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第38話 — コスプレ

週末の朝の空気は、どこか違って感じられた。


まだ目覚めきっていない静かな街だけじゃない。

アオイの中にも、何かがゆっくりと目を覚ましているような感覚があった。


彼女はベッドに横になったまま、ゆっくりと目を開ける。

白い天井をぼんやりと見つめながら――


最初に浮かんだのは、とてもシンプルなことだった。


「今日は……イベントだ」


胸が小さく跳ねる。


「……こういうの、初めて」


そして、すぐに次の思考が追いかけてきた。


それだけで、頬が少し熱くなる。


「……ソウマくんも、来るんだよね」


彼女は顔を枕に埋めて、半分隠した。


「はぁ……」


小さく呟く。


数秒後、深く息を吸って体を起こした。


階段を下りる足音が、家の中に静かに響く。


キッチンでは、ユキコがすでにお茶を飲んでいた。

週末らしい、いつもの落ち着いた様子だ。


足音に気づいて顔を上げる。


「今日はイベントに行くんでしょ?」


アオイはトーストを手に取る。


「う、うん。みんなと一緒に行く」


ユキコは頬杖をついた。


「送っていこうか?」


アオイは慌てて首を振る。


「だ、大丈夫!へへ……」


急いで朝食を済ませ、牛乳を飲み干すと、また二階へ戻っていった。


部屋は静かだった。


朝の光が窓から差し込み、床や壁をやわらかく照らしている。


アオイはドアを閉めて、深呼吸した。


「よし……」


視線がベッドへ向く。


そこには、きちんと畳まれたコスプレ衣装が入ったスーツケース。


「みんな、同じ作品のコスプレなんだよね……」


鏡の前へ歩き、そっと呟く。


「クリムゾン・ヴァルキリア:レクイエム・オブ・ザ・ホロウスカイ……」


ゆっくりと体を回し、自分の姿を見つめる。


「このまま家から着て行くべきかな……?」


そのとき、スマホが震えた。


ヒナからのメッセージ。


アオイは開く。


「もう準備できたよ。そろそろ駅に行く?」


その下に、写真が添えられていた。


タップして開く。


――数秒、言葉を失った。


窓から差し込む光が、ヒナの部屋をやさしい金色に染めている。


彼女は淡い青の衣装をまとっていた。

まるで霧と空で織られたような、繊細で幻想的な装い。


上半身にフィットしたドレスには、星座のような銀の刺繍。


幾重にも重なる布が、静止しているのに揺れているように見える。


肩からは半透明のマント。

小さな金の羽根のブローチで留められている。


透けるような袖。

胸元には装飾された本を抱えている。


深い青の表紙に、金の装飾。


しおりには金の羽根。


髪は半分だけ結ばれ、残りは自然に肩へ流れていた。


化粧はほとんど分からない。

ただ、瞳にわずかな輝きがあるだけ。


アオイは何度か瞬きをした。


そして、打ち込む。


「すごくいいね!」


すぐに返信が来る。


「ありがとう!イリラ・スクリプトリアってキャラだよ。運命の織り手、って感じかな(笑)」


アオイは小さく笑った。


「すごい……でも……このまま外に出るのはちょっと恥ずかしいかも」


数秒後――


「家の近くの角で待ってるね。着替えて出てきて」


アオイは微笑む。


「わかった。出るとき連絡するね」


スマホを置く。


そしてスーツケースを開けた。


そこには、丁寧に準備してきた衣装。


アーセリナ・ドーンブリンガー――誓いの剣。


一つずつ、身につけていく。


真珠のような白いドレスアーマーが体を包む。

まるで最初から自分のために作られていたかのように。


細い金のラインが胸元から腰へ流れる。


前は短く、後ろは長いスカート。

動くたびに軽やかに揺れる。


肩には小さな金のプレート。


繊細で、それでいて確かな存在感。


胸の中央には、光の円に包まれた剣の紋章。


かすかに輝いている。


白い手袋。


腰には銀の刃と深い青の柄を持つ剣。


最後に、シンプルな金のティアラを頭に乗せた。


鏡を見る。


――その瞬間。


アオイは動けなかった。


そこに映っていたのは――


ただのコスプレをした女の子じゃない。


何かを守ろうとしている誰か。


誓いを背負う誰か。


「……」


心臓が速くなる。


何度か瞬きをして――


「ち、違う……」


小さく笑う。


「これは……とっておこう」


急いで衣装を脱ぎ、丁寧に畳み直してスーツケースへ戻した。


スマホを手に取る。


「今から出るね」


すぐに返信。


「行こう!」


スーツケースを持って階段を下りる。


「行ってきます!」


ユキコが親指を立てる。


「楽しんできてね。私は今日は家でのんびりしてる」


「行ってきます!」


ドアが閉まる。


外の空気はひんやりとしていた。


数歩歩き、角へ。


――そこにいた。


ヒナ。


リュックを背負い、まだ普段着のまま。

元気よく手を振っている。


「アオイちゃーん!」


アオイも手を振る。


「ヒナ!」


ヒナが駆け寄る。


「行こう!ミオも来るって」


アオイは瞬きをした。


「え?ミオってこういうの興味ないよね……」


ヒナは首をかしげる。


「私もびっくりしたけど……まあいいか」


アオイは少し眉をひそめる。


「なんで教えてくれなかったんだろう……」


「知ってると思ってた、ごめん」


アオイは少し目を細めた。


「……行こ」


二人は駅へ向かった。


数分後、電車の中。


ヒナが時計を見る。


「あと30分で着くよ」


アオイはシートに頭を預ける。


「ちょっと寝れるね……」


ヒナは小さく笑う。


「私はみんなに連絡しておくね」


アオイは目を閉じた。


――そして。


意識が少し遠くなる。


ステージ。


満員の観客。


ライト。


静寂。


口を開く。


セリフを言おうとする。


でも――声が出ない。


天井が遠い。


胸が締め付けられる。


そのとき――


肩に触れる優しい感触。


アオイはゆっくり目を開けた。


ヒナが顔を近づけている。


「着いたよ」


「ん……」


二人は電車を降りる。


駅を出た瞬間――


アオイは足を止めた。


そして、見つめる。


会場の入り口には、巨大な人の波。


コスプレイヤー。


旗。


列。


色彩。


世界が広がっていた。


目が輝く。


「な、なにこれ……!」


ヒナが笑う。


「大きいイベントだからね」


スマホが震える。


ソウマ。


「入口に着くところ」


さらにグループでも通知。


ミサキ。


「中で待ってるね」


アオイは微笑む。


「みんな楽しそう」


ヒナが笑う。


「委員長は特にね」


「想像できる……」


そのとき、ヒナが前を見る。


「ねえ、あれ――」


アオイが無意識に言う。


「……ソウマくん」


彼は入口に向かって歩いていた。


コスプレ。


クオル・ヴァリス――静寂の深淵の守護者。


黒と深い青のロングコート。


下にはダークレザーの軽装鎧。


細い銀の線が走る。


黒い手袋。


背中には鈍い刃の剣。


輝きはない。


周囲の華やかな色の中で――


彼だけが違って見えた。


光の英雄ではなく。


静けさを背負う存在。


ソウマが近づいてくる。


アオイの心臓が速くなる。


「……クオル選んだんだ」


少し目を逸らす。


「私のキャラと……」


頬がわずかに赤くなる。


「……物語の中じゃ、恋人同士なんだよね」

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