第22話 ふたつの世界の残響
葵は自室の床に座り、ベッドの側面にもたれかかっていた。
部屋は静まり返り、机の上のスタンドライトだけが柔らかく空間を照らしている。テレビはすでに点いており、ゲーム機のホーム画面が映し出されていた。
彼女はコントローラーを手に取る。
ゆっくりと息を吸い込み――
スタートボタンを押した。
画面が切り替わり、アカウント選択へ。
葵は自分のアカウントを選び、慣れた手つきでメニューを操作する。
そして辿り着いたのは、見慣れたアイコン。
「Eternal Aegis Online」
選択。
壮大なオープニングが流れ出す。優しいコーラスと幻想的な楽器が響き、まるで異世界へ誘われるような旋律。
キャラクター選択画面。
カーソルを動かし――
表示されたのは、
「キャラクター:ヒロでプレイ」
葵は一瞬、指を止めた。
それでも――
決定を押す。
ロード画面がゆっくりと進み、
やがて現れたのは、黒い鎧をまとった戦士。
凛とした瞳。
そして、どこか父に似た髪型。
葵の瞳が、わずかに揺れた。
微笑む。
「……久しぶり。ヒロ」
グループチャットにメッセージが流れる。
ヒナ(魔導咲):
「エターナル・イージスに新メンバー来たよー!」
続けて、
魔導咲:
「アサシン職!タケジル!」
すぐに反応が返ってくる。
プリンスジョン:
「おお」
ソウマキー:
「新メンバーか」
ヒロ:
「よろしく」
数秒後、
タケジル:
「よろしくお願いします」
ソウマキー:
「俺らより10レベル上じゃん」
魔導咲:
「私はみんなより7レベル下だけどね!」
タケジル:
「魔族の村あるよ。強いけど…いけると思う」
プリンスジョン:
「まずはオークキングからだな」
少しの間のあと、
タケジル:
「了解、行こう」
忍者がつまずくスタンプが送られてきた。
葵は小さく笑う。
「戦力にもなるし…ツッコミ役にもなるね、タケオ」
画面には、五人のキャラクター。
巨大な石の扉の前。
オークキングの間の入口。
周囲の柱には松明が灯り、空気は張り詰めていた。
BGMが重くなる。
タケジルのキャラが数秒間、動かない。
ゆっくりと――
ヒロの方へ向きを変える。
まるで、見ているかのように。
葵はキーボードを打つ。
ヒロ:
「行こう、タケジル。こっちだよ」
その瞬間――
スマホが震えた。
葵は視線を落とす。
タケオからのメッセージ。
「なんでヒロって名前?」
少し眉をひそめる。
続けて、
「そのキャラ、お父さんに似てる?」
指が止まる。
すぐには返さない。
部屋は静かで、
テレビの光だけが彼女の顔を照らしていた。
やがて、彼女は入力する。
「似せたの。ゲームの中で強くなれるように」
送信。
沈黙。
タケオからの返信はなかった。
ゲーム内では、
プリンスジョン:
「おい、戦士。何ぼーっとしてる?」
葵はスマホを置き、
コントローラーを握り直す。
「……行こう」
重い音を立てて扉が開く。
現れたのは、
巨大なオークキング。
異様な筋肉、鋭い牙、骨の鎧。
咆哮。
戦闘開始。
葵は真っ先に突っ込む。
ヒロが連続スキルを三連発。
青い光と鋼の閃き。
マナが一気に減る。
プリンスジョン:
「ヒロ!?何してる!?」
魔導咲が魔法を放つ。
緑の光がヒロを包む。
マナ回復。
ソウマキー:
「タゲ取る!」
オークキングの攻撃が盾に叩きつけられる。
地面が揺れる。
その時――
タケジルが背後から現れる。
速い。
正確。
刃が腱を断ち切る。
オークが悲鳴を上げる。
プリンスジョンが杖を掲げる。
「レッドボルト」
巨大な魔法陣。
炎と雷が融合した光線。
オークキングを貫いた。
静寂。
画面が一瞬点滅し、
「ENEMY DEFEATED」
チャット:
ソウマキー:
「やば!4レベル上がった!」
魔導咲:
「私は8!」
タケジル:
「1だけ…55になった」
葵は確認する。
魔導咲:47
他:50
ヒロ:
「もうすぐ揃うね」
ソウマキーがクマのスタンプを送る。
そして――
タケジル:
「魔族の村行く?」
葵は時計を見る。
21:22
少し考える。
……あと少しだけ。
全員、同意。
BGMが変わる。
より暗く。
魔族の村。
黒い石の家。
緑の炎。
異形の存在たち。
戦闘開始。
魔法。
剣。
影。
だが――
終盤。
影から暗殺型の魔族が出現。
一撃。
魔導咲が倒れる。
プリンスジョン:
「全員こっち!」
光の結界が張られる。
ソウマキー:
「蘇生ポーションない!」
ヒロ:
「さっき使った!」
タケジル:
「俺も」
沈黙。
やがて、
プリンスジョン:
「あと一個だけある。使って撤退する」
画面が光る。
魔導咲復活。
全員で撤退。
魔族が追ってくる。
それでも、なんとか逃げ切る。
残り、強敵は10体。
撤退中、葵が呟く。
「次来たら…あの10体は勝てるね」
タケジル:
「いや」
「最初からやり直そう」
プリンスジョン:
「同意。もっと強くならないと」
葵は時計を見る。
23:38
目を見開く。
ヒロ:
「もう寝るね。遅いから」
沈黙。
ソウマキー:
「時間気づかなかった」
魔導咲:
「ほんとそれ!」
ヒロ:
「おやすみ」
タケジル:
「みんな好きだわ」
「本当に」
葵は微笑む。
しばらく画面を見つめ、
やがて電源を落とした。
部屋は再び静寂に包まれる。
彼女は小さく呟いた。
「……ありがとう、今日も。お父さん」
そして、眠りについた。
翌朝。
鏡の前。
髪を持ち上げ、
眉をひそめる。
「うわ…クマできてる」
登校中の廊下。
美緒とヒナが並んで歩きながらあくび。
そこへ葵が現れる。
「おはよ、寝不足組」
美緒が見る。
「それ、あんたもでしょ」
指差す。
「クマあるよ」
葵が慌てる。
「え!?見える!?」
美緒が笑う。
「うそだよ」
「美緒!」
ヒナが言う。
「昨日、ずっと見てたもんね」
美緒は肩をすくめる。
「頑張って理解しようとしたけど…ちょっと退屈」
葵は笑う。
「やると楽しいよ」
美緒は少し考える。
「……かもね」
その時、山田と蓮が来る。
「おはよう」
「おはよう」
ヒナが小声で。
「今日、普通だね」
美緒はちらっと見て、
すぐ視線を逸らす。
葵が話題を変える。
「タケジルどうだった?」
ヒナが笑顔で。
「最高!」
「敵処理めっちゃ早い!」
美緒が笑う。
「昨日テンション高かったよね」
「お母さんに怒られてたし」
ヒナが照れる。
「えへへ」
葵が周りを見る。
「教室行こっか」
美緒が気づく。
「……あれ、誰もいない」
教室に入る。
美緒は座り、
蓮をちらっと見る。
……元気そう。
ヒナが呼ぶ。
「葵」
「週末、海行くんだよね?」
「うん」
「うちも!」
「星砂ビーチ!」
葵が驚く。
「ほんと!?」
ヒナがはしゃぐ。
「楽しみ!」
美緒が小さく言う。
「……葵」
「ん?」
少し迷い、
「私も行っていい?」
沈黙。
そして小さく。
「家にいたくない」
葵は優しく答える。
「……大丈夫?」
美緒は言う。
「お願い」
視線を逸らす。
「その前に…病院寄るけど」
ヒナが頷く。
葵は息をつき、
「……お母さんに聞いてみるね」
微笑む。
「たぶん大丈夫」
美緒が小さく笑う。
「ありがとう」
葵はその様子を見つめながら思う。
……やっぱり、いろいろあるんだろうな。
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それでは、また次の話で。




