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第25話:静かに訪れた夜


星見の街に、静かに夜が訪れた。

神崎家の小さなアパートでは、リビングにテレビの淡い光が広がっていた。

ソファには美桜が父の正人の隣に座り、低いテーブルの上には開けられたピザの箱が二つ置かれている。

ピザ。


特別な日だからではない。

ただ、二人とも料理をする気分じゃなかったからだ。

正人は一切れを手に取り、ひと口かじると、ちらりと娘を見た。


「コーンマヨのピザ、まだ好きか?」

美桜は少し咀嚼してから答えた。

「昔は……好きだった。子供の頃はね」

正人は小さく息を吐いた。


「そうか……」


再び、部屋に静寂が落ちる。

遠くを通る車の音だけが、かすかに響いていた。

美桜はスマホを手に取る。

その話を続ける気にはなれなかった。

正人も無理に聞こうとはしない。ただ静かに食べ続けるだけだった。

――街の別の場所では。

高瀬ひなの部屋。

モニターの青白い光が、彼女の眼鏡に反射している。

彼女は完全に夢中だった。

パソコン画面には「プリンス・ジョン」が映し出されている。


大好きなインタラクティブストーリーだ。

キャラクターたちが会話し、優しいBGMが流れている。

ひなは前のめりになる。


「やっぱり!犯人はあの人だったんだ!」


キーボードを素早く叩く。


「今回はバッドルートなんか行かないんだから!」


そのとき、スマホが震えた。

ちらっと見る。

葵からのメッセージ。


『今日はゲームしないよ。明日早いから』


ひなはすぐに笑顔になって返信した。

『私も!同じビーチ行くんだよね、へへ』

少しして、両手にあごを乗せる。


「明日、楽しみだなぁ……」


――葵の部屋。


ベッドに座り、スマホを手にしていた。

待っている。

静寂。

そして――

玄関のドアが開く音が、下から響いた。


「葵、ただいま!」


ぱっと目が輝く。

ベッドから飛び降り、急いで階段を駆け下りた。

「おかえり、お母さん!」

雪子は玄関で靴を脱いでいた。

葵を見ると微笑む。


「ただいま」


優しく葵の髪を撫でる。


「明日はいよいよね。準備して、早く出発しましょう」

葵は指を絡めながら言った。


「あの……お母さん?」


「どうしたの?」


「友達呼んでもいい?美桜」

雪子はやわらかく微笑む。


「神崎さん?」


葵はうなずく。


「もちろんよ。でも、お母さんは大丈夫かしら?」


「たぶん……来れたら来るって言ってた」


「じゃあ決まりね」


雪子はキッチンへ向かう。


「7時出発よ。2時間くらいかかるから」


葵はスマホを取り出して打ち込む。


『明日OK。7時に出発するよ』

すぐに返信。

パンダのスタンプが親指を立てていた。


『準備できてる』


葵はくすっと笑う。

そしてもう一度打つ。


『今日は家?』


『うん。お父さんもいる』


葵は少し瞬きをした。


『おやすみ。また明日ね』


さらにひなにも送る。


『今日は早く寝るね』


スマホを置く。

明日は長い一日になる。

5時45分


チク…

チク…

チク…


アラームが鳴る。

葵はゆっくり目を開けた。

止めて、体を起こす。少しふらつきながら。


「あぁ……」


ドアをノックする音。


「葵、起きて!」


「起きてる……」


眠そうな声だった。

洗面所へ行き、顔を洗う。

鏡の中の自分を見る。


「よし……行こう」


簡単に朝食を済ませ、すぐに車へ。

6時55分。


「もうすぐだね……」


スマホを見る。

数分後。


『今から出るね』


『OK、準備できてる』


車は神崎家の前で止まる。

美桜はすでに外で待っていた。

小さなリュックを背負っている。

隣には正人。


「行ってらっしゃい、美桜」


「……うん」


淡々とした声。

車に乗り込む。


「お邪魔します」


雪子は微笑む。


「おはよう、神崎さん」


葵は振り返る。


「元気?」


「うん……誘ってくれてありがとう」


車が動き出す。


「さっきのはお父さん?」雪子が優しく聞く。

「……はい」


「お母さんは?」


「回復中です」


「それは良かったわ」


葵は頬杖をつく。


「最後に海行ったのっていつだっけ?」


「6年くらい前かな」


「寒かったよね」


「時期が悪かったのよ」


美桜は窓の外を見る。


「私は5年前……お父さんが昇進する前」


雪子はうなずく。


「そう」


一瞬、美桜を見つめてから前を向いた。

――1時間後。

海が見えてきた。

青く、どこまでも続く。

海辺

葵が先に更衣室から出てきた。

薄い青のビキニ。

少し頬が赤い。

続いて美桜。


「別に恥ずかしがる必要ないでしょ」


腕を組む。


「似合ってるよ」


「そうかな……」


葵は海を見る。

目を細める。


「あれ……蒼真?」


「うん、そう」


「みおー!あおいー!」


「ひな?!」


高瀬ひなが走ってくる。

ビキニ姿で、真っ赤になりながら。

美桜が瞬きする。


「へぇ」


「な、なに!?」


「オタクなのに、意外とスタイルいいじゃん」


「み、見るなぁ!」


葵は笑う。


「家族も来てるの?」


「うん!海行こ!」


「待って、まだ日焼け止め塗ってない!」


美桜がニヤッとする。


「蒼真に背中塗ってもらえば?」


「ちょっ——」


そのとき。


雪子が出てきた。

一瞬で。

男たちの視線が集まる。

美桜が葵をつつく。


「このビーチで一番危ないの……あんたのお母さんかもね」


「うるさい!」


そのとき、一人の男がぶつかりそうになりながら言った。


「おい、貧乳!ちゃんと見て歩けよ!」


静寂。

美桜の表情が変わる。


「……貧乳?」


拳を握る。


ひなと葵が慌てて止める。


「やめて!」


「無視しよ!」


男は鼻で笑う。


「変な女……」


「はぁ?!」


数秒後。

美桜は深呼吸して、笑った。


「……まあ、バカに付き合うほど暇じゃないし」


「お前が始めたんだろ!」


「へへ……ごめんごめん」


波の音が静かに響く。


その瞬間。


その日の海は――


ただの楽しい一日では終わらない気配を、


どこかに秘めていた。

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