表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/64

第49話 ― 発表のリハーサル


葵はベッドに横になったまま、暗い天井をぼんやりと見つめていた。


数秒後、ゆっくりとゲーム機の方へ顔を向ける。


そして両手で目を覆った。


「……なんだったの、あれ……?」


小さく呟く。


「……あのゲーム、お父さんが作ったの……?」


葵はベッドの上のスマホを手に取り、武雄へ素早くメッセージを送った。


『あのゲームについて何を知ってるの?


まさか、武雄先輩が作ったわけじゃないよね?』


少しして、返信が届く。


『違う。

それは君のお父さんが、七歳の誕生日に用意したプレゼントだ』


葵はしばらくそのメッセージを見つめていた。


そして再び入力する。


『でも、なんで今まで渡さなかったの?

それに、どうして武雄先輩が持ってたの?』

数秒の沈黙。


『七歳の時に渡そうとした。


でも、あの頃の君は……少し違っていたから』

葵の手がわずかに震えた。


脳裏に、昔の記憶がよみがえる。


幼い自分。


部屋の壁を見つめながら、涙を止められずにいた姿。


葵はスマホを握る指に力を込めた。


『……あの頃は、まだ全部を受け止めきれてなかった。ごめん』


武雄はすぐに返信した。


『今この話をするつもりはなかった。

でも、もう今週が発表だから』


葵はゆっくり息を吐く。


『うん……わかってる』


再び通知が届く。


『本当に大丈夫か、葵?』


葵はスマホをベッドへ置いた。


また手が震えている。


数秒間、目を閉じて呼吸を整える。


それから再びスマホを手に取った。


『大丈夫。

ちゃんと普通に演じられるから、大丈夫だよ!?』


少し間を空けて返信が来る。


『わかった。

お互い頑張ろう。しつこくして悪かった』


メッセージの間に短い静寂が流れる。


そして葵は打ち込んだ。


『大丈夫。ふぁいと』


空手のポーズをしているパンダのスタンプを添えて送信する。


葵は再びベッドへ横になった。


視線は天井へ向けられたまま。


「……発表か……」


土曜日と日曜日は、ゆっくりと過ぎていった。


葵は部屋で何度も台詞を繰り返し練習していた。


抑揚を変える。


やり直す。


場面ごとの完璧な声色を探し続ける。


日曜の夜。


葵はまた暗い天井を見上げながら横になっていた。


そして静かに目を閉じる。


「……土曜日が本番……」


月曜日。


葵は早朝に起き、いつもの支度を済ませて学校へ向かった。


駅の近くで陽菜と合流する。


その後すぐ、校門付近で待っていた美緒を見つけた。


無表情のままではあったが、葵は軽く手を上げて挨拶した。


美緒が明るく笑う。


「あー……やっと落ち着いた一週間になりそう。

あ、そうだ! 葵の発表ってもうすぐなんだよね? いつなの?」


「今週の土曜日」


葵は答える。


「演劇部のみんな、かなり緊張してる」


「葵も緊張してる?」


「少しだけ」


陽菜がふわりと笑う。


「あ、ダーリンだ」


美緒がすぐ反応した。


「もう山田のことそう呼んでるの!?」


陽菜は少し赤くなる。


「じ、冗談だよ……えへへ……」


その時、山田がこちらへ歩いてきた。


「お、おはよう」


「おはよう」


美緒と葵が同時に返す。


陽菜は優しく微笑んだ。


「おはよう、陸くん」


山田も笑みを返す。


だがその瞬間――

葵は突然、鞄の紐を強く握った。


視線が少し下へ落ちる。


陽菜はすぐに気づいた。


「葵……?」


そして前を見る。


「あ……奏真くん」


全員が視線を向けた。


校門の反対側から、奏真が一人で学校へ入ってくる。


誰とも目を合わせないまま。


美緒が首を傾げた。


「あれ? 奏真ってこっち側から来てたっけ?」


「引っ越したのかな?」と陽菜。


葵は落ち着いた声で答える。


「……ただ通学路を変えただけ」


そう言って、先に歩き始めた。


美緒が後ろから追いかける。


「葵……奏真って、ただ気持ちを断っただけなんだよね?」


葵は答えず歩き続ける。


陽菜がため息をついた。


「もうその話やめなよ、美緒」


「でももう一週間だよ!?


全然話してないし、目も合わせてないじゃん! 不自然すぎるって!」


「そう思ってるの、美緒だけだろ」


山田が軽く言う。


美緒が目を細めた。


「それ、どういう意味?」


「別にー」


そして山田は陽菜を見る。


「行く? 陽菜ちゃん」


返事を待つ前に、山田はそっと陽菜の頬にキスをした。


そのまま何事もなかったように前を歩いていく。


陽菜は完全に固まった。


顔が真っ赤になる。


頬を押さえながら、震える声で叫んだ。


「じ、準備できてなかったのに……!

ず、ずるいよ陸くん! が、学校ではもうしないで!」


山田は前を歩きながら笑う。


「はいはい、ごめん。つい我慢できなかった」


「が、我慢できなかったって……!?」


前を歩く二人を見ながら、美緒は大きく息を吐いた。

「……まぁ、とりあえず試験の空気が終わっただけマシか」


四人はそのまま二年B組へ向かった。


席に座ると、陽菜が肩の力を抜く。


「教室の空気、軽くなったね」


「そりゃそうでしょ」


美緒が答える。


「みんな試験で死にそうだったし」


そして真面目な顔で葵を見る。


「葵……ちゃんと謝らせて。


告白しなよって背中押したの、私だから」


葵はゆっくり首を横に振った。


「美緒……もういい。


その話はしたくない」


少し視線を逸らす。


「美緒のせいじゃないし」


陽菜も少し俯く。


「私も……ちょっと押しちゃったし……」


慎重に葵を見る。


「……私たち、もう大丈夫だよね?」


「うん。怒ってないよ」


葵は小さく間を空けた。


「ただ……」


美緒が身を乗り出す。


「ただ?」


葵は机の上の自分の手を見る。


「お父さんが……亡くなる前にプレゼントを残してたの。


それを、この週末に初めて知った」


二人は目を見開く。


「葵……」


陽菜が小さく呟く。


「そんなに時間が経ってから……」


「プレゼントって?」と美緒。


「……ハート付きのウサギ」


葵の声は静かだった。


「お母さんからもらったやつ。


でも当時の私は、ちゃんとしてなかったから……」


美緒は数秒黙り込む。


そして突然、机を叩いた。


「決定。


放課後カラオケ行くよ」


「美緒……今はあんまり気分じゃ……」


「これは誘いじゃないから」


葵が眉をひそめる。


「美緒……」


「葵、抱え込みすぎ」


美緒は頬杖をついた。


「私はストレス溜まったら野球するか、一人でカラオケ行く」


陽菜が驚く。


「一人で!? 一回も誘ってくれなかったじゃん!」


「ストレス発散しに行く場所だから」


美緒は少し笑う。


「お母さんが入院してた時、何球打ったか覚えてないし」


陽菜はすぐ目元を押さえた。


「美緒ってちょっと冷たい人かと思ってた……」


「評判守らなきゃだからね。えへへ」


葵は本気で驚いた顔をした。


「知らなかった……」


美緒が優しく笑う。


「だから今日はカラオケ。今回は私のおごり」


「やったー!」


陽菜がすぐ喜ぶ。


葵の口元から、小さな笑みが漏れた。


ほとんど見えないほど小さな笑み。


「……ありがとう、美緒」


美緒は照れ隠しのように視線を逸らす。


だがその時、葵の視線は教室の前方へ向かった。


教室の端。


奏真はじっと動かず座っていた。


片肘を机につき、頬杖をしている。


周囲ではクラスメイトたちが笑い、話し、騒いでいた。


だが奏真だけは、そこから切り離されたようだった。


まるで教室の中に置き去りにされた静かな彫像のように。


放課後。


葵は荷物をまとめる。


「今日は部活の練習あるから」


「了解」


美緒が答える。


「五時四十分に校門前集合でいい?」


「うん」


「私も大丈夫」


陽菜が頷く。


美緒が笑う。


「陽菜も歌うんでしょ?」


陽菜は苦笑した。


「たぶん……最近マンガが全然進まなくて」


「じゃあ決まり」


葵は鞄を持つ。


「また後で」


「またねー!」


美緒が手を振った。


その日の午後、演劇部――

葵が部室へ入ると、篠原が道具を整理していた。


武雄は舞台近くで先生と話している。


最初に葵へ気づいたのは篠原だった。


「あ、葵! ちょうどよかった。第五幕の練習できる?」


「だ、大丈夫です……」


篠原は大げさにため息をつく。


「問題は、あのシーンの感情がまだ掴めないことなんだよね……」


葵は疲れたように答えた。


「篠原先輩、いつもなんとかしてるじゃないですか」


篠原は真面目な顔になる。


「葵。

あと少しだけ感情を乗せて。ほんの少しで全部変わるから」


葵は少し目を伏せた。


「……わかりました。もう一回やります」


二人は何度も同じシーンを繰り返した。


一回。


二回。


三回。


部活終了までずっと。


篠原が小さく拍手する。


「みんな、今日もお疲れ様!」


武雄が腕を組んだ。


「本番は土曜日。


今週は練習量を増やす。台詞と声の調整、ちゃんと確認しておいてくれ」


先生が頷く。


「今日は解散。また明日」


その時、篠原が突然武雄へ振り向いた。


「あっ! 結美先輩、本番見に来るらしいよ!」


武雄が固まる。


「ま、マジで!?


演劇モンスターが!?」


葵が首を傾げた。


「演劇モンスター……?」


武雄はため息をつく。


「結美先輩は演劇部の先輩だったんだ」


篠原がすぐ続ける。


「二十年以上で最高の部員って言われてたんだから」


「俺たちが入部した時、先輩はまだ二年だった」


武雄が説明する。


「でも三年からも尊敬されてた」


篠原は胸に手を当てる。


「今まで緊張してなかったのに……急にしてきた……」


武雄は苦笑した。


「大丈夫だって。

もう大学生なんだし、高校の発表なんて比較しないだろ」


葵は静かに二人を見つめる。


「二人とも、自分に厳しいですね」


武雄が少し笑った。


「葵は結美先輩を知らないからだよ」


篠原は深呼吸する。


「……よし。今日は徹夜で練習する」


「いや、ちゃんと寝ろよ、真衣……」


葵は鞄を持ち上げた。


「失礼します」


そして武雄を見る。


「……ゲーム、見せてくれてありがとうございました。


まだ整理できてないですけど」


武雄は気まずそうに頭をかく。


「あー……それ、忘れてた」


少し視線を逸らす。


「怒ってないか?」


葵はゆっくり首を横に振った。


「ううん。

今は頭の中がいっぱいで、それどころじゃないです」

小さく笑う。


「でもありがとうございました。


あれ、本当に父が作ったんですよね?」


武雄は頷く。


「ああ。そうだ」


しばらく、葵は黙っていた。


そして再び、小さく笑う。


壊れそうなほど儚い笑み。


「……ありがとうございます。

また明日」


「また明日!」


篠原が明るく手を振った。


葵が部室を出た後――

篠原はすぐ武雄を見る。


「あのゲームって何だったの?

なんで二人ともあんな悲しそうだったの?」


武雄は長く息を吐いた。


「……話すよ」


舞台の端へ腰を下ろす。


「葵のお父さんが亡くなった後……

親父から聞いたんだ。坂本宏が、葵のためだけに誕生日ゲームを作ってたって」


篠原は静かに聞いている。


「何年も持ってた。

七歳になったら渡そうと思ってたんだ」


武雄は目を伏せた。


「でも無理だった。

あの頃の葵は、ずっと悲しみの中にいたから」


篠原はゆっくり頷く。


「……そっか」


少し考えてから笑った。


「じゃあさ、武雄くんって子供の頃どんな感じだったの?」


武雄は篠原真衣を見る。


「……普通」


篠原は疑わしそうに目を細めた。


「ふーん……いつか絶対、お母さんに聞いてみよ」


武雄はすぐ視線を逸らす。


「な、なんだよ……別にいいけど」

篠原はくすっと笑った。

「照れてるの? 武雄くん、ふふっ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ