秒間その場で固まっていた。


歯を食いしばり、


全身を震わせながら。


そしてゆっくり目を開ける。


周囲を見回した。


ガードレールが壊れていた。


ねじ曲がり、


大きな一部分が崖下へ消えている。


「な、なに……今の……?」


足から力が抜けそうになる。


蒼真はゆっくり崖際へ近づいた。


下を見る。


そして――見てしまった。


崖下に落ちた、完全に潰れた車を。


視界がぼやける。


「お、俺……何を……」


壊れた窓から片腕がだらりと垂れていた。


その時――


「蒼真!? どこだー!?」


森の奥からリュウの声が響く。


蒼真はゆっくり振り返った。


リュウが走ってくる。


「いた……って、お前何があった?」


そして壊れたガードレールに気づく。


「蒼真……なんで壊れてんだよ、これ」


蒼真は答えられない。


ただ震えていた。


目を見開いたまま、


呼吸も乱れている。


「おい……何か言えよ」


リュウが近づく。


そして崖下の車を見た。


彼は瞬時に口を押さえた。


「く、車が落ちてる……」


沈黙。


ゆっくりとリュウは蒼真を見る。


「……お前がやったのか?」


蒼真の目に涙が溜まる。


だが一滴も落ちなかった。


リュウは強く拳を握った。


「ここで遊ぶなって言われてたろ」


「で、でも……ボール打ったのはリュウで……」


リュウは即座に顔をしかめた。


「は? じゃあ俺のせいだって言いたいのか!?」


「ち、違っ……俺はただ……」


しかしリュウはそのまま森へ走り去った。


蒼真を置き去りにして。


風はさらに冷たく感じた。


ずっと。


蒼真はもう一度だけ崖下の車を見た。


そして走った。


森を抜け、


他の少年たちの横を通り過ぎる。


「おい蒼真! 何があったんだよ!?」


だが彼は答えなかった。


ただ家まで走り続けた。


扉を開ける。


息を切らしながら。


「た、ただいま……」


母親が笑顔でキッチンから現れる。


「おかえり。ちゃんと道路には近づかなかったわよね?」


蒼真は固まった。


目も、


口元も震える。


「い、行ってない……」


母親は安心したように笑った。


「よかった。今日はあなたの好きな晩ご飯作ってるのよ」


「う、うん……」


「あら? 元気ないわね」


「……ちょっと疲れただけ」


彼はすぐ自分の部屋へ向かった。


ベッドに座り、


壁をぼんやり見つめながら必死に呼吸を整える。


だが、


崖下の車の光景が頭から離れなかった。


その時――


コンコン。


窓を叩く音。


蒼真は怯えながらそちらを見る。


外にはリュウが立っていた。


窓を開けると、リュウは静かに言った。


「お前がやったこと、誰にも言わない」


蒼真は黙ったまま。


「でもこれからは、俺の言うこと全部聞け」


少年は俯いた。


「……わかった」


翌日、一人の住民が崖の下で車を発見した。


救急車が到着する。


消防隊も。


その後には報道陣まで現れた。


町中がその事故の話で持ちきりになった。


その朝、蒼真の母親が言った。


「道路の近く、救急車だけじゃなくて新聞社まで来てるわね」


父親は真剣な声で答える。


「あの辺には近づくなよ」


蒼真は弱々しく頷くだけだった。


「う、うん……」


母親は数秒間、静かに息子を見つめた。


「最近、外で遊ばなくなったわね……」


「……つまんなくなったから」


しばらくして、またリュウが蒼真を呼びに来た。


二人は遠くから崖の近くの騒ぎを眺めていた。


その時、リュウが小さな声で囁く。


「全部、お前のせいだ」


蒼真は俯いた。


「明日もまたお前の昼飯くれよ。じゃなきゃ母親に全部話す」


「……わかった」


数日後。


蒼真は居間のテーブルに置かれた新聞の見出しを目にした。


『坂本宏志さん 崖下で発見される』


心臓が大きく跳ねる。


その夜、蒼真はこっそり新聞を自室へ持ち込んだ。


一人きりで記事を最後まで読む。


『男性は妻と六歳の娘を残していた』


蒼真の手が震え始めた。


そして――


名前が載っている場所まで読み進める。


『坂本雪子、坂本葵』


「……娘……?」


彼はその部分を切り抜いた。


妻。


娘。


その紙を長い間見つめ続ける。


一筋の涙が静かに頬を伝った。


年月が過ぎた。


十四歳になった蒼真は、学校の校外学習で水族館を訪れていた。


生徒たちがグループで歩き回る中、彼だけは一人でガラス越しのイルカを見つめていた。


「……あんな場所に閉じ込められるなんて、最悪だろ」


小さく呟く。


「なんで一匹だけなんだ……?」


その時、少し前方に三人の少女が見えた。


別の学校の制服。


蒼真はぼんやり彼女たちの後ろを通り過ぎようとして――


声を聞いた。


「人数確認するよ! 神崎美緒、羽瀬ひな、それから……坂本葵!」


蒼真の身体が凍りついた。


ゆっくり。


本当にゆっくりと。


彼は顔を向ける。


そこには黒髪の少女が立っていた。


「花江さん」が彼女の肩を抱きながら笑っている。


蒼真は目を見開いた。


「……坂本、葵……?」


花江が彼に気づく。


「どうかした?」


蒼真は慌てて我に返った。


「あ、ああ……すみません。自分の班探してただけです」


だが、その場を離れてからも――


彼は遠くからアオイを見続けていた。


確認しようとしていた。


理解しようとしていた。


やがて美緒が気づく。


「なんかあの人、私たちのこと追ってない?」


蒼真はすぐに顔を逸らし、魚を見ているふりをした。


だが帰りのバスの中、


窓の外の景色を眺めながら、彼は考えていた。


「彼女は宏志さんと繋がってる……」


「俺が……あの時……」


突然、紙のボールが彼の顔に当たった。


昔の同級生たちが笑っている。


近くでは女子二人がひそひそ話していた。


蒼真は強く目を閉じた。


「……もうここにいるのは限界だ」


十五歳になった時、彼は星見町へ行くことを決めた。


「俺だけ普通に生き続けるなんて、許されない……」


彼は一人でその町を訪れた。


病院の前を通り、


学校の近くを歩き、


やがて何をすればいいかわからないまま公園のベンチへ座り込む。


その時――


聞き覚えのある声が耳に入った。


「私、このドラマ好きなんだよね」


蒼真は顔を上げる。


そして見た。


ひなと美緒と一緒に歩くアオイの姿を。


心臓が激しく脈打つ。


「……彼女だ」


美緒が別れて帰った後、


蒼真は遠くからアオイの後を追い始めた。


「くそ……完全にストーカーみたいじゃねぇか……」


それでも足は止まらなかった。


彼女が家へ入るまで、ずっと後ろを歩き続けた。


蒼真はその家の前をゆっくり通り過ぎる。


頭の中で声が響く。


「インターホンを押せ」


「聞け」


「確かめろ」


だが、できなかった。


次の角で立ち止まり、


腕で目を覆いながら呟く。


「……臆病者」


その後、蒼真はアオイについて調べ始めた。


しばらくして転校を願い出る。


星見町で一人暮らしを始め、


コンビニでアルバイトを見つけた。


そして登校初日。


彼は二年B組の教室前で立ち尽くしていた。


「ただ伝えればいい」


「それだけだ」


その時、教師の声が響く。


「入っていいぞ」


蒼真は扉を開けた。


そしてそこに――


アオイがいた。


二人は互いを見つめ合う。


蒼真は小さく呟いた。


「……い、いたんだ……坂本葵……」


そして――現在。


公園の沈黙は、あまりにも重かった。


蒼真はベンチで彼女の隣に座っている。


アオイは身体を縮こませ、頭を抱えたままだ。


蒼真は静かに言った。


「ずっと……これを伝えようとしてた」


だがアオイは答えない。


数秒が何分にも感じられる。


そして突然、


蒼真は立ち上がった。


地面に膝をつき、


冷たいコンクリートへ額を押し当てる。


「俺は臆病者だ!!」


泣き声混じりに叫ぶ。


「何度も伝えようとした……! でも言えなかったんだ!!」


涙が止まらない。


「お前の涙を作ったのは俺だ!! お前を苦しめたのも俺だ!!」


身体が激しく震える。


公園は静まり返っていた。


ただ風だけが木々を揺らしている。


数秒後――


アオイはゆっくり手を下ろした。


「……蒼真」


弱々しい声。


「立って」


蒼真はゆっくり顔を上げた。


目は真っ赤だった。


アオイは相変わらず地面を見つめている。


髪が顔を半分隠していた。


「……何を言えばいいのかわからない」


彼女は震える手を強く握る。


「何を思えばいいのかも……わからない」


「アオイ……」


再び沈黙。


長く、


重い沈黙。


やがて彼女は小さく呟いた。


「……一人になりたい」


蒼真は強く目を閉じた。


また涙が溢れ出す。


だが彼はすぐに拭った。


「お前が……俺を怒るのは当然だ」


アオイは答えなかった。


ただ動かず、


地面を見つめ続けている。


蒼真はゆっくり一歩後ろへ下がった。


「……またな、アオイ」


そして彼は、一人で静かな夜道を歩き去っていった。


歩きながら、


頭の中では同じ言葉が繰り返され続ける。


「俺は……何をしてしまったんだ……」


「何を……」


アオイはそのベンチに座ったままだった。


震える手を静かに握りしめながら。

さよならと永遠の間に』は、少しずつ終わりへ近づいています。


ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。

静かに読んでくださっていた方々にも、心から感謝しています。


アオイの旅を見届けてくれたことは、私にとって本当に大きな意味があります。


そして現在、次回作である

『君を想いながら死んだ俺は、異世界で生まれ変わった』も、

この作品を更新しながら少しずつ執筆と完成を進めています。


そして――


二つの物語は、互いに繋がっています。


いつかその時が来たら、

皆さんがアオイと共に歩いてくれたように、

レンの隣も歩いてくれたら嬉しいです。


ここまで本当にありがとうございました。

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