第14話 告白と過去のあいだで
今回の話は、少し静かで、少しだけ心が動く回です。
登場人物たちの気持ちに注目して読んでいただけたら嬉しいです。
夕方の遅い時間、太陽は校庭を金色とオレンジ色に染めていた。
本校舎の裏にある木々の枝の間から光が差し込み、コンクリートの地面に長い影を落としている。ゆっくりとした風が葉を揺らし、草と少し湿った土の匂いを運んできた。
校舎の横の壁の近くに、篠原が立っていた。
まるで走ってきたかのように、胸が大きく上下している。
彼女の視線は、武雄に向けられていた。
武雄は少し首をかしげた。
「どうしたんだ、篠原?」
彼女は口を開いたが、言葉が出るまで数秒かかった。
「き、君と……」
彼女は深く息を吸った。
「いつか……一緒に出かけたいって……思ってたの」
武雄は瞬きをした。
「……え?」
自分を指差す。
「俺と、出かけるって?」
篠原は黙ったままだった。風が彼女の制服のリボンを優しく揺らしていた。
武雄は頭をかいた。
「そういうことなら、普通に話してくれればよかったのに」
彼女はもう一度深呼吸をして、落ち着こうとした。
「ふ、藤本くん……たぶん、ちゃんと伝わってないと思う」
「じゃあ、ちゃんと言ってくれよ」
彼は腕時計をちらっと見た。
「今日はリハーサルあるだろ?」
篠原は手をぎゅっと握った。
「私が言いたいのは――」
ブブッ。
武雄のポケットの中でスマホが震えた。
彼はスマホを取り出した。
メッセージだった。
葵:
「もう誰かと付き合ってたりするの? ふふ。」
武雄は小さくため息をつき、少しだけ笑った。
篠原は首をかしげた。
「ん? 今、どうして笑ったの?」
「いや、葵ちゃんからメッセージが来て――」
その瞬間、武雄の動きが止まった。
頭の中に、電気が走ったような感覚。
待てよ……
今よく考えたら……
これ、完全に告白の流れじゃないか。
呼び出し。
人のいない場所。
彼女は緊張している。
男は一人。
武雄の額に汗が浮かび始めた。
篠原はそれに気づいた。
「葵? 坂本さん? どうしたの?」
武雄はぎこちなく笑った。
「いや、なんでもない」
篠原は、彼が頭をかく様子をじっと見ていた。
「坂本さんとは、どういう関係なの?」
武雄は答えようとして、気づいた。
篠原は完全に彼だけを見ていた。
目は逸らさない。
手は握られたまま。
答えを待っている。
武雄は唾を飲み込んだ。
「葵ちゃんは……幼なじみだよ」
軽く地面を蹴りながら言った。
「親同士が高校の頃から親友でさ。だから、子供の頃からたまに会ってたんだ」
篠原はゆっくり目を閉じた。
「それで……」
彼女の声は少し小さくなった。
「さ、坂本さんのこと……好きなの?」
武雄は目を見開いた。
「え!?」
彼は笑った。
「ははは、いやいや。そんなわけないだろ」
彼は空を見上げた。
「昔はよく一緒にゲームしてたしさ」
オレンジ色の空を見ながら続ける。
「最近は女の子っぽくなったけど……」
彼は少し笑った。
「俺にとっては、妹みたいなもんだよ。そんな感じ」
篠原はいつもより大きく目を開いた。
「本当に?」
一歩、前に出た。
「本当なの?」
「ああ、本当だよ」
彼女の顔に小さな笑顔が浮かんだ。
武雄はそれに気づいた。
「篠原……」
彼は彼女の方へ歩き始めた。
一歩。
また一歩。
彼女の顔が真っ赤になった。
「ま、待って……なんでそんな近いの?」
武雄は深呼吸をした。
「ちゃんと、真剣に答えないといけないから」
彼は彼女の顔をしっかり見た。
「ちゃんと、君のことを見ないと」
篠原の顔はさらに赤くなった。
目が左右に揺れ、唇が少し震えている。
武雄はようやく足を止めた。
「よし。ちゃんと答えられそうだ」
篠原は深く息を吸った。
「藤本くん……」
声がかすれそうになる。
「私と……付き合ってくれますか?」
風が吹いた。
静寂。
武雄は一瞬、目を閉じた。
「昔は……君は俺のこと、演劇のライバルだと思ってるんだと思ってた」
腕を組んだ。
「いつもなんか冷たかったし。話してても途中でどっか行ったりしてさ。結構イライラしてたんだ」
篠原は唾を飲み込んだが、目は逸らさなかった。
「いつから、俺のこと好きだったんだ?」と武雄は聞いた。
彼女は小さな声で答えた。
「に、二年生の時……一緒に舞台に立ってから……」
武雄はゆっくり頷いた。
「ああ……なるほどな」
指を一本立てた。
「ちょうどその頃から、俺に優しくなったもんな」
彼女は目を伏せた。
「ご、ごめんね、武雄……私……気づいてなくて……」
武雄は笑った。
「ははは、いいって」
ポケットに手を入れて、また空を見た。
「実はさ……一年の時、俺、ずっと君のこと好きだったんだ」
篠原は固まった。
「え?」
「その頃は今みたいな感じじゃなかったんだよ」
髪をかき上げながら言った。
「めちゃくちゃ真面目な感じでさ。髪もいつもきっちり整えてた」
彼は笑った。
「でも、君は俺のこと、全然見てもなかった」
重たい沈黙が二人の間に落ちた。
武雄は続けた。
「葵ちゃんはさ……昔も今も、ずっと同じように接してくれた」
篠原は下を向いた。
武雄は小さくため息をついた。
「昔の俺のことも含めて……それに、演劇部で君が変わったのも見てたし……」
彼は小さく笑った。
「付き合ってみるのも、いいと思う」
篠原は顔を上げた。目が震えている。
「た、武雄……本当にごめん、あの時――」
武雄は手を上げた。
「いいよ。俺たち、どっちも変わったんだから」
校舎の方を見た。
「だから、やってみたいと思った」
彼女は少し泣きそうな笑い方をした。
「なんか……私たち、他人みたいだね……」
「本当にな」
そして二人は校舎へ向かって歩き始めた。
外の廊下はほとんど人がいなかった。
歩いていると、向こうから一人の男子生徒がゆっくり歩いてきた。足を引きずるような歩き方だった。
武雄は眉をひそめた。
「おい、大丈夫か?」
男子生徒は目を上げた。口を開いたが、数秒声が出なかった。
篠原は首をかしげた。
「保健室、行く?」
「……いえ、大丈夫です」
小さな声でそう言い、二人の間を通り過ぎていった。
ずっと下を向いたままだった。
武雄は振り返った。
「俺、三年A組の藤本武雄。君は?」
男子生徒は止まらずに答えた。
「藤本? 俺は……二年B組の山田陸」
彼は校舎の角を曲がって見えなくなった。
篠原が聞いた。
「なんで名前聞いたの?」
武雄は少し黙った。
「あいつ、誰かに似てる気がして」
小さくため息をついた。
「葵ちゃんと同じクラスのやつだ」
篠原は彼を見た。
「そういえば葵……本当に、あなたのこと何も思ってないの?」
武雄は数秒黙った。
「……たぶん、ないと思う」
前を見たまま言った。
「葵は、お父さんが亡くなってから……いろんなことに心を閉ざしてる」
彼は言葉を止めた。
少し嫌そうな顔をした。
「……やめよう。この話は好きじゃない」
二人は歩き続けた。
演劇部の近くまで来ると、文芸部の部室から出てくる人影が見えた。
美緒だった。
顔を上げて……固まった。
え……?
なにこれ……?
学校で一番有名な二人が……一緒に……?
武雄は手を上げた。
「よ、神崎」
「あ、あっ!」
彼女は軽くお辞儀をした。
「こんにちは、藤本先輩……篠原先輩」
篠原は首をかしげた。
「こんにちは」
武雄の方を見た。
「知り合い?」
「葵ちゃんの友達だよ」
「そうなんだ」篠原は言った。
「じゃあ、名前で呼んでくれていいよ」
少しだけ頬を赤くしたが、美緒が見ていることに気づき、話題を変えた。
「じゃあ、またね、神崎」
「はい、また」
武雄も手を振った。
「またな」
美緒は深呼吸をした。
「せ、先輩……私、ちょっと話があって……」
武雄は手を上げた。
「神崎。ちょっと秘密、守ってくれるか?」
彼女は瞬きをした。
「秘密……ですか?」
「俺と篠原、付き合うことになったんだ」
彼は笑った。
「まだ誰にも言ってないけど」
そう言って歩き出した。
「じゃあな、神崎」
彼が横を通り過ぎるとき、心の中で思った。
これが一番いい言い方だ。
誰も傷つけないように。
ごめんな……葵ちゃん。
演劇部の部室に入る前、彼は一度振り返った。
美緒はまだ同じ場所に立っていた。
背中を向けたまま。
頭を下げて。
武雄は深く息を吸い、部室に入った。
顔には、いつもの作り笑い。
でも頭の中にあったのは、たった一つの考えだけだった。
今は、迷ってる場合じゃない。
演劇に集中しないといけない。
読んでいただきありがとうございます。
人の気持ちは、なかなか思い通りにならないものですね。
次回もよろしくお願いします。




