第37話 — 視線と沈黙のあいだで
放課後
午後の陽射しが、校門をオレンジ色に染めていた。
生徒たちはグループになって外へと流れ出ていく。
笑い声、不満の声、宿題や部活、週末の予定についての賑やかな会話が、空気の中に広がっていた。
校門の近くで、ミサキは立ち止まっていた。
制服の袖の中に隠した手。
視線は足元の舗道に落ちている。
彼女は深く息を吸った……一度……二度……
まるで自分の中の何かを整理しようとしているかのように。
そして――
彼を見つけた。
ソウマが外廊下を歩いてこちらへ向かってくる。
足取りは軽い……けれど、その歩き方にはどこか張り詰めたものがあった。
近づいてくると、彼は少しぎこちなく手を上げた。
「み、ミサキ……」
ミサキは一歩前に出る。
彼の目の前で立ち止まった。
二人の間を風が通り抜け、彼女の髪をやさしく揺らした。
「ソウマ……」
彼は瞬きをする。
「う、うん?」
ミサキは深く息を吸う。
今度は、さっきよりゆっくりと。
残っている勇気をすべてかき集めるように。
「もう、はっきり言って。」
ソウマは眉をひそめた。
「何を?」
彼女は顔を上げる。
まっすぐに彼の目を見つめる。
逸らさずに。
「わ、私のこと……好き?」
ソウマは何度も瞬きをした。
一瞬、頭が止まったかのように。
「も、もちろんだよ、ミサキ……いい人だし――」
ミサキはすぐに首を振った。
「そういうのじゃなくて!」
胸の鼓動が激しくなる。
速すぎるくらいに。
袖の中で拳を強く握る。
「恋愛として。」
沈黙。
重たい沈黙が落ちる。
ソウマは後頭部に手をやり、頭をかく。
一瞬視線を逸らして――
ため息をついた。
そして口を開く。
その言葉は、重く、出にくそうに。
「……ごめん。」
ミサキの視線が落ちる。
地面へと。
そのまま数秒、動かない。
やがて――ゆっくりと頷いた。
「……ただ、確かめたかっただけ。」
声は落ち着いていた。
でも、その奥で何かが壊れていた。
「これ以上……期待し続けるの、やめたかったの。」
小さな笑みが浮かぶ。
壊れそうなほど、弱い笑顔。
「ありがとう……ソウマくん。」
彼が何か言う前に――
彼女は振り返り、
走り出した。
校門を抜けて、
そのまま通りへと消えていく。
「ミサキちゃん!」
ソウマはその場に立ち尽くした。
動けないまま。
ただ見つめる。
彼女の姿が完全に見えなくなるまで。
教室 ― 数週間後
秋はさらに深まり、
校庭の木々は黄色とオレンジに染まっていた。
11月の半ば。
アオイはミオとヒナと並んで廊下を歩いていた。
三人は軽いこと……くだらないこと……でも心地いい会話で笑っている。
教室に入ると、すでにざわめきで満ちていた。
それぞれ席に向かう。
ヒナは席に座る。
そして、ほとんど無意識に――
前を見た。
山田。
彼は少しだけ顔を向ける。
視線が合う。
ほんの一瞬。
たった一秒。
ヒナは微笑む。
やわらかく。
山田も同じように微笑む。
そして、何事もなかったかのように前を向いた。
――でも、確かに何かはあった。
ミオはヒナが眼鏡をかけていないことに気づく。
「ねえヒナ……もう眼鏡はかけないつもり?」
ヒナは少し照れたように髪に触れる。
「ちょっと……新しいスタイル試してるだけ。」
小さく、ぎこちない笑い。
「えへへ……」
ミオは腕を組む。
「ふーん……そうなんだ。」
ヒナはアオイに向き直る。
「ねえ……エターナル・イージス・オンライン、どう思う?」
アオイはため息をつく。
「難しいね……」
頬杖をつく。
「最初の階層だけで、二週間ずっと死に続けたし。」
ヒナは顔をしかめる。
「だよね……」
「二層目に行ったときなんて……」
アオイは眉を上げる。
「雑魚敵すら倒せなかった。」
ヒナは椅子に沈み込む。
「あああ……こんなに難しいと思わなかった……」
アオイは少し考えてから言う。
「しばらく城はやめたほうがいいかも。」
「別のクエストやろう。」
ヒナは口を尖らせる。
「うーん……そうかも……」
先生が入ってくる
ドアが開く。
佐々木先生がプリントを持って入ってきた。
「おはようございます。」
全員が立ち上がる。
「おはようございます!」
先生は机に資料を置く。
「そろそろ学年の終わりが近づいています。」
眼鏡を直しながら続ける。
「期末試験も近いです。」
「気を抜かないように。」
授業が始まった。
思わぬ一言
ミオが小さくつぶやく。
「はぁ……また数学わかんない……」
その時――
山田がちらっと後ろを見る。
ほんの一瞬だけ。
すぐに前へ向き直る。
ミオはそれに気づいた。
少し振り返る。
そして見た。
ヒナが山田を見ている。
ヒナは視線に気づく。
「なに?」
ミオは前を向く。
考えながら――
そっと山田の背中を軽く叩いた。
「山田くん。」
ぞくっとしたものが彼を走る。
「ん?」
「ちょっと後ろに寄って。」
彼は椅子に体を預ける。
ミオに少し近づく。
ミオは小声で言う。
「あとで自販機のところで会って。」
そしてすぐに先生の方を向いた。
山田はゆっくり前に戻る。
指でペンを回しながら。
考え込む。
休み時間
チャイムが鳴る。
教室は一気に騒がしくなる。
「全然わかんない!」
「これ教えて!」
「この教科無理!」
山田は立ち上がる。
ドアへ向かう。
出る前に――
振り返る。
ヒナを見る。
彼女は手を上げる。
小さく指を振る。
――またね。
山田は微笑み、
教室を出た。
ミオが追う
ミオはスマホをいじるふりをしていた。
そして立ち上がる。
「ミオ、どこ行くの?」とヒナ。
「ちょっとね。」
カバンを持つ。
「ジュース買ってくる。」
アオイが言う。
「あとでテストの話しようね。」
「うんうん。」
ミオは笑う。
「すぐ戻る。」
自販機前
廊下は静かだった。
ほとんど人がいない。
山田は飲み物を見ている。
ミオが近づく。
「山田?」
彼は振り返る。
「やあ、神崎さん。」
ミオはまっすぐ言う。
「ヒナと……付き合ってるの?」
山田は一瞬で赤くなる。
「えっ?!」
「見てればわかるよ。」
首を傾ける。
「最近、あの子ちょっとおしゃれしてるし。」
山田は唾を飲み込む。
「神崎さん……」
深く息を吸う。
「何言ってるのか分からない。」
表情が変わる。
真剣に。
「仮にそうだったとしても……」
まっすぐ見つめる。
「君には関係ない。」
ミオは眉をひそめる。
「は?」
山田は飲み物を取る。
「失礼。」
そのまま横を通り過ぎる。
ミオはその場に残る。
見つめながら。
(山田……)
(変わった……)
教室 ― 昼休み
アオイはソウマとハナエと一緒に弁当を食べていた。
ミサキは静かに座っている。
自分の弁当を見つめながら。
どこか遠くを見るような目で。
ハナエは楽しそうに話している。
「イベント、今週末だよ!」
「コスプレ、もう準備できてる!」
ソウマはうなずく。
「ぼ、僕も……できてる……」
アオイも微笑む。
「私もできてるよ。」
ミサキは落ち着いた声で言う。
「私も。」
アオイはふと気づく。
タクミがこちらを見ていた。
目が合った瞬間――
彼はすぐに視線を逸らした。
ヒナが言う。
「レトロゲームのブース、見に行きたいな。」
アオイは目を瞬かせる。
「そんなのあるんだ。」
「あるよ!」
ヒナは笑う。
「一緒に行こう、アオイちゃん?」
「うん、いいよ。」
そのとき――
山田が教室に入ってきた。
ヒナは彼を見る。
そして、さっきと同じように――
小さく手を動かす。
控えめな合図。
山田は微笑む。
ヒナはすぐに視線を逸らす。
頬を赤くしながら。
漫画の話
ヒナはアオイの方を向く。
「ねえ……舞台の方はどう?」
アオイはため息をつく。
「あと二週間……」
「ちょっと緊張してる。」
そして聞き返す。
「ヒナの漫画は?」
ヒナは指をもじもじさせる。
「もう少しで終わりだったんだけど……」
少し笑う。
「ちょっとね、変化があって。」
「だから、話を少し広げたの。」
アオイは首を傾げる。
「変化?」
「何があったの?」
ヒナは一瞬だけ山田を見る。
足を揃え、
手を太ももの上に置く。
「……いいこと。」
そしてアオイを見る。
アオイは瞬きをする。
「なんで山田見たの?」
ヒナは慌てる。
「な、なんでもない!」
「ほんとに何もないから!」
アオイは数秒見つめる。
「……そっか。」
そこへハナエが来る。
「何の話してるの?」
ヒナは固まる。
「な、なんでもないです、委員長!」
ハナエは笑う。
「こういうときはハナエって呼んでよ。」
「あっ、そうだった!」
二人は笑う。
「ははは。」
ミサキはずっと黙ったまま。
遠くを見つめている。
廊下
「失礼。」
武雄が教室のドアに現れる。
「アオイ?」
「ちょっといい?」
アオイは立ち上がる。
「武雄くん?」
廊下に出る。
彼が言う。
「あとでセリフのトーン確認しよう。」
アオイは笑う。
「それだけ言いに来たの?」
「いいよ。」
武雄は窓の外を見る。
秋の空。
「アオイ……今年で最後なんだ。」
ため息をつく。
「最高の一年にしたい。」
アオイの表情が変わる。
「卒業するんだね……」
「みんな、いなくなる。」
武雄はポケットに手を入れる。
「行きたい大学はもう決まってる。」
「でも……」
アオイは小さく言う。
「武雄くん……」
彼は深く息を吸う。
「これが最後の舞台。」
「最後の一年。」
「全部、ちゃんと楽しみたい。」
アオイは聞く。
「街、出るの?」
「東京の大学を目指すつもり。」
少し笑う。
「だから最近あんまり遊んでない。」
「勉強してる。」
アオイはうなずく。
「そっか。」
武雄は歩き出す。
「またあとで。」
「武雄くん!」
彼は振り返る。
アオイは拳を上げる。
「ファイト!」
武雄は笑う。
「部活、安心して任せられそうだ。」
「アオイちゃん。」
彼は階段を上っていく。
アオイはその場に立ったまま。
見送る。
考えながら。
(部活が……私に?)
(篠原先輩も同じこと言ってた……)
視線を落とす。
(でも……)
(私にできるのかな……)




