第4話 ヒロの初めての冒険
葵はキャラクター作成を終えたあと、数秒間画面をじっと見つめていた。
黒髪の戦士が、キャラメイク画面の中央に静かに立っている。
まるで生きているかのように、ゆっくりと呼吸をしていた。
マントがわずかに揺れ、デジタルの世界に見えない風が吹いているようだった。
葵は首をかしげる。
「よし……次はクラスだね」
画面にはいくつかの選択肢が表示されていた。
魔法使い。
弓使い。
盗賊。
僧侶。
戦士。
葵は手の甲に顎を乗せ、考え始める。
「魔法使いにしたら、ひなにこき使われそう……」
「弓は難しそう……」
「盗賊はすぐ死にそうだし……」
しばらく黙り込み、最後の選択肢を見つめる。
「やっぱり……戦士かな」
コントローラーをゆっくり動かす。
「その方が、ひなが魔法撃つとき守れるし……」
その瞬間、ふと手が止まった。
ある記憶がよぎる。
昔、父の弘志と一緒にゲームをしていたとき、彼はいつも同じことを言っていた。
「魔法使いには、前に立って守るやつが必要なんだ」
葵は、気づかないほど小さく微笑んだ。
「じゃあ……戦士で」
選択する。
クラス:戦士
新しい画面が表示される。
戦士クラス
高い物理攻撃力を持つ。
近接戦闘と前線での戦いに特化している。
葵はコントローラーを両手で握る。
「よし……行こう、ヒロ」
ゲームが始まった。
画面には小さな村が映る。
木造の家々。
中央には噴水。
NPCたちが穏やかに歩いている。
静かな音楽が流れていた。
画面の下には表示される。
ヒロ — レベル1
初期装備。
ショートソード。
基本的な防具。
葵はコントローラーの横に置いていたスマホを手に取り、LINEを開く。
ひなにメッセージを打つ。
「もう始めたよ」
送信して、スマホを置く。
再びゲームに戻る。
ヒロは村の中を歩き始めた。
土の上を歩く音、噴水の水音、穏やかな音楽が、不思議と心地よい。
その時、スマホが震えた。
ひなから返信。
「もうログインしてるの?笑」
葵は打つ。
「レベル1から始めた」
数秒待つ。
返事はない。
その直後、別の通知が表示された。
グループに追加されました。
グループ名:
「エターナルズ」
葵は眉をひそめ、グループを開く。
ひなが書き込む。
「みんな、連絡取りやすいようにグループ作ったよ」
葵は打つ。
「ひな?他に誰いるの?」
メンバー一覧を開く。
ひな。
そして――
蒼真。
葵の手が止まる。
「や、山本がいる……」
画面を見つめる。
「なんて言えば……」
数秒の沈黙。
そして、新しいメッセージ。
蒼真:
「ありがとう。まだログインしてないけど」
葵は入力する。
「一緒に頑張ろうね!」
送る前に一瞬止まる。
「なんか変じゃない……?」
考える前に、次のメッセージが来た。
ひな:
「ゲーム内でフレンド送るね」
ゲーム画面に通知が出る。
プリンス・ジョン がフレンド申請を送ってきました。
葵はまばたきする。
「プリンス・ジョン?」
首をかしげる。
「これ……ひな?」
スマホが震える。
ひな(個人):
「それ私ね」
葵は小さく笑った。
「やっぱり……」
承認する。
すぐにまた通知。
パーティに招待されました。
画面が切り替わる。
ヒロは別の場所にいた。
ダンジョンの入口。
暗く、湿った石と、下へ続く階段。
隣には二人のキャラクター。
プリンス・ジョン
ソウマキー
一人が前に出て、地面に何かを落とす。
光る剣。
剣 レベル30
チャットに表示される。
「この剣、君のステータスに合ってると思う。使って」
もう一人がアイテムを落とす。
マナポーション。
エイチピー ポーション。
葵は数秒チャットを見つめる。
そして入力する。
「ありがとう」
ふと視線を上げる。
窓からの光はすでに弱く、部屋は夕方の灰色に染まっていた。
立ち上がり、電気をつける。
白い光が部屋を満たす。
再び画面を見る。
「まだ始めたばっかりなのに……」
「もう楽しい」
時計を見る。
18:02
「あと少しだけ……」
ダンジョンへ入る。
足音が響く。
水滴の音。
音楽が緊張感を帯びる。
敵が現れる。
ゴブリン。
錆びた剣を持つ小さなスケルトン。
プリンス・ジョン が魔法を放ち、
ソウマキー が素早く攻撃する。
ヒロは必死についていく。
レベルは低いが、強い剣のおかげで戦える。
数分後、ダンジョンはクリアされた。
表示:
ヒロ — レベル4
葵は入力する。
「本当にありがとう。また明日ね」
ソウマキー:
「また明日」
プリンス・ジョン:
「またね」
葵はゲームを閉じ、電源を切る。
椅子に体を預け、腕を伸ばす。
「こんなに楽しかったの……久しぶりかも」
夜。
葵は下へ行き、シャワーを浴びる。
その後、部屋着に着替えてキッチンへ。
冷蔵庫を開ける。
牛肉。
玉ねぎ。
ご飯。
卵。
醤油。
砂糖。
「牛丼にしよう……」
料理を始める。
ご飯を炊飯器にセットし、
玉ねぎを薄く切る。
フライパンに油を入れ、玉ねぎを炒める。
香りが広がる。
牛肉を入れ、
醤油と砂糖、水を加える。
優しい香りがキッチンを満たす。
ご飯が炊けると、二人分の丼を用意する。
食卓を整える。
皿が二つ。
コップが二つ。
箸も二膳。
20:00
ドアが開く。
「ただいま〜……あら、ただいま、娘」
雪子だ。
葵は微笑む。
「おかえり。仕事どうだった?」
「疲れたけど……まあ文句言うほどじゃないかな」
ふと匂いに気づく。
「この匂い……」
葵は落ち着いて言う。
「お母さんの好きなやつ」
雪子は笑顔になる。
「ありがとう、葵ちゃん。本当に助かるわ」
「今食べる?」
「お風呂入ろうと思ってたけど……」
すでに座っている。
「いただきます」
スーツのまま。
葵は笑う。
「今日は頑張ったから」
雪子が眉を上げる。
「へえ?どうして?」
葵は何気なく答える。
「今日は……学校、楽しかったから」
雪子はにやっと笑う。
「へえ〜彼氏できた?」
葵はむせそうになる。
「な、なにそれ!?」
「なんでそうなるの!?」
雪子は笑う。
「私もそのくらいの時に初めてできたのよ」
興味津々。
「教えてよ、イケメン?」
「お母さん!」
雪子は笑いをこらえられない。
「ごめんごめん」
葵は平静を装いながら食べ続けるが、内心は少し笑っていた。
食後、部屋に戻る。
コンソールを見て思う。
「もう少しだけやろうかな……」
翌朝。
チチチ……
目覚ましが鳴る。
葵はゆっくり目を開ける。
「ん……」
周りを見る。
「なんで床で寝てるの……」
テレビもコンソールもついたまま。
「ゲームしながら寝た……?」
体を起こす。
「いた……」
体が固い。
下に降りる。
キッチンには朝食と弁当。
メモ:
「ちゃんと食べてね」
葵は微笑む。
「お母さんこそ寝て……」
朝食を食べながら思う。
「昨日……楽しかったな」
スマホを見る。
7:25
「やばっ!!」
急いで洗面所へ。
通学路。
駅へ向かう途中、走っている人が見える。
「ひな!」
振り向く。
「ああっ!葵も遅刻!?」
「電車間に合わない!」
「走ろ!」
駅に到着。
7:49
電車が来る。
「行くよ!」
ドアが開き、飛び込む。
数秒後、ドアが閉まる。
ひなは息を切らす。
「あ、危なかった……」
葵は窓の外を見る。
学校。
門へ向かう。
ひなが言う。
「葵が走るなんて珍しいね」
「寝坊した」
「その歩き方なに?」
「変な寝方した」
ひなが目を細める。
「今朝ヒロ、レベル17だったよね」
葵はため息。
「はいはい……笑っていいよ」
少し沈黙。
ひなが言う。
「ヒロ……なんでお父さんに似てるの?」
葵は少し黙る。
「お父さんへの、ちょっとした……形かな」
小さく笑う。
「このゲームの方が、私より似合ってるし」
ひなは笑う。
「大人だね〜」
「ひなに言われたくない」
その時、葵が止まる。
「……あれ?美緒、ここ通るよね?」
ひなも周りを見る。
「ほんとだ……」
「先に行ったのかな」
「かもね」
教室2-B。
気づく。
美緒の席が空いている。
カバンもない。
葵はスマホを取り出す。
「美緒、もう授業始まるよ」
既読なし。
空席を見る。
「休まないのに……」
「どうしたの、美緒……?」
その日初めて、胸の奥に不安が広がった。
空の椅子は、そのままだった。
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