第3話 何か新しいものの始まり
店のドアの上にあるベルが、チリンと優しく鳴った。
葵、美緒、ひなが店の中へ入る。
店内は明るい白い照明に照らされ、背の高い棚には色とりどりの箱がぎっしりと並んでいた。
ゲーム機やアクセサリー、新作から旧作までのゲームが、ほとんどすべての場所を埋め尽くしている。
ひなは入口から数歩進んだところで立ち止まった。
バッグをぎゅっと握りしめている。
「ね、ねえ……葵、助けて……お願い……」
葵は何度かまばたきをする。
「ひな……ゲームを選んでレジに行くだけでしょ」
だが、ひなはすでに歩き出していた。
三人は店内を進み、小さな赤い看板のあるコーナーへたどり着く。
「+16」
恋愛ゲーム
ひなはじわりと汗をかく。
「こ、こんなにあるなんて……欲しいのは決まってるけど……ロマンス多すぎ……」
まるで満天の星空を見上げるように、ゲームのパッケージを見つめる。
「ここ……天国……」
葵はくるりと振り返った。
「じゃあね、ひな」
ひなの目が大きく開く。
「わ、わかったよ、葵ちゃん!」
ひなは慌てて目的の箱を手に取った。
パッケージには、胸元を開けたイケメンで筋肉質な男が、バラを手に妖しく微笑んでいる。
『プリンス・オブ・スターライトⅡ 〜永遠の約束〜』
ひなは葵の隣に戻ってきた。
「ちょ、ちょっとくらい他も見させてよ……」
「それが罰」
「罰?」
後ろで美緒が笑う。
「ふふ……ここ、ちょっと面白いね」
三人はレジへ向かった。
ひなは店員の顔を見ないようにしながら、ゲームをカウンターに置く。
店員は箱を手に取り、スキャンした。
「合計で、7,480円になります」
ひなはバッグを開ける。
お金をトレーに置こうとしたその時、あることに気づいた。
店員が、半分目を細めながら、薄く笑ってこちらを見ている。
ひなは固まった。
「こ、これ……」
慌ててお金を置く。
葵はその様子を見ていた。
(ああ……ここが恥ずかしいポイントなんだ……
この人、そんな目でひなを見ないでよ……)
店員はゆっくりとお金を数え、ゲームを袋に入れる。
「ありがとうございました」
ひなはまるで禁断の宝物を救い出すかのように袋をつかんだ。
店を出た瞬間、ひなはほとんど跳ねるように歩き出す。
「やったー!ありがとう、葵ちゃん!」
その時、美緒のスマホが鳴った。
プルル……プルル……
「もしもし?」
美緒は少し離れて電話に出る。
その間、ひなは袋を持ち上げて微笑む。
「はぁ……ついに第二作、私の王子様……」
葵は笑った。
「ふふ……ほんと好きだね、そのゲーム」
「お礼に、エターナル・イージス・オンラインで伝説の剣あげるね」
「へえ……太っ腹」
電話を終えた美緒が戻ってきたが、少し元気がなかった。
「ごめん……今日の勉強会、無理そう……ちょっと大事な用事ができて……行かなきゃ」
葵はうなずく。
「そっか……じゃあ明日、休み時間に手伝うよ」
「うん……ありがとう、葵。じゃあね」
美緒はそのまま去っていった。
二人はその背中を見送る。
ひなはスマホを見る。
「変だな……まだ ライン 返ってきてない」
葵は小さくため息をついた。
「まあ……駅行こっか」
駅は相変わらず混雑していた。
レールの金属音がホームに響く。
「美緒、何かあったのかな」葵が言う。
「ちょっと違ったよね……でも明日話してくれると思う」
電車が到着し、ドアが開く。
二人は乗り込んだ。
移動中、葵はいつものように窓の外を見る。
建物が影のように流れていく。
ひなは時々葵を見るが、何も言わなかった。
電車を降りて、数ブロック歩く。
「やっと……もうすぐうち」ひなが言う。
葵は微笑む。
「ここ来るの、久しぶりだな」
「変わってないよ……いつも通り」
でも違った。
少なくとも、そうは感じられなかった。
ひながドアを開ける。
家の中では、一人の女性が洗濯場の近くで洗濯をしていた。
「ひな、今日は早いのね!」
そして葵に気づく。
「ああっ!葵ちゃん!二人がまた一緒にいるなんて、懐かしいわね!」
葵は軽くお辞儀をした。
「こ、こんにちは……高瀬さん」
女性は腕を組んで笑う。
「高瀬さん?エミって呼びなさいよ、前みたいに」
「あ……はい……そうします」
ひなが葵の腕を引っ張る。
「じゃあママ、私たち上行くね」
小声でささやく。
「早く行こ、じゃないと泊まらされるよ」
ひなの部屋は二階にあった。
葵は中に入った瞬間、ドアのところで立ち止まる。
「わあ……」
部屋は以前とはまったく違っていた。
前は全部ピンクだった。
今は アールピージー やアニメのポスター、フィギュアで埋め尽くされた棚、大きなゲーミングモニター、コンソール用の小さなモニター、光るメカニカルキーボード、積み重なったゲーム箱、壁にかけられたヘッドセット、小さなぬいぐるみコレクションが並んでいる。
ひなはベッドを指差す。
「座って!」
葵は座った。
「ここ来るの、本当に久しぶり……」
ひなはコンソールの電源を入れる。
「ゲームはダウンロードしとくから、今の遊び方教えるね」
「私……十年くらい何もやってないかも」
「じゃあ今日でそれ終わりね」
アカウント作成画面を開く。
「アカウント作って、私追加して」
葵は入力し始める。
「蒼真もね」ひなが笑いながら言う。
「うわ……冷たい」
「オンラインで助け求めて、誰も魔法使い助けない方が冷たいでしょ」
葵は笑った。
数分後、アカウントは完成した。
ひながコンソールを手渡す。
「はい」
「ありがとう、ひなちゃん」
「あ!エイチディーエムアイ ケーブルも持ってって」
「充電するの持ってきてない……」
「探してみる」
ひなは部屋を出ていった。
一人になった葵は、コンソールを見つめる。
静寂が部屋を満たす。
そして、記憶がよみがえる。
六歳の頃。
リビングの床に座っていた。
隣には弘志がいる。
「そうそう……そこジャンプ!」
幼い葵がコントローラーを動かす。
キャラクターが跳ぶ。
「いいぞ!上手い!」弘志が笑いながら言う。
少女は明るく笑った。
「できた!」
現在に戻る。
葵はモニターを見ながら小さく微笑む。
そしてぎゅっと目を閉じ、首を振った。
再び目を開けると、ひながクッション付きのケースを持って立っていた。
「これあった」
「ありがとう」
葵は受け取る。
「じゃあ……そろそろ帰るね」
「何か食べてく?」
「ううん、家でやることあるから」
ひながスマホを上げる。
「待って、ポーズ!」
「え、え?」
「写真!」
ひなは葵の隣に立ち、ピースをする。
葵も少しぎこちなく真似をした。
カシャッ。
ひなは何かを打ち始める。
「これ山本に送るね」
葵は一瞬で顔を赤くする。
「や、山本に!?」
スマホを奪い取る。
画面には二人の写真。
キャプション:
「葵ちゃんもプレイするよ」
葵はさらに赤くなる。
「なんで先に言わないの!?髪も整えてないのに!」
ひながいたずらっぽく笑う。
「何のために整えるの?今日もう会ってるじゃん」
スマホが震える。
蒼真の返信:
「マジで?これでうちのパーティ強くなるな。楽しみだ」
葵は思わず小さく笑った。
「連絡先教えよっか?」ひなが言う。
葵はすぐスマホを返す。
「い、いらない!」
「そっか」
「じゃあ……帰るね」
二人は階段を降りる。
玄関のドアが開き、少年が入ってきた。
葵は目を瞬かせる。
「あ……あなたは……」
「お、ハル。おかえり」ひなが普通に言う。
少年は固まる。
「姉ちゃん……それに……あ、葵さん?」
「ハル……?」葵は驚く。
ずいぶん背が伸びていた。
葵は近づき、頭に手を置く。
「大きくなったね、ハルくん」
ハルは目をそらす。
「お久しぶりです……葵さん……」
ひなが割り込む。
「ハル、邪魔しないの」
「だ、大丈夫だよ」葵が言う。
母親がリビングに現れる。
「ハル帰ってきたのね!お茶入れてたのよ」
「大丈夫です……私、ちょっと用事があって」
「雪子さんは元気?」
「忙しいですけど……元気です」
「体に気をつけてね」
葵はお辞儀をする。
「失礼します」
帰り道は静かだった。
前なら話したいことが山ほどあった。
今は車の音と遠くの会話だけ。
家に着き、ドアを開ける。
「ただいま……」
返事はない。
靴を脱ぐ。
静かな家。
葵はキッチンへ行き、簡単なものを作る。
オムライス。
一人で食べる。
その後、二階の自室へ行き、コンソールをテレビにつなぐ。
「いつもなら帰ってすぐお風呂だけど……」
電源を入れる。
「ちょっと気になる」
ホーム画面。
ゲームを開く。
エターナル・イージス・オンライン
「スタート」を選択。
キャラ作成画面で、ひなの言葉を思い出す。
「変な人が写真求めてくるって」
葵は笑った。
そしてまた別の記憶。
父がキャラを作っている。
「なんでお父さんに似てるの?」幼い葵が聞く。
父は笑った。
「自分がゲームの中にいる気分になるだろ?」
現在に戻る。
葵はキャラクターを作る。
髪。
目。
顔。
数分後。
「できた……」
名前欄を見る。
少し考える。
入力する。
ヒロ
決定。
葵は画面のキャラクターを見る。
小さく微笑む。
そして静かにささやいた。
「やっぱり似てる……」
「お父さん」
読んでくれてありがとうございます。
ブックマークや評価をしていただけると、更新の励みになります。




