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第12話 ヒーラー

この章は、物語の中でも少し重たい場面があります。

でも、葵がどんな人なのかが、少し分かる章でもあります。


強い人は、誰かを倒せる人じゃなくて、

誰かのために立ち上がれる人だと、私は思います。


少しでも、この章を読んで何か感じてもらえたら嬉しいです。

校舎の廊下は、ほとんど人がいなかった。


天井の白い蛍光灯の光が、磨かれた床に反射して、冷たい光が廊下に広がっていた。

重たい静寂の中、聞こえるのは葵の足音だけだった。


コツ…

コツ…

コツ…


彼女は一人で歩いていた。


廊下の先、女子トイレへ続く角の向こうに、数人の女子生徒の長い影が消えていくのが見えた。


葵は走らなかった。

歩く速度も変えなかった。


ただ歩いていた。


影を追うように。


一歩一歩は静かだったが、迷いはなかった。


廊下の突き当たりに着いたとき、ドアが閉まる音が小さく響いた。


女子トイレ。


葵はドアの前で立ち止まり、深く息を吸った。

小さなため息がこぼれる。


そして、ドアを押した。


中には、掃除用の洗剤の匂いと、かすかに金属のような匂いが混ざって漂っていた。

広いトイレの白いタイルが、天井の冷たい光を反射している。


ドアを開けた瞬間、入口のすぐ前に一人の女子が立っていた。


濃いアイライン。

少し色あせた制服。

校則より短いスカート。


彼女は葵を見下すような目で見た。


「閉まってるよ」

「他行きな」


葵は目を上げ、まっすぐ彼女を見た。

視線はまったく揺れなかった。


「私は、ここに来たかったの」


一瞬、女子は黙った。

そして、歪んだ笑みを浮かべた。


「へえ?」


突然、彼女は葵の腕をつかみ、中へ引きずり込んだ。


ガチャッ。


ドアが閉まる。


そのまま葵はトイレの中央へ突き飛ばされた。

少しよろけたが、なんとか立ち止まる。


そして――見た。


奥の壁にもたれかかるように座っている、髪が乱れ、目を大きく見開いた少女。


美咲だった。


「さ、坂本…?!

 なんでここにいるの?!」


一人の女子が笑った。


「ゴミはゴミ同士、集まるんだね」


葵はその言葉を完全に無視した。

彼女が見ていたのは、美咲だけだった。


「あなたを、ここから連れ出しに来た」


美咲の目がさらに大きく開かれる。


「あなた…

 頭おかしいよ」


その瞬間――


ドンッ!


一人の女子が葵の腹を蹴った。


空気が一気に抜け、葵はその場に膝をついた。

それでも、視線は美咲から離れなかった。


「美咲さん…」


息をするのも苦しそうだった。


「病院で言ってくれたこと…

 本当に、お礼を言いたかった」


美咲は完全に混乱していた。


「まだそんなこと言ってるの?!」


葵は立ち上がろうとした。

しかし、別の女子が蹴り飛ばし、体はドアにぶつかった。


ドンッ。


頭が少し当たる。


それでも――


葵はまた立ち上がった。


一歩ずつ。


美咲の方へ歩いていく。


一人の女子が葵の髪をつかんだ。


「何見てんの?」

「もうほとんど這ってるじゃん!」


そして、また蹴ろうと足を上げた――


その瞬間。


葵は後ろに身を引いた。


素早い動き。


乾いた音。


パンッ!!


平手打ちの音がトイレに響いた。


女子はそのまま回転するように床へ倒れた。


静寂。


女子は頬を押さえ、信じられないという顔をしていた。


「な…」


全員が葵を見ていた。

美咲も。


葵は荒い息をしながら、倒れた女子を見ていた。


別の女子が舌打ちした。


「何やってんの、メグミン。早く立ちなよ」


メグミンはゆっくり立ち上がった。

顔は真っ赤で、目には怒りが満ちていた。


「…殺す」


手を振り上げる。


葵は目を閉じ、顔を守るように腕を上げた。


衝撃を待つ。


だが――


来なかった。


代わりに――


「なに?!」


メグミンの悲鳴が響いた。


腕を後ろにねじ上げられ、そのまま床に叩きつけられた。


ドンッ。


葵は目を開けた。


「み、ミオ?!」


神崎ミオがメグミンの上に乗り、腕を完全に固定していた。


ミオは少し笑った。


「だから護身術いらないって言ってたのにね」


その後ろでは、ヒナがスマホを構えていた。


「撮れた!」


スマホを持ち上げる。


「全部録画したよ」


そして女子たちを指さした。


「もしこれ以上、葵ちゃんと美咲に近づいたら…」


少し鋭い笑顔。


「この動画、ネットに上げるから」


メグミンの顔が一瞬で青くなった。

他の女子たちは顔を見合わせた。


そして――


一人、また一人と、無言でトイレから出ていった。


最後にメグミンも立ち上がり、走って逃げた。


トイレは再び静かになった。


葵はゆっくり息を吐いた。


「はぁ…

 本当に、奇跡ってあるんだね」


ミオはため息をついた。


「笑うところじゃないでしょ、葵ちゃん」


ヒナは美咲を見た。

美咲はまだ床を見ていた。


葵は優しく言った。


「美咲…大丈夫?」


その瞬間――


「あなたバカなの?!」


美咲が叫んだ。


目には涙が溜まっていた。

でも、怒ってもいた。


「なんで関係ないのに入ってきたの?!」


ミオがぼそっと言った。


「感謝はなし、か」


美咲は拳を握った。


「冗談じゃない!」

「私は…悪いことをしたの」


目をそらす。


「だから、こうされても仕方ないの」


沈黙。


「私はあのグループだった」

「一緒にいじめてた側だったの」


数秒後、葵が言った。


「あなたの目、助けてって言ってた」


「うまく説明できないけど…

 昔の自分を見てるみたいだった」


美咲は何も言わなかった。


ヒナが静かに言った。


「子供のころの、あの時みたいだね…」


葵は小さくうなずいた。


美咲はつぶやいた。


「でもあなたたちは人を傷つけてないでしょ…」

「私は、ちゃんと償わないと」


ミオは腕を組んだ。


「こんな風にいじめられても、何も解決しないよ」


葵は少し首を傾けた。


「私たちと、話してみる?」


しばらく沈黙。


そして美咲が聞いた。


「どうして…そこまでしてくれるの?」


涙が一滴落ちた。


ヒナが答えた。


「最初に動いたのは葵ちゃん」

「私たちは後から来ただけ」


美咲は葵を見た。


そして、固まった。


葵の目は――

深く、空っぽで、少しだけ死んでいるように見えた。


「さ、坂本…?」


葵はゆっくり近づいた。


「これから、どうするの?」


美咲は涙を拭いた。


「分からない…」

「あの子たち、絶対仕返ししてくる」


ヒナは腕を組んだ。


「それは最初から分かってた」


ミオは少し笑った。


「護身術なら任せて」


葵はうなずいた。


「まあ…それは後で考えよう」


そして美咲をまっすぐ見た。


「でも、もっと大事なことを聞きたい」


美咲は眉をひそめた。


「もっと大事なこと?」


葵は落ち着いて言った。


「うん。今、急に思いついた」


美咲は少し緊張した。


そして――


葵は言った。


「私たちのパーティーのヒーラーにならない?」


沈黙。


ヒナは目を見開いた。

ミオは顔を手で覆った。

美咲は瞬きをした。


「……は?」


そして数分後、トイレの空気はすっかり軽くなっていた。


「ヒーラー?」と美咲が言った。

「なんかRPGみたい」


ヒナの目が一瞬で輝いた。


「そう!RPG!ゲームやるの?!」


美咲は少し考えた。


「お兄ちゃんがやってるの見てた…

 少しだけやったことある」


ヒナは満面の笑みになった。


「私たち Eternal Aegis Online やってるの!

 パーティーあるけど、ヒーラーがいなくて!」


美咲はため息をついた。


「なんで急にゲームの話になってるの…」


ミオは時計を見た。


「ここにいすぎた。あと15分しかない」


三人同時にミオを見た。


その瞬間――


葵が目を見開いた。


「お弁当、机の上に置きっぱなしだ!」


「私はあんぱん買わなきゃ!」とヒナ。


ミオはまたため息。


葵はもう一度美咲を見た。


「もう大丈夫そう…だよね?」


美咲は数秒葵を見ていた。


そして深呼吸して言った。


「…なりたい」


「そのヒーラー」


葵の顔がぱっと明るくなった。


「本当に?!」


四人は一緒にトイレを出た。


葵が言った。


「私が殴られてるの見てたのに、助けてくれなかったね?」


ヒナは冷や汗をかいた。


ミオが言った。


「助けようとはしたよ。でもヒナが証拠集めるって…」


ヒナはすぐに頭を下げた。


「ごめん葵ちゃん!もう二度とあの子たちが――」


葵は途中で言った。


「いいよ。でも次はちゃんと助けてね?」


ミオはため息をついた。


「次なんてないからね、葵ちゃん」


葵は少しだけ笑った。


教室に戻ると、廊下で蒼真が待っていた。


「大丈夫だった?心配してた!」


葵は優しく笑った。


「ヒーラーが見つかったよ」


蒼真は瞬きをした。


「ヒーラー?」


「美咲」


蒼真は教室の中を見て、また葵を見た。


「…すごいな」

「坂本って、本当にすごい」


葵は慌てて手を振った。


「ち、違うよ!」

「私もなんであんなこと聞いたか分からない」


蒼真は少し息を吸った。


「一つ、お願いしてもいい?」


「なに?」


少し迷ってから言った。


「…葵って呼んでもいい?」


時間が少し止まったようだった。


葵の顔が赤くなる。


「だ、ダメ!じゃなくて、いい!」

「でもまだ、その…私たち…」


「まだ何?」と蒼真。


その瞬間――


教室のドアが勢いよく開いた。


花恵が少し怒った顔で立っていた。


「ここでイチャイチャしないで」

「食べてる人いるんだけど」


葵と蒼真は顔を見合わせて笑った。


そして教室に入っていった。


これでパーティーは揃った。


タンク。

戦士。

魔法使い。


そして――


ヒーラー。

これで、パーティーのメンバーがそろいました。


タンク。

戦士。

魔法使い。

そして――ヒーラー。


でも、この物語は戦う話というより、

人と人が出会って、少しずつ変わっていく話です。


美咲はこれからたくさん悩むと思います。

葵も、まだ誰にも話していないことがあります。


ここまで読んでくれて、本当にありがとうございます。

もしよければ、感想を聞かせてください。

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