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第33話 ― ようやく届いた言葉

目覚ましが、サイドテーブルの上で静かに震えていた。


チチチ…チチチ…


小さく、しつこい音。

まるで遠くから誰かが呼んでいるみたいに。


葵の部屋は、まだ朝特有の淡い青い光に包まれていた。

窓の外の空には薄い雲が広がり、太陽はまだ顔を出しきっていない。


葵は片目を開けた。


それから、もう片方も。


しばらくの間、天井を見つめたまま動かなかった。

ゆっくりと現実に戻ってくるように。


やがて手を伸ばし、目覚ましを止める。


静けさが戻る。


心地いい静けさ。

けれど、どこか少しだけ違和感があった。


小さく息を吐く。


そして起き上がった。


朝のルーティンが始まる。

無意識で、静かで、ほとんど機械みたいに。


ベッドを整え。


まだ眠気の残るまま歯を磨き。


きちんとアイロンのかかった制服に袖を通す。


いつも通り。


でも――


どこか、いつも通りじゃない。


家を出ると、朝の空気は冷たかった。


澄んでいて、少しだけ肌を刺す。


通りはまだ静かで、車も少なく、

登校中の生徒たちの足音がぽつぽつと響いているだけ。


そして、少し先に――


ひながいた。


「おはよう、ひな」


「……おはよ」


返事はゆっくりで、どこか重たい。


葵は歩幅を合わせる。


ひなは――どこか違った。


少し落ちた肩。


疲れたような目。


でも、それはただの寝不足じゃない。


もっと重い何か。


隠そうとしている何か。


二人はそのまま、駅まで無言で歩いた。


エスカレーターに乗ると、ひなはポケットからスマホを取り出す。


LINEを開く。


会話が表示される。


最後のメッセージ。


「ちょっと放っておいて」

「うざい」


画面の光が、彼女の顔を淡く照らす。


その言葉を、じっと見つめる。


数秒間。


まるで、一つ一つが重みを持っているみたいに。


そして――


画面を消す。


スマホをしまう。


何も言わずに、上へと進んでいく。


葵はそれを見ていた。


「どうしたの?」


ひなはぱちっと瞬きをする。


引き戻されたみたいに。


「な、なんでもないよ……へへ」


笑おうとする。


でも、その笑顔は歪んでいた。


弱くて。


葵は気づいていた。


学校の最寄り駅に着くころには、周囲はすっかり賑やかになっていた。


グループで歩く生徒たち。


会話。


笑い声。


活気に満ちている。


校門の近くの角で――


ひなは見つけた。


山田。


その隣には松田レン。


二人は普通に話していた。


何もなかったかのように。


少なくとも、そう見えた。


ひなはほんの少しだけ歩みを緩める。


気づかれないくらいに。


でも葵は見逃さなかった。


「どうしたの?」


「な、なんでもない…」


けれど、その視線は彼から離れない。


校内に入ると、木とワックスの匂いが漂っていた。


下駄箱で靴を履き替える。


美緒がすでにいた。


こちらを見ている。


「どうしたの、ひな?金曜日なのにその顔」


ひなは上履きを結びながら言う。


「んー…なんか眠くて」


美緒は納得していない顔だったが、それ以上は聞かなかった。


三人で教室へ入る。


そしてすぐに違和感に気づく。


花恵が楽しそうに美咲と話している。


でも――


美咲はどこか上の空。


時々、後ろを気にしている。


三列後ろには蒼真が静かに座っていた。


反対側では男子代表の拓海が淡々とノートを書いている。


そして――


ひなが前を見る。


山田がいた。


座って。


スマホをいじっている。


まるで別の世界にいるみたいに。


ごくり、と唾を飲み込む。


背筋に小さな寒気が走る。


席へ向かう。


彼の横を通る。


でも――


何もない。


目も上げない。


反応もない。


一瞬たりとも。


まるで、そこにいないかのように。


ひなは席に座る。


胸が、少しだけ締め付けられる。


葵が口を開いた。


「昨日、美咲どうしたんだろうね。急にパーティ抜けて」


ひなは横目で山田を見ていた。


「ひな…」


「え?なに?なに?」


早すぎる反応。


葵が首をかしげる。


「今日、ちょっと変だよ」


「わ、私は普通だよ、葵ちゃん」


美緒がにやっと笑う。


「で?デートは?」


一瞬、沈黙。


山田の指が止まる。


でも、見ない。


ひなが答える。


「ま、まぁ順調かな…」


葵が笑う。


「秋葉原なら一人でも行くでしょ?」


「ちょっと遠いけど…行きたい」


美緒が身を乗り出す。


「で?イケメン?」


ひなが赤くなる。


「も、もういいって!」


「オタク仲間ってこと?」


「美緒!」


「はいはい、ごめんごめん」


笑う。


「知ってる人?」


ひなは頬を膨らませる。


答えない。


ドアが開く。


「おはよう」


「おはようございます!」


授業が始まる。


でも――


ひなには何も入らない。


何も残らない。


視線だけが、何度も――


彼へ向かう。


でも彼は、一度も。


振り向かなかった。


休み時間。


教室は一気に騒がしくなる。


声。


笑い。


弁当の音。


動き。


レンが立ち上がる。


「陸、ちょっと行く?」


「なんか買ってくる」


「俺も行く」


二人は出ていく。


ひなが立つ。


「ひな、ジュースお願い」葵が言う。


「あ、うん」


美緒も立つ。


「一緒に行く」


二人で廊下へ。


ひながジュースを持って歩いていると――


山田。


レンと一緒にこちらへ来る。


レンが立ち止まる。


「陸…なんか悩んでるだろ」


山田が一瞬固まる。


「女だな」


レンは肩をすくめる。


「トイレ行ってくる」


去っていく。


二人だけになる。


ひなが止まる。


山田も止まる。


重い沈黙。


彼はポケットに手を入れたまま歩く。


「おはよう」


それだけ言って通り過ぎる。


止まらずに。


目も合わせずに。


ひなの心臓が跳ねる。


「や、山田くん!」


彼は止まる。


振り向ききらずに。


「なに?」


ひなは下を向く。


「き、昨日…ごめん…」


山田はため息をつく。


「無理して来なくていいよ」


静寂。


「なんで…?」


「いいよ、ひなちゃん」


振り向かずに。


「うざかったなら、ごめん」


間。


「もう放っておく」


歩き出す。


その時――


過去の声がよみがえる。


「うざい」

「誰もお前なんか好きにならない」


消えない声。


静かに、ずっと。


(やめとけばよかった…)


その時――


「私、行きたい」


止まる。


体ごと。


ひなが続ける。


「昨日のメッセージ…ごめん…ゲームでイライラしてて…」


手が震える。


「八つ当たりしちゃった…」


山田は目を閉じる。


深く息を吐く。


「いいよ…」


小さく笑う。


「俺、うざいし」


一歩踏み出す。


「かわいい子に誘われて、ちょっと浮かれてただけ」


静寂。


そして――


「…っ」


小さな音。


山田が振り返る。


ひなが泣いていた。


顔を真っ赤にして。


涙が止まらない。


「ひな?!」


駆け寄る。


「どうした?」


言葉にならない。


「ごめん…」


無意識に。


彼は手を伸ばす。


頬に触れ。


涙を拭う。


優しく。


壊れ物みたいに。


「大丈夫…」


「ごめん…山田くん…」


はっとする。


手を離す。


「ご、ごめん!触って――」


「だ、大丈夫…」


ひなは息を整える。


涙を拭く。


そして――


まっすぐ見る。


「ありがとう…山本くん」


山田が固まる。


「私が誘ったんだから」


目を見開く。


「ひなちゃん…」


涙の残る笑顔。


でも本物。


「明日、行こ?」


沈黙。


でも今度は――


軽い。


ようやく届いたような。


そんな静けさだった。

読んでいただきありがとうございます!


少しでも心に残るシーンになっていれば嬉しいです。

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次回もよろしくお願いします!

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