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第27章:黄昏に語られなかった言葉

夕暮れの海辺を、やわらかな風がそっと吹き抜けていた。


潮の香りと、一日の終わりを告げるぬくもりを運びながら。


空は少しずつ、金色から橙へと染まり、まるで生きた絵画のように地平線へと溶けていく。

美緒は砂浜に座り、軽く膝を曲げながら、ジュースのボトルを指先でくるくると回していた。

そして、何気ないようでどこか意味ありげな視線を蒼真へ向ける。


「ねえ、山本くん……」


口元に小さな笑みが浮かぶ。


「アオイのこと、好きなの?」


時間が止まった。

蒼真は完全に固まる。

一瞬で顔が真っ赤になり、血が一気に上ったかのようだった。視線を逸らし、膝の上で拳を握りしめる。

「な、なんでそんなこと聞くんだよ?!」

美緒は肩をすくめた。


「別に……」


頬杖をつく。


「なんとなく、そう思っただけ。」


隣にいた陽菜がきょとんとする。


「なんとなくって、どういうこと?」


美緒は軽い調子のまま続けた。

「でも、誰も早く告白しないと……」

面倒くさそうに遠くを指さす。

「ハルちゃんに取られちゃうよ?」

「はぁっ?!」陽菜が目を見開く。「ハル?!」

「なんでうちの弟が関係あるのよ?!」

美緒はため息をついた。

「あーあ……」

「気づいてないの、あなただけだよ、陽菜。」

「何をよ?!」

二人の言い合いが始まり、波の音に混ざっていく――

その間、蒼真は黙ったままだった。

視線は、遠くへ。

海辺の方では、アオイが由紀子と一緒にいた。

濡れた母親の肩にタオルをかけながら、少し怒ったような顔をしている。

「もう、ママ!そのままだと風邪ひくよ!」

由紀子はくすっと笑う。

「さっき海から上がったばかりよ?」

「それでも!」

腕を組み、真面目に叱っているようで――その瞳にはしっかりとした優しさがあった。

蒼真は小さく笑う。

「はは……」

美緒と陽菜が言い合いをやめ、蒼真を見る。

彼はまだ遠くを見つめたまま、微笑んでいた。

「……あいつ、面白いよな。」

二人は顔を見合わせ――

そして、吹き出した。

「はははっ!」

その後の時間は、あっという間に過ぎていった。

水の中で走り回り、

叫び声が響き、

砂が舞い上がり、

どうでもいい言い合いをして、

笑い声が絶えなかった。

やがて、太陽は沈み始める。

空は橙色に。

そして――淡いピンクへ。

浜辺では、武雄と篠原が並んで歩いていた。

手をつないで。

言葉はなく、視線も交わさない。

それでも――確かに繋がっていた。

海から上がってきた由紀子の髪と肌には、水滴がきらめき、夕焼けの光を受けて輝いている。

その姿に、何人かの男性の視線が向けられていた。

「そろそろ暗くなるわね」

落ち着いた声でそう言い、アオイを見る。

「戻りましょうか?」

アオイはぐっと伸びをした。

「うん……」

「もう疲れた……」

美緒が立ち上がり、足についた砂を払う。

「今日はありがと。」

由紀子は微笑んだ。

「ホテルに戻りましょう。」

「明日、出発だしね。」

「うん!」アオイが答える。

陽菜が元気よく手を上げた。

「あとでミニ花火やるよ!」

「一緒に来る?」

由紀子は少し首を傾げる。

「まだご両親とあまり話してないのよね、陽菜ちゃん。」

「あー……さっきは忙しそうだったけど、夜はいるよ!」

由紀子は頷いた。

「じゃあ、大丈夫ね。」

「先に何か食べてくるわ。」

アオイと美緒が同時に手を上げる。

「私たちも!」

陽菜は笑った。

「じゃあ、ここで待ってるね。」

数分後――

陽菜は一人で浜辺を歩いていた。

足元の砂は、もうひんやりとしている。

「ちょっと寒くなってきた……」

腕を抱く。

「でも、こういうの……気持ちいいな。」

前方では、男子たちが騒ぎながら飛び跳ねていた。

陽菜はため息をつく。

「男子って……」

小さく笑う。

「やっぱり、私はプリンス・ジョンの方がいいな。」

「ちゃんと話聞いてくれるし……」

ふと目を細める。

「……ん?」

眼鏡を直す。

「あそこ、六人くらいいる……?」

胸がどくんと鳴る。

「あれ、松田?」

「それに……」

「山田?!」

楽しそうに笑っている。

その瞬間、思い出す。

――告白したのは、山田。

陽菜は固まった。

「……戻ろうかな。」

「ひなねーちゃん!」

びくっと跳ねる。

「ハル!声でかいって!」

遅かった。

男子たちがこちらを見る。

陽菜は凍りつく。

(やば……見られた……)

「え、あれって陽菜じゃね?」

「いや、違うだろ」

「あのオタクがあんなスタイルなわけない」

顔が一気に赤くなる。

「そうよ!私よ!!」

沈黙。

口を押さえる。

(やばいやばいやばい!!)

山田が松田と目を合わせ、歩み寄ってくる。

陽菜は目を閉じた。

(写真撮られる……!)

「よ、陽菜。」

目を開ける。

山田は照れくさそうに笑っていた。

「散歩?」

「え……あ、うん……」

ハルが指差す。

「誰?」

「クラスメイトの山田くん!」

「よろしく、ハル。」

「高瀬さんって呼べ!」

「ハル!!」

山田は苦笑した。

「元気な弟だな。」

陽菜はため息。

「ハル、お父さんにもう戻るって伝えて。」

「はーい!」

走っていく。

静寂。

波の音。

「さっきはごめん。遠くからだと分からなかった。」

「見てたでしょ。」

「違うって!」

沈黙。

「美緒とのこと、知ってる。」

山田は目を逸らす。

「思い出したくない。」

「好きじゃないの?」

苦笑する。

「背の高い男が好きって、はっきり言われたしな。」

ため息。

「俺、バカだった。」

「告白なんてしなきゃよかった。」

「……諦めたの?」

「ああ。」

空を見る。

「一年好きで……」

「何も言えなくて……」

「マジでバカだよな。」

陽菜は見つめる。

「ちゃんと立ち直ってるね。」

「立ち直るか……」

「ずっと引きずるか、どっちかだろ。」

少し笑う。

「強いね……」

「……なんでもない。」

「え?」

「忘れて。」

沈黙。

「次は別の子?」

「犬じゃねえよ。」

ため息。

「もう二次元でいい。」

陽菜が目を見開く。

「恥ずかしくないの?!」

「お前にはな。」

「私は違う!」

腕を組む。

「プリンス・ジョンは特別!」

「話聞いてくれるし!」

「じゃあ俺だっていいだろ。」

「もう全部諦めたし。」

陽菜は真剣になる。

「ダメだよ。」

「愛を諦めるなんて。」

「お前が言う?」

「抱き枕ほぼ裸じゃん。」

「なっ?!」

「ごめん!」

「教室で言ってたでしょ!」

「もういい!」

山田は背を向ける。

「じゃあ帰る――」

「デート!」

止まる。

「は?」

顔が真っ赤な陽菜。

「い、一緒に出かけよ……」

「デート。」

沈黙。

「はあ?!」

「見せてあげる……」

深呼吸。

「愛にはいろんな形があるって。」

「私は私の形があるけど……」

「あなたは諦めちゃダメ。」

眉をひそめる。

「なんで?」

小さな声。

「だって……」

腕を掴む。

「同じ気持ち、誰にもしてほしくないから。」

山田は黙る。

そして笑った。

「そんなこと言われたの、初めてだ。」

陽菜はさらに赤くなる。

「秋葉原とか……」

「同人誌セールとか……」

「ゲームも……」

「って言いすぎた!」

山田が笑う。

「男の付き添い欲しいのか?」

「そう!」

ごくり。

「手も……つないでいいし。」

沈黙。

山田が赤くなる。

「……いいよ。」

「行こう。」

「早っ?!」

二人は笑った。

夜。

小さな花火が空に弾け、色とりどりの光が一瞬で消えていく。

波音が優しく響く。

一人の女性が由紀子に近づく。

「初めまして。蒼真の母です。山本純です。」

由紀子は軽く頭を下げる。

「坂本由紀子です。」

「坂本……」

純は考え込む。

「どこかで聞いたことが……」

「そうですか?」

「昔、新聞で……」

その時――

「うわー!懐かしい!」

美緒が花火を二本同時に持ち上げる。

「美緒!危ないって!」

笑いが広がる。

やがて、皆で砂浜に寝転ぶ。

星空。

「今日……最高だった。」

アオイが呟く。

「久しぶりに。」

由紀子が微笑む。

「私も。」

静かな時間。

満たされた沈黙。

ホテル。

静かな廊下。

「あのさ……アオイ。」

蒼真の声。

振り返る。

「さっきの、続き……」

「なんでそんなに急ぐの?」

深呼吸。

「前に……会ってるから。」

「え?」

「入学の一年前。」

「お菓子買ってるところ、見た。」

目を見開く。

「覚えてるの?!」

「その時は……簡単だった。」

「今は……無理。」

鼓動が速くなる。

「大事な話なの?」

頷く。

「アオイ……俺――」

ドアが開く。

「アオイ!」

「明日早いでしょ!」

「もう少し!」

ため息。

「また今度。」

由紀子がニヤリ。

「告白しにくい?」

「違うから!!」

「おやすみ。」

別のドア。

篠原。

「うるさい……」

「告白?」

「先輩!!」

「おやすみ。」

静寂。

部屋へ。

ドアにもたれる。

胸に手。

(なんで……こんなに……)

(あの時、何言おうとしてたの……?)

その疑問は――

消えなかった。

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