第32話 ― メッセージとすれ違う想い
ヒナの部屋は、ベッドサイドのランプの淡い黄色の光に包まれていた。
どこか、やわらかくて…落ち着くような空気。
彼女の手にはスマホ。
画面はまだ点いたまま。
そして、そのメッセージが――
そこに、はっきりと残っていた。
『今週の土曜日、出かけない?ヒナちゃん ✨☺️』
ヒナは、返事をしていなかった。
視線が何度も行き来する。
ヤマダのアイコンから――
その言葉へ。
そしてまた、戻る。
指はキーボードの上で止まったまま。
でも……
何も打てない。
部屋は静かだった。
開いた窓から、遠くの街の音がかすかに聞こえるだけ。
時間が過ぎる。
一分。
二分。
それ以上かもしれない。
何も起こらない。
そのとき――
「ヒナー!ご飯よ!お父さん帰ってきたわよ!」
母の声が、静寂を切り裂いた。
ヒナは瞬きをして、現実に引き戻される。
「……あ、やば…」
慌てて打ち込む。
『あとで戻る』
送信。
その頃、街の反対側――
ヤマダはベッドに寝転びながら、スマホを見つめていた。
まるで、それが勝手に答えを返してくれるのを待っているみたいに。
画面が光る。
新着メッセージ。
開く。
『あとで戻る』
しばらく、見つめたまま。
無言。
やがてスマホをベッドの横に放り、枕を引き寄せて顔に押しつけた。
「うわあああ……ヤマダ、お前ほんとバカだろ……」
小さく、自分の顔を殴る。
「直球すぎた……」
もう一度スマホを手に取る。
メッセージを見つめる。
指が動く。
『ごめん』
――止まる。
送信ボタンの上で、固まる。
数秒。
消した。
顔を手で覆う。
「怖がらせたかも……」
ベッドに座り直す。
落ち着かない心臓。
「もう返信来なかったらどうしよう……」
立ち上がる。
部屋を行ったり来たり。
「教室でも直球だったし……」
足を止める。
考える。
「でも……あいつ、普通だったよな……」
スマホは、静かなまま。
その沈黙が――重い。
その一方で――
ソウマは夜の街を走っていた。
空はオレンジから紫へと溶けていく。
冷たい夜風が頬を切る中、足音だけが響く。
ポケットの中でスマホが震えた。
速度を落とす。
取り出す。
メッセージ。
ミサキ:
『ソウマ、明日話せる?』
「……はぁ」
小さくため息。
キーボードを開く。
――その瞬間、別の通知。
アオイ:
『話せる?』
指が止まる。
一瞬。
そして打ち込む。
アオイへ:
『うん、いいよ』
ミサキへ:
『今はちょっと無理かも、ごめん』
息を吐く。
「面倒なことには関わりたくなかったんだけどな……」
そのとき――
アオイからのメッセージ。
『コスプレイベント楽しみなんだけど、何着ればいいかな?』
ソウマは、少しだけ笑った。
優しい笑み。
打ち込む。
『強いヒロインが好きって言ってたよな?いくつか案ある』
アオイの部屋。
それを読んだ瞬間――
彼女は口元を手で押さえた。
ほんのりと頬が熱くなる。
覚えてたの……?
小さなこと。
何気ない会話。
それなのに――
『それ手伝ってほしいな 』
送信。
ソウマはそれを見て、くすっと笑う。
『いいよ。あとで送る』
『ありがとう ✨☺️』
返そうとした瞬間――
ミサキから。
『好きな人、いるの?』
笑みが消えた。
画面を見つめる。
同時に――
アオイから。
『今なにしてるの?』
深く息を吸う。
打ち込む。
ミサキへ:
『難しいな』
アオイへ:
『走ってた。今帰るとこ』
すぐに返事。
『無理しないでね?』
ソウマは、また少しだけ笑った。
でも――さっきより弱い。
(アオイ……言わなきゃな……)
(でも……まだ……)
――ブーーーッ!!
クラクションが鳴る。
「うわっ!」
横断歩道で急停止。
「赤だった……危な……」
髪をかき上げ、息を整える。
またスマホが震える。
グループ:エターナル・イージス
タケジル:
『今日やる?ドラゴンボスだぞ!』
『今帰ってる』
送信。
その直後――
ミサキ。
『誰かといたの?』
目を閉じる。
「……ああ」
「マドウサキ……」
打ち込む。
『走ってただけだよ』
即返信。
『私から逃げてる?』
固まる。
『違う、ミサキ、それは――』
止まる。
次のメッセージ。
『私ってブス?』
重いため息。
全部消す。
打ち直す。
『違う。ブスじゃない。問題は俺だ』
送信。
スマホをポケットへ。
高瀬家。
焼き魚とご飯の香りが広がる食卓。
父・ケンコがヒナを見る。
「ヒナ……なんか変わったな」
母・エミも頷く。
「私も思った」
ヒナは目を逸らす。
「普通だよ」
腕を組むケンコ。
「いや……ちょっと楽しそうだ」
エミが微笑む。
「お父さん、意外と当たるのよね」
ヒナはため息。
「別に……年末だし」
少し早口で:
「土曜日、アオイとミオと秋葉原行くから」
エミの目が輝く。
「ゲーム屋?」
「コスプレ見に行くの」
ハルが鼻で笑う。
「ダサ」
ヒナ、即反応。
「うるさい!」
「許可とかいらないし!」
「そこまでだ」
ケンコが軽くテーブルを叩く。
「行っていい。ただし遅くなるな」
エミは笑う。
「写真ちょうだいね」
「絶対やだ!」
「じゃあ隠れて撮る」
「ママ!!」
食後。
ヒナは部屋へ。
スマホを見る。
「通知多……」
ゲーム起動。
『ご飯だった!やろ!』
全員オンライン。
「遅れた……」
ヤマダにメッセージ。
『戻った』
『ご飯だった』
ヤマダの部屋。
顔を覆って座っていた。
震えるスマホ。
開く。
読む。
目が輝く。
「うおおお!!」
ベッドに飛び込む。
「そりゃそうだよな!ご飯か!」
打ち込む。
『何食べた?俺まだなんだ 』
スタンプ送信。
沈黙。
ゲーム内。
巨大なドラゴン。
青い炎。
プライムジョンの魔法。
ソウマキー、ヒロ、タケジルが突撃。
攻撃。
崩壊。
『回復』
反応なし。
『回復!!』
『ポーション使って』
全滅。
GAME OVER
ヒナ、立ち上がる。
「ミサキ!!」
荒い呼吸。
「全部終わったじゃん!!」
スマホを見る。
ヤマダのメッセージ。
苛立ちのまま返信。
『今ちょっと無理』
『うざい』
投げる。
「一時間だよ!?!」
ヤマダの部屋。
読む。
静かに。
画面の光だけ。
『今ちょっと無理』
『うざい』
画面を消す。
立つ。
洗面所へ。
歯を磨く。
無表情。
戻る。
電気を消す。
横になる。
目は開いたまま。
暗闇。
(飯……食ってないな)
間。
(……でも、食う気しない)
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