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第13話 心がすれ違う日

授業の終わりを告げる金属音のチャイムが、校舎の廊下に響き渡った。


耳に馴染んだ、少し高い音。


ほんの一瞬、2-Bの教室は「授業の終わり」と「放課後の自由」の間に浮かんだように静まり返る。

けれど、いつものように――すぐに世界は動き出した。


椅子が床を擦る音。

カバンのジッパーが閉まる音。

賑やかな声が教室を満たしていく。


部活へと急ぐ生徒もいれば、そのまま談笑しながら帰る生徒もいる。

窓から差し込む夕焼けの光が、教室をやわらかなオレンジ色に染めていた。


最初に立ち上がったのは美緒だった。

自然な仕草でバッグを持ち、髪を耳にかける。


「ちょっとトイレ行ってくるね。先に行ってて」


蒼真もすでに立ち上がっていたが、正面のドアではなく、教室の後ろの扉――横の廊下へ続く方へと向かっていく。


それに気づいたのは美緒だった。


「山本くん、一人で行くの?」


葵は目を瞬かせた。


「え?」


振り返ると、蒼真が後ろの扉を通り、静かに廊下を歩いていくのが見えた。

足音は小さく、視線はまっすぐ前へ。やがてその姿は見えなくなった。


ほんの一瞬、葵は彼がいた場所を見つめた。


山本くん……


思考が続く前に、ひなが軽く肩を叩いた。


「部活行こ、葵」


葵は何度か瞬きをして、現実に戻る。


「でも、私たちの部活って全然方向違うじゃん、ひな!」


その間に、美緒はもう教室を出ていた。


「またあとでね」


葵とひなは、その背中を見送る。


ひなは目を細めて、ニヤッと笑った。


「ふーん……あの手紙じゃない?」


くすっと笑う。


「きっと会いに行くんだよ、あの子。告白相手に。ふふ」


葵は首を傾げた。


「そうかな?」


バッグを手に取り、ため息をつく。


「まあ……私は部活行かないと。武雄くんに手伝ってって言われてるし」


ひなが手を挙げる。


「途中まで一緒に行くよ」


その時、美咲が少し遠慮がちに近づいてきた。

まだどこか動きにぎこちなさが残っている。


「い、今から帰るの……?」


葵とひなは顔を見合わせた。


「私は演劇部」

「私は美術部だよ」


美咲は小さく微笑む。


「そっか……」


少し迷ったあと、口を開いた。


「じゃあ……あのゲームは?」


ひなはすぐにスマホを取り出した。


「あー、もちろん!」


画面を美咲に向ける。


「LINE交換しよ!」


美咲もスマホを取り出し、軽い電子音が鳴る。


ひなは満足そうに笑った。


「グループに入れるね。よーし、あのドラゴン倒せる!」


美咲は小さく笑う。


「じゃあ……また後でね。いい?」


「もちろん!」ひなが親指を立てた。


三人は教室を出た。

廊下にはもう人が少なく、部活へ向かう生徒がまばらに歩いている。


階段の近くに来たとき、葵は誰かが急いで降りてくるのに気づいた。


「た、武雄?」


武雄は少し息を切らしながら振り返る。


「葵!ちょっといい?」


「うん……どうしたの?そんなに急いで」


彼は髪をかき上げ、明らかに緊張していた。


「葵ってさ……一番信頼してるんだ」


葵は首を傾げる。


「え?」


武雄は深く息を吸う。


「これから人に会うんだ。すぐ終わると思うけど……その……どうかな?」


葵は二度瞬きをしたあと、笑った。


「ああ、それだけ?」


一歩近づく。


「ちょっと見せて」


彼の髪を整え、制服の襟を直し、ネクタイを軽く引き締める。


「髪、ちょっと乱れてる。

襟も折れてるし。

ネクタイもゆるすぎ」


武雄はその場で固まった。


「……ありがとう、葵ちゃん」


葵は腕を組み、興味深そうに見る。


「で、その子って誰?こんなに緊張してるの初めて見たけど」


武雄は意味深に笑う。


「まあ……秘密」


葵はため息をついた。


「ちゃんとセリフの練習、手伝ってくれるんでしょ?」


「もちろん!」そう言って階段を降りながら続ける。

「ちょっと待ってて。先生いたら……トイレって言っといて」


葵はまたため息をつく。


「はいはい……いってらっしゃい」


武雄は礼を言い、姿を消した。


廊下に一人残った葵。


その時、ふと視線の先に違和感を覚えた。


中庭の隅、小さな壁の向こうに――誰かが隠れているように見えた。


葵は目を細める。


「ねえ……誰かいるでしょ?」


ゆっくり近づく。


「もうすぐ見つけるよ?」


その瞬間、男子生徒が飛び出して走り去った。


「えっ!?ちょっと、誰!?」


しかし、すでに廊下の奥へと消えていた。


葵はため息をつく。


「……なんだったの」


校舎の裏では、美緒がゆっくり歩いていた。


木々が風に揺れ、静かな空気が流れている。


彼女は立ち止まり、小さな鏡を取り出した。


「もう少し整えよ……」


前髪を直し、軽くメイクを整える。


よし……


でも、心臓の鼓動は落ち着かない。


なんでこんなに緊張してるの……


頬に手を当てると、ほんのり熱い。


……藤本くんだったら?


首を振る。


「いや、ないない……」


けれど、あの笑顔とウインクを思い出す。


「偶然じゃないよね……」


拳を握る。


「どうしよう……!」


角を曲がる。


そこには、壁にもたれた男子のシルエットがあった。


美緒は立ち止まる。


「……あなた?」


少年は顔を上げる。


「あ……来てくれたんだ」


後頭部をかく。


「急に呼び出してごめん――」


その瞬間、美緒は固まった。


目がわずかに見開かれる。


「手紙……あなたが?」


沈黙。


「山田くん……?」


目の前にいたのは山田だった。

真剣な表情。しかし全身がこわばり、手の置き場も分からず、冷や汗をかいている。


「か、神崎さん……俺……もう我慢できなくて」


声が震える。


「君を見ると、落ち着くのに……同時に、ここが苦しくなるんだ」


胸を押さえる。


「去年からずっと……」


そして手を差し出し、軽く頭を下げる。


「神崎さん……その……」


「山田くん」


美緒が遮った。


彼は顔を上げる。


美緒はため息をついた。


「部活、行かないと」


校舎の方を見る。


「先輩たちの作品チェックするし、こっちも見てもらうから」


歩き出す。


「早く行こ。遅れるよ」


彼の横を通り過ぎる。


山田はその場に立ち尽くしたまま、差し出した手を空中に残した。


やがて、彼女の姿が遠くなってから、ゆっくり腕を下ろし、地面を見つめた。


考え込むように。


校舎の反対側では、武雄が篠原ゆりと向き合っていた。


「で、篠原……どうしたの?」


よく見ると、彼女の頬は少し赤く、呼吸も乱れている。


武雄は思う。


(息が荒い……まさか、本当に――?)

今回の話は、出会いと期待、そして同じタイミングで同じ場所にたどり着かない気持ちについて書きました。


勇気を出して想いを伝えようとする人もいれば、

その時、別の方向を見ている人もいる。


同じ時間を過ごしていても、

心の歩く速さは人それぞれなのかもしれません。


それでも、物語はまだ始まったばかりです。


ここまで読んでくれて、本当にありがとうございます。

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