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第18話 ― ゆっくり始まる距離

昼休みの教室は、いつもの賑やかな音で満ちていた。


椅子が床を擦る音。

弁当のフタが開く軽い音。

箸が容器に当たる小さな響き。


二階の大きな窓から差し込む昼の光が、斜めの線になって机の上に広がっている。


その中で――葵は静かに弁当を食べていた。


けれど、食べているようで食べていない。

味を感じることもなく、ただ口を動かしているだけだった。


ときどき、彼女の視線は教室の扉へ向かう。


蒼真の姿はない。

美咲の姿もない。


指先で、無意識にご飯をつつく。


隣では陽菜が黙ってその様子を見ていた。

向かい側では美緒がスマホを触りながら、落ち着いた様子で食事をしている。


葵の静けさが――少しずつ目立ち始めていた。


そのとき、陽菜が口を開いた。


「……花恵さん」


花恵はゆっくりと顔を上げた。


「はい?」


姿勢は綺麗で、箸はきちんと弁当のフタの上に揃えられている。


陽菜は頭をかいた。


「いろいろありがとうなんだけどさ……ちょっと思ってて。山本くん、なんか……最近ちょっと離れてない?」


花恵はわずかに首を傾げた。


「離れている?」


そして、葵のほうを見る。


「ええ。最近は新井さんのほうが近いように見えます」


その名前が――葵の中で静かに響いた。


新井。

美咲。


花恵は落ち着いた声で続ける。


「それに、陸上部でもかなり人気が出ているそうですよ」


その瞬間――


葵の手が止まった。


昨夜の記憶が、ふっと浮かぶ。

スマホの光。

短い会話。


「一緒にいると安心する」

「マドウサキがいて助かったな」


――それだけ。


その後は、何もなかった。


葵は視線を弁当に落とす。


急に、味がしなくなった気がした。


その間も、会話は続いている。


美緒がスマホから目を離さずに言った。


「今日は友達と食べないの? 花恵さん」


「今日はいいの」


静かな返事。


一瞬の沈黙。


葵は顔を上げる。


花恵が、こちらを見ていた。


敵意はない。

でも――どこか見透かすような視線。


葵は少し目を細める。


「何か聞きたいことがあるんじゃない?」


花恵はゆっくり瞬きをした。


「私が?」


小さく微笑む。


「聞くこと?」


そのとき、美緒が顔を上げた。


「代表、山本くんはもう無理なんじゃない?」


花恵の箸が、軽く机に当たった。


「……何のこと?」


美緒は肘をつく。


「わかるでしょ。今日はほとんど話してなかったし」


沈黙。


そして、花恵は静かに言った。


「昨日、校舎の裏でのこと……話します?」


空気が止まった。


陽菜が固まり、葵はゆっくり瞬きをする。

美緒が顔を上げる。


その目が、冷たくなる。


「……挑発してるの?」


花恵は視線を外さない。

笑いもない。

ただ見ているだけ。


その瞬間、美緒が立ち上がった。


椅子が大きな音を立てる。


「適当なこと言うのやめてくれる?」


声は鋭かった。


「後悔するよ」


葵も慌てて立つ。


「美緒ちゃん、落ち着いて!」


陽菜も立ち上がる。


「ちょ、ちょっと待って!」


花恵は静かに弁当を持ち上げた。


「一緒に食べたかったんですけど……」


美緒をまっすぐ見て、


「今日は無理そうですね」


そして、


「……山田くんがかわいそう」


そう言って、教室を出ていった。


扉が閉まる。


静寂。


葵は小さく声を漏らす。


「……山田くん?」


陽菜が振り返る。


「どういうこと? 美緒ちゃん」


葵も言う。


「今日、山田くん変だったよね……」


美緒はしばらく黙っていた。


そして、座り直して息を吐く。


「……わかった」


スマホを握る。


「昨日、山田くんに告白されたの」


完全な静寂。


陽菜と葵が同時に口を押さえる。


「え、あの人?!」

「手紙の?」


葵がゆっくり聞く。


「……断ったの?」


美緒は目を伏せる。


「最後まで聞いてない」

少し間を置いて、

「逃げた」


陽菜の目が大きくなる。


「逃げたって……」


美緒は顔を逸らす。


「……藤本先輩だと思ってたの」


葵は頭をかいた。


「いや……私、武雄くんに聞いたけど……」


そして、はっとする。


「……あ」


美緒が振り向く。


「なに?」


葵はぎこちなく笑う。


「その……武雄くん、好きな人いるみたい」


美緒は少しだけ見つめて、


「……そっか」


スマホに目を落とす。


「ありがとう、葵ちゃん」


陽菜がため息をつく。


「好きじゃないなら、ちゃんと言ったほうがいいよ」


美緒は目を閉じる。


「……傷つけたくない」


陽菜は真っ直ぐ言う。


「何も言わないほうが傷つく」


美緒は目を開く。


「陽菜、男の何がわかるの?」


腕を組む。


「Prince Johnなんて現実にいないでしょ」


陽菜が眉をひそめる。


「なんで今それ?」


立ち上がる。


「じゃあ元カレは? 他の女子とばっかりいたくせに」


美緒も立ち上がる。


「もう一回言ってみて」


陽菜も一歩出る。


「いくらでも言うよ」


――その瞬間。


「やめて!!」


葵が叫んだ。


教室が静まり返る。


二人が彼女を見る。


葵は息を荒くしていた。

手が震えている。


「みんな……それぞれ大変なのはわかるけど……」


声が揺れる。


「ケンカしてほしくない……」


沈黙。


陽菜がため息をつく。


「……ごめん」


美緒も視線を逸らす。


「言い過ぎた」


陽菜が少し笑う。


「じゃあ一緒にゲームしてくれたら許す」


美緒は目を細める。


「ゲームは好きじゃない」


陽菜が笑う。


「知ってる」


美緒は小さく言う。


「……見るのは好き」


陽菜の顔がぱっと明るくなる。


「じゃあ今日うち来る?」


美緒は首を振る。


「今日は病院」


葵が顔を上げる。


「お母さんは?」


「少し良くなった。話せるようになった」


葵はゆっくり頷いた。


「そっか……」

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