表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/44

第39話――群衆の中で

イベントの入口は、まるで別世界だった。


アオイの目の前に広がるのは、色の海。

きらめく衣装、朝の光を反射するコスプレ用の鎧、風に揺れる長いマント。笑い声や弾んだ会話、絶え間なく響くシャッター音が混ざり合い、空気そのものが生きているようだった。


その中で――


アオイは、足を止めた。


視線の先にいたのは、ただ一人。


ソウマ。


彼は人混みの中を、まるで周囲の喧騒とは無関係のように、落ち着いた足取りで歩いてくる。背後で揺れる暗いマントは静かな影のようで、背中に差したサーベルがその姿を完成させていた。


その一瞬――


アオイは、呼吸を忘れた。


「そ、ソウマくん……?」


ソウマは驚いたように瞬きをして、首の後ろに手をやる。


「あー……えっと……」

彼は照れくさそうに笑った。

「なんか、変じゃない?」


「ぜ、全然そんなことないよ!」

アオイは慌てて言葉を重ねた。


ヒナが一歩前に出て、自然に微笑む。


「すごく似合ってるよ、ソウマ。ふふ。」


アオイは一度深呼吸して、ようやく落ち着いて言えた。


「クオルに、すごく近いと思う……」


ソウマは少し視線を逸らしながら頭をかいた。


「そっか……よかった。」


ヒナは勢いよくアオイの手を引く。


「中で着替えよう!早く行こ!」


ソウマは親指を立てた。


「あとでグループで連絡するよ。」


アオイは小さく頷く。


「じゃ、じゃあ……またあとで、ソウマくん。」


彼は軽く手を振った。


そして二人は、そのまま会場の中へ入っていった。


ゲートをくぐった瞬間、世界はさらに鮮やかになった。


天井からは巨大なバナーが垂れ下がり、色とりどりのライトがゲームや漫画、フィギュアのブースを照らしている。コスプレイヤーたちがあちこちを歩き回り、まるで物語の中の人物たちが現実に現れたようだった。


巨大な鎧を着た人もいれば、華やかなドレスの人もいる。

中には、大きな翼を背負った人までいた。


「混む前に行こう!」

ヒナがアオイの腕を引いた。


更衣室は広く、活気に満ちていた。


並んだ鏡の前で、たくさんの女の子たちが準備をしている。ウィッグを整える人、メイクを直す人、小道具の剣を置く人。


ほのかに香る香水とヘアスプレーの匂いが、空気に漂っていた。


アオイとヒナは、なんとか空いているスペースを見つける。


「よし、始めよっか!」

ヒナが楽しそうに言った。


二人はスーツケースを開く。


ヒナは先に、イリラ・スクリプトリアの衣装を身に着けた。淡い青の布が体に優しく落ち、まるで霧のように軽やかに広がる。透けるマントが肩にかかり、本を抱えた姿はまさに物語の中の存在だった。


その隣で、アオイも衣装を身にまとう。


真珠のような白いドレスアーマーが体にぴったりと合い、金の装飾が光を受けて柔らかく輝く。


手袋。

剣。

ティアラ。


すべてを整え終えたとき――


二人は、同時に顔を上げた。


ヒナがぱっと笑顔になる。


「わあ……アオイ、すっごく綺麗!」


アオイは少し頬を赤くした。


「ヒナも……!一ヶ月で作ったとは思えないよ!」


「いっぱい練習したからね。」

ヒナは照れながら笑う。


そのとき、アオイのスマホが震えた。


メッセージ。


ミオ。


「ねえ、アオイちゃん。私も一緒にイベント行くね。」

「言ってなくてごめん……」

「ちょっと話があるの。」

「ヒナのこと。」


アオイは、少しだけ眉をひそめた。


顔を上げると、ヒナは鏡の前でくるりと回りながら、自分の姿を楽しそうに見つめている。


「誰から?」とヒナ。


「ミオ……近くにいるみたい。」


「よかった!」

ヒナは嬉しそうに笑った。


二人は出口へ向かう。


だが、そのとき――


「あー!いた!」


同時に振り向く。


「ハナエさん!」


「もう、来てるなら言ってよ!」

彼女は明るく笑った。

「ちょっとだけ待っててね!」


二人の衣装を見て、目を輝かせる。


「めっちゃ似合ってる!」


そう言うなり、彼女はまた更衣室の奥へ消えていった。


アオイは小さくため息をつく。


「待つしかないね……」


「ねえ、あそこ見て。」

ヒナが指をさす。


アオイが視線を向ける。


ミオ。


制服のまま、人混みの中を歩いている。


「ここで待ってて。私、呼んでくる。」


アオイは人混みを抜けていく。


近づいた瞬間――


ミオが目を見開いた。


「ア、アオイ!?」


彼女は上から下まで見て、驚いたように息をのむ。


「すご……めっちゃ似合ってるじゃん。」


「はは……ありがとう。」


短い沈黙。


そしてアオイは、まっすぐ聞いた。


「ヒナのこと、何?」


ミオは深く息を吸う。


「ソラ、覚えてるよね?」


「二年前の?」


「そう。」


腕を組む。


「アイツ、ヒナを振っただけじゃない。あの子を傷つけた。」


アオイは静かに頷く。


「それで……プリンス・ジョンの話ばかりするようになった。」


「そう。」


少しの沈黙。


「でも今は……」

ミオは言葉を続ける。

「ヤマダのことだと思う。」


アオイは目を瞬かせた。


「ヤマダ?」


「二人、なんか違うんだよ。視線とか……ヒナも最近ちょっと変わったし。」


アオイは少し考えてから、肩をすくめた。


「ヤマダ、ちょっとバカなとこあるけど……嘘はつかないよ。」


小さく笑う。


「もしそうなら……私は応援する。」


「ちょっと、アオイ!」

ミオが声を強める。

「アイツ、松田といつも変な話してるじゃん!」


アオイは真剣な目で返した。


「私たちが口出すことじゃないと思う。」


「でも――」


「ソラとは違う。」


空気が重くなる。


ミオは唇を噛んだ。


「結局、同じでしょ。」


アオイは静かに言う。


「ヒナを支えたのはヤマダだよ。あなたが振ったあと。」


沈黙。


ミオの動きが止まる。


「それって……私のせいって言いたいの?」


「未来なんて誰にも分からない。でも、きっかけはそこ。」


「私は好きじゃなかったの!」


「じゃあ……ヒナの幸せも止めるの?」


二人は見つめ合う。


張り詰めた空気。


今にも壊れそうな距離。


やがて――


ミオは大きく息を吐いた。


「……もういい。」


顔を逸らす。


「今回は、あんたの言う通りにする。」


少し間を置いて。


「でも、ヒナを傷つけたら……そのときは私が動く。」


アオイは頷いた。


「うん。」


ミオはそのまま歩き出す。


アオイは小さくつぶやいた。


「今日は……もっと楽な日になると思ってたのに。」


そして後を追う。


ヒナは満面の笑みで二人を迎えた。


「今日、最高の日かも!」


そう言って、二人を同時に抱きしめる。


アオイとミオは少し押しつぶされる形になる。


数秒の間――


互いに目が合う。


そして、少しだけ笑う。


でもすぐに視線を逸らした。


「ミオ!もうね、ソウマとハナエと――あれ?」


ヒナが動きを止める。


「ミサキ……?」


少し先。


ミサキが歩いていた。


その姿は自然と目を引く。強くて、美しくて、どこか近寄りがたい雰囲気。


通り過ぎる人たちが、次々に声をかける。


「写真いいですか?」

「すごい完成度!」


ミサキは軽く微笑む。


落ち着いていて、自信に満ちていた。


そのとき――


「遅かったな。」


ソウマが現れる。


アオイの胸が少し跳ねた。


「ソウマくん……」


そして――


「戻ったよー!」


ハナエが姿を見せた。


その場の空気が、一瞬止まる。


彼女の姿は――圧倒的だった。


気品。

静けさ。

存在感。


まるで、すべてを上から見下ろす貴族のような佇まい。


ハナエはにっこりと笑う。


「コンテスト行く人ー?」




ここまで読んでくれてありがとうございます!気に入っていただけたら、ぜひフォローや評価をお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ