第40話 — 光と衝突
イベント会場の中は、まるで絶えず脈打つ小さな宇宙のようだった。
色とりどりのライトがコスプレの布地に反射し、どこか幻想的で、見ているだけで引き込まれそうになる。遠くのステージからはアニメソングが流れ、その音は会場中のざわめきと混ざり合っていた。
並ぶブースは、まるで別世界のショーウィンドウ。
レアな漫画。
精巧なフィギュア。
壁いっぱいに広がる巨大ポスター。
すべてが同時に存在感を放っていた。
そんな人の流れの中を、葵、蒼真、ひな、美緒の四人は一緒に歩いていた。
少し先では、花恵と美咲が別行動を取り、漫画ショップが並ぶエリアへ向かっている。花恵は一冊一冊の表紙に目を輝かせ、美咲はそれとは対照的に、じっくりと価値を見極めるような視線を向けていた。
その後ろで――
葵と蒼真は並んで歩いていた。
アルセリナの白い装甲ドレスは歩くたびに光を受けて輝き、蒼真の黒いマントとの対比は、まるで光と影が並んでいるかのようだった。
そのとき――
「きゃあああ!」
二人の前に、勢いよく駆け寄ってくる女の子たちがいた。
葵と蒼真は同時に振り返る。
一人が興奮した様子で指をさした。
「クリムゾン・ヴァルキュリアのカップルだ!」
もう一人も息を弾ませながら続ける。
「クオルとアルセリナ!」
葵は驚いて瞬きをする。
蒼真はぴたりと固まった。
「しゃ、写真、撮ってもいいですか?」と女の子が手を合わせてお願いする。
葵は蒼真を見た。
「わ、私たち……ですか?」
「はい!完璧です!」
その瞬間、時間が少しだけ止まったように感じた。
少し後ろでは、ひながその様子を見ていた。
微笑んでいる。
けれど――そっと額に手を当てる。
ほんのわずかな汗。
その隣で、美緒は無表情のまま様子を見ていた。
葵は小さく息を吸い、
少し照れながらうなずいた。
「……いいですよ」
「ありがとうございますっ!」
葵は蒼真に少し近づく。
肩が触れそうな距離。
近い。
近すぎる。
シャッター音が鳴る。
けれど葵には――
それがどこか遠くに聞こえた。
その瞬間、彼女の意識はただひとつ。
速くなる鼓動だけだった。
人混みから少し離れた場所。
そこは、不思議と静かだった。
ひなと山田は、向かい合って立っている。
空気が、重い。
会場のどこよりも。
山田は深く息を吸った。
一瞬だけ、視線が揺れる。
「……返事はいらない」
低い声で言う。
「俺が言って……それで帰る」
ひなは息を飲んだ。
胸が苦しいほどに高鳴る。
青いドレスの裾を、ぎゅっと握る。
「……い、言っていいよ……陸くん……」
山田は一度視線を落とし、
そして彼女を見る。
「ひな……前から言いたかった」
ゆっくりと息を吐く。
「でも……お前が俺と距離置いたから……嫌われたと思ってた」
沈黙。
ひなは目を逸らさない。
山田は続ける。
「最初は、そんなふうに見てなかった」
苦笑する。
「そもそも、まともに話したこともなかったしな」
視線を上げる。
「でも……お前の好きなものとか、楽しそうな顔とか……」
首を振る。
「それで、俺……まともに戻れた」
ひなの胸がぎゅっと締めつけられる。
言葉が、ひとつひとつ、心に落ちてくる。
山田は息を吸い直す。
「気づいたら……ずっと考えてた」
照れたように笑う。
「毎日な」
視線が重なる。
「で……その……」
周囲を軽く示す。
「こうして、一緒に来てる」
彼の目が、ひなのコスプレをなぞる。
マント。
本。
瞳の輝き。
そして微笑む。
「……それでも、ちゃんとお前が見えてる」
ひなの手が、口元に上がる。
山田は最後に息を吸い、
言った。
「ひな……好きだ」
鼓動が跳ねる。
「本気で、好きだ」
静寂。
世界の音が遠のく。
山田はその反応を見る。
見開かれた目。
動かない体。
そして――
少しだけ寂しそうに笑った。
(……断り方、わからないんだな)
体を反転させる。
「いいよ。返事はいらな――」
「私、陸くんと付き合いたい!!」
空気を切り裂く声。
強く、はっきりと。
山田は凍りついた。
ゆっくり振り返る。
ひなは――
目を閉じている。
真っ赤な顔。
震える手を差し出して。
それでも――引かない。
山田は歩み寄る。
そして、その手を取らず――
抱き寄せた。
「……ひな」
かすれた声。
ひなは驚いて目を開ける。
そして――
そっと腕を回した。
「……陸くん」
人で溢れるイベントの中で。
その瞬間だけは、
二人しかいなかった。
その後の時間は、あっという間に過ぎていった。
光。
写真。
笑い声。
忘れられない瞬間たち。
中央ステージでは――
「今年のコスプレコンテスト優勝者は――」
一拍の間。
「ヴェルミラ・ノクティス!」
歓声が爆発する。
「花恵ぇぇぇ!」と葵が叫ぶ。
蒼真も腕を上げる。
「やったな!」
ひなも飛び跳ねる。
美緒は静かに拍手を送り、わずかに微笑んだ。
少し離れた場所で――
美咲がそれを見ていた。
しかし、視線はステージではなく――
葵と蒼真。
笑い合う二人。
自然な距離。
美咲は目を逸らした。
「……もう、終わりかな」
小さく呟き、
一人で歩き出す。
会場の外。
バシャッ
美咲は水たまりに倒れた。
「そのダサい格好じゃ、目立つに決まってるでしょ」
凍りつく。
「……めぐみん」
そこにいたのは、めぐみんと二人の少女。
嘲笑を浮かべている。
「やって」
二人が美咲の腕を掴み、
路地裏へ引きずっていく。
狭く、暗い場所。
めぐみんが先に踏み込む。
拳が振り下ろされる。
「アンタのせいで!」
もう一発。
「転校するハメになったのに!」
さらに。
「アンタだけ何もないの!?」
息を荒げるめぐみん。
美咲の口元から血が流れる。
「泣かないの?」
美咲は血を吐きかけた。
悲鳴。
一瞬の隙。
足を踏みつける。
腕が外れる。
拳。
もう一人を打ち倒す。
そして――走る。
「助けて……!」
「誰か……!」
数ブロック先。
止まる。
前にはめぐみん。
後ろにも二人。
包囲。
膝をつく。
「……終わりだ」
そのとき――
「おい」
声。
振り向く。
そこにいたのは――
美緒、ひな、葵。
そしてもう一人。
「な、なんで……?」
美緒が答える。
「一緒にいた人が、連れてかれたって教えてくれた」
葵は軽く頭を下げる。
「ありがとう。もう大丈夫です」
めぐみんが舌打ちする。
「やって」
二人が飛び出す。
しかし――
美緒が二歩踏み出しただけで。
腕を捻り、
一瞬で地面に叩きつける。
動けない。
めぐみんが後ずさる。
「……くそ」
葵が近づく。
「トイレにいた子だよね?」
「まだやるの?」
めぐみんは怒鳴る。
「関係ないでしょ!」
「どいてよ!」
「これは美咲との問題!」
葵は静かに言う。
「どけません」
「帰ってください」
めぐみんが笑う。
ブーツから何かを取り出す。
ナイフ。
「邪魔した罰よ!」
葵の目が見開かれる。
振り下ろされる刃。
「アンタから――」
しかし――
腕が止まる。
後ろから蒼真が捻り上げた。
ナイフが落ちる。
蹴り飛ばす。
「……美緒に教わった」
めぐみんが叫ぶ。
「助けて!暴力よ!」
美緒は腕を組む。
「そのナイフ、あなたのよね?」
「……っ」
美咲が歩み寄る。
血まみれで。
「……忘れられたと思った?」
葵が口を開く。
「美咲――」
「いつまで私を追いかけるの!?」
叫び。
拳。
めぐみんの顔に叩き込まれる。
蒼真が止めに入る。
「もうやめろ!」
葵も抱き止める。
「終わりにしよう!」
美咲の目から涙が溢れる。
「……不公平だよ」
葵を見つめる。
「なんで、あんたなの……」
葵が戸惑う。
「え……?」
美咲が耳元で囁く。
「わかってるくせに」
蒼真を見る。
「……あの人、あんたのこと、特別に見てる」
ふらつきながら離れる。
「……ありがとう」
血を拭う。
「みんな、すごいね」
ひなが駆け寄る。
「病院行こう!」
「大丈夫?」
美咲は弱く笑う。
「平気」
「昔は私もああだったし」
頬に触れる。
「腫れるだけ」
ひなは不安そう。
「ほんとに?」
「うん」
頷く。
「ありがとう……ひな」
葵の耳には、もう何も入っていなかった。
頭の中で繰り返される言葉。
「……あなたを特別に見てる」
胸に手を当てる。
速い鼓動。
蒼真を見る。
美緒と話している。
何も知らない顔で。
――ピッ
通知音。
全員がスマホを見る。
グループチャット。
武雄からのメッセージ。
『今日、やる?』
『試験近いけど、このゲーム終わらせたい』
葵は画面を見つめたまま動かない。
光が瞳に映る。
けれど心に残っているのは――
たった一つの言葉だった。
「……特別に見てる」




