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第30話 言葉の届かない距離

朝の光が大きな教室の窓から差し込み、淡い金色の帯のように広がっていた。

その光は、明るい木目の机にやわらかな反射を落としている。


教室には、授業中特有の静けさが流れていた。


黒板を走るチョークの規則的な音。

ときおりページをめくる音。

椅子がわずかに軋む音。


前の方では、ササキ先生が古典文学について話していた。

落ち着いた声が、教室全体に静かに響く。


けれど――

ちゃんと聞いている生徒は、ほとんどいなかった。


教室の後ろ。


葵は、じっと動かずに座っていた。


集中しているわけではない。


ただ――

頭の中が、止まらなかった。


視線が、何度も動く。


教室の端から……

反対側へ。


蒼真から……

美咲へ。


そして、また戻る。


ペンはノートに触れているのに、文字は書かれていない。

ただ、意味のない線がぐにゃぐにゃと続いているだけだった。


……私、蒼真のことが好きなのかな。


その問いが、頭の中で何度も繰り返される。


何度も。

何度も。


葵は、また顔を上げた。


前の席に座る美咲。


背筋はまっすぐ。

動きは控えめ。

持ち物を一つ一つ丁寧に整えている。


教室の反対側では、蒼真が頬杖をつきながら黒板を見ていた。

どこか眠そうな顔。


何も変わっていないように見える。


でも――


なぜか、全部が違って見えた。


葵は、また視線を向ける。


そして――


コツン


小さな紙の玉が、軽く頭に当たった。


「……っ」


驚いて振り向くと、


美緒が机に身を乗り出し、いたずらっぽく笑っていた。


「なに?」と葵が小声で聞くと、


美緒はさらに顔を近づけて囁く。


「さっきから、ずっと見てるよね」


葵は固まった。


ぞくっと、背筋に冷たいものが走る。


「ご、ごめん……」


慌てて前を向く。


――そのとき。


少し前の席で、別のやり取りがあった。


山田が、ちらりと後ろを振り返る。


その視線が、陽菜とぶつかった。


数秒間――


瞬きもせず、

息も止まったように。


沈黙。


次の瞬間、山田は慌てたように前を向いた。


見てはいけないものを見てしまったかのように。


それに気づいた美緒は、眉をひそめる。


……なに今の?


さりげなく視線を移す。


陽菜は固まっていた。


黒板を見ているけど、明らかに不自然な集中。


呼吸が浅い。


姿勢もぎこちない。


美緒は目を細めた。


「陽菜……」


「ん?」


ゆっくり振り向く。


「なんでそんなに緊張してるの?」


「え、え?」


ぎこちない笑い。


「してないよ?」


でも――


明らかにしていた。


美緒はそれ以上言わなかった。


ただ、観察していた。


昼休み


チャイムが校舎に響く。


そして――

静けさは一瞬で崩れた。


椅子の音。

会話のざわめき。

弁当の匂いが広がる。


美緒は、陽菜が立ち上がるのを見た。


けれど――違和感。


動きが、やけに慎重だった。


山田の席の前を通るときも――


一度も見なかった。


葵は鞄を開ける。


「美緒、お弁当持ってきた?」


でも、美緒はもう立ち上がっていた。


「ちょっと行ってくる」


そう言って、教室を出ていく。


葵はきょとんとした。


でも――


すぐに別の気配に気づく。


隣に、誰かが座った。


振り向く。


蒼真。


弁当を持っている。


「え……蒼真くん、お弁当?」


彼は蓋を開けながら笑った。


「ああ、今日はちゃんと覚えてた」


少しだけ照れたように。


「……あと、もう少し一緒にいたくて……いや、みんなと!みんなと!」


沈黙。


葵の頬が、ほんのり赤くなる。


蒼真は視線を逸らして食べ始めた。


葵はその様子を見つめる。


「それ、自分で作ったの?」


「ん?」


「お弁当」


箸で指しながら。


蒼真は頷く。


「うん、自分で」


小さく笑う。


「だいたい忘れるけど」


葵は自分の弁当を見た。


「私は、家でご飯は作るけど……」


やわらかい声。


「お弁当は、まだお母さんが作ってくれるの」


蒼真は微笑んだ。


「大事にされてるんだな」


葵も少し笑う。


「うん……」


静かな時間。


そのとき――


「葵ちゃん……」

「蒼真くん……」


同時に声が重なった。


見つめ合う。


少し赤くなる。


蒼真が先に目を逸らした。


「さ、先いいよ」


「ううん、そっち」


「レディーファースト」


葵は小さく笑う。


でも――


すぐに表情が変わる。


真剣な顔。


箸を動かしながら、聞いた。


「……美咲に、なんて言ったの?」


蒼真は眉をひそめる。


「え?」


「告白のこと」


少しの沈黙。


彼は弁当を見る。


「驚いたって言っただけ」


息を吐く。


「予想してなかったから」


葵は息を飲む。


「……好きなの?」


蒼真は首を振る。


「いい子だとは思う」


顔を上げる。


「でも、そういう意味じゃない」


葵は横目で見た。


「ちゃんと伝えるの?」


蒼真はため息をつく。


「まだわからない」


そして、葵を見る。


「どうしたらいいと思う?」


葵は箸を強く握る。


「正直に言うべきだと思う」


蒼真は視線を落とす。


「あいつ、色々あったばっかりだし……」


声が低くなる。


「いじめのこととか」


深く息を吐く。


「そこで俺が傷つけるのかって思うと……」


葵は拳を握る。


「でも……受け入れたら……」


少し迷う。


「……大事な人を失うかもしれないよ?」


――ドンッ!!


突然、松田が机を強く叩いて立ち上がった。


教室が静まり返る。


「松田……大丈夫か?」


蒼真が声をかける。


松田は答えず、教室を出ていく。


葵は戸惑う。


「どうしたの……?」


「さあ……」


そして――


気づく。


距離が近い。


近すぎる。


目が合う。


心臓の音が、聞こえそうなほど強くなる。


蒼真はネクタイを緩める。


葵は机に手をつく。


少しずつ、近づく。


引き寄せられるように。


そして――


「一緒に食べてもいい?」


花恵が椅子を引いて座った。


二人とも跳ねる。


「委員長!?」


花恵は普通に食べ始める。


「何してたの?」


「な、なんでもない!」


葵はとっさに――


「コスプレの話!」


蒼真は固まる。


「……そう、コスプレ」


花恵の動きが止まる。


ゆっくり顔を上げる。


「コス……プレ?」


沈黙。


そして――


「コスプレ好きなの!?」


目を輝かせて立ち上がる。


その後は――


一気に賑やかになった。


廊下では、美緒が壁にもたれて待っていた。


陽菜が来る。


「陽菜」


止まる。


「山田と、なんか変じゃない?」


陽菜は固まる。


「……大丈夫だよ」


でも、声が揺れていた。


教室に戻ると――


葵たちが一緒に食べていた。


陽菜は少しだけ目を細める。


「なんか……珍しいね」


そう言いながら――


視線が山田とぶつかる。


一瞬の沈黙。


陽菜は微笑んだ。


「おはよう、山本くん」


「……ああ」


そして、自分の席へ。


静かに座る。


そのまま、みんなを見る。


少しだけ、遠くから。



読んでいただきありがとうございます。

よろしければ、評価や応援をいただけると嬉しいです。

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