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07 デッド・コピー その5

「...で?」


 雅美の一喝によって「ワザップ!」が鎮圧された直後、彼女はまだ少し肩を揺らしながら、鋭い視線で博彦を射抜いた。物語の続き——ドロードの復讐劇の結末を、一秒でも早く欲している。


「落ち着いてよ雅美。今僕が話しているのはあくまで『案』だから、途中の潜入プロセスは一旦置いておいて、一気にクライマックスのシーンを話すよ。いいかな?」

「ええ、いいわよ。」


 博彦は満足げに頷き、スマートフォンの画面をスワイプした。


 冷徹な金属音と、重厚な電子音が響くタルタージア軍本拠地の最深部。

 重厚な扉を蹴破り、ドロードはついにその男と対峙した。玉座に似た指揮官用チェアに座る、自分と全く同じ形、全く同じ顔をした男——エドワード・ジフリートと。


「...何者だ、貴様は」


 エドワードが眉をひそめ、椅子から立ち上がった。鏡を見ているかのような光景に、流石の独裁者も困惑を隠せない。

 ドロードは失われた左腕の代わりに装着した機械の義手を握り締め、憎悪の籠もった声で恫喝した。


「...それを知るためにここに来た。お前の犠牲にならなかった最初の男だ!」


 エドワードの目がカッと開く。


「貴様のたくらみは全てバレている。IESの力で罪のない人間を『材料』に変え、記憶を弄び、使い捨ててきた罪をな...今すぐIESを返せ。そして、俺の本当の正体を教えろ!」


 エドワードは一瞬の沈黙の後、蛇のような笑みを浮かべた。


「まあ待て。交渉といこうじゃないか、デッド・コピー(死んだ写本)よ。お前の望む『元の人生』以上の地位を約束しよう。二人でこの国を——」

「黙れ! 貴様の口から出る言葉は、全てが汚らわしい偽物だ!」


 ドロードは叫び、エドワードに襲いかかった。


 激しい交戦が始まった。

 同じ記憶を持ち、同じ剣技を叩き込まれた二人。その戦闘力は完全に拮抗していた。火花が散り、壁が砕ける。勝負がつかないまま膠着状態に陥ったその時、ドロードの無線機にターオの声が響いた。


「...ドロード、聞こえるか。勝負がつかないだろう? 同じ能力、同じ肉体なのだから当然だ。それを見越して、私はこれを用意した」

「...何っ?」


 直後、ドロードの軍服の襟元に仕込まれていた小型デバイスが、音もなく破裂した。

 シュウッ、という微かな音と共に、透明な睡眠ガスが室内を満たしていく。


「が...な...んだ、これは...」


 エドワードが喉を押さえ、よろめいた。ガスを吸い込んだ彼の意識は急速に混濁し、その場に膝をつく。一方のドロードは、事前にターオから渡されていたガス無効化の注射を打っていたため、意識は明晰なままだった。


 勝機は来た。

 ドロードは倒れ込んだエドワードを引きずり、部屋の奥にあるIESの施術ベッドへと運ぼうとした。記憶の奥底に眠る「本来の自分」を抽出するために。


 しかし、途中でエドワードは目を覚ました。彼は這いずるようにしてベッドから逃れようとする。その無様な姿に、ドロードは冷徹な決断を下した。


「...もういい。ここで終わらせてやる」


 ドロードはエドワードの胸元に跨り、その首筋に鋭い短剣を突き立てようとした。


「お前にトドメを刺して、その後ゆっくり記憶を調べればいい。死後もしばらくは脳からデータが読み取れることは聞いている」


 ドロードは渾身の力を込め、刃を振り下ろそうとした。


 ——だが、動かない。


「...な...!? なぜだ!」


 腕が、指が、まるで見えない鉄の枷で固定されたかのように硬直し、一ミリも動かなくなったのだ。


「...くっ、くふふ...ははははっ!」


 首元に刃を突きつけられたまま、エドワードが下卑た笑い声を上げた。


「いざという時の『保険』が役に立ったな、ゴミ屑め。私がIESでお前の記憶を操作した時、絶対に抗えない命令プログラムを植え付けておいたのだよ。『自分と同じ肉体、同じ容姿を持つ人間は、決して殺せない』という強烈な深層心理のロックをな!」


「そんな...! ここまで来て...!」


 ドロードは歯を食いしばり、動かなくなった右腕に左手の義手を添えて無理やり押し込もうとした。だが、脳そのものが筋肉の駆動を拒絶している。エドワードという「自画像」を傷つけることは、彼の本能が許さなかった。


「最後の最後、勝ったのは俺だあああ!!」


 一瞬の隙を突き、エドワードは隠し持っていたナイフでドロードの心臓を一突きにした。


「が、はっ...」


 ドロードの体から、大量の血が溢れ出した。床を濡らす温かい鮮血の海の中で、彼は放心状態のまま、次第に光を失っていく瞳で天井を見つめた。

 そう、ドロードは死んだのだ。自らを作った「神」の手によって。


「...ドロード? 応答しろ、ドロード!」


 無線機から響くターオの悲痛な叫びも、もはや彼には届かない。

 ネアビリアの基地で、ターオは無線機の信号が途切れたのを確認し、深くうなだれた。


 ——そして、その一ヶ月後。


 ドロードの潜入に失敗し、追い詰められたターオ自身もタルタージア軍に捕縛される。彼は冷たい石造りの牢獄に投獄され、今まさに処刑の日を待つ身となっていた。


「ええええええっ!? 死んじゃったの!? 何その救いのないバッドエンド!」


 雅美が椅子を蹴らんばかりの勢いで叫んだ。


「ちょっと博彦、あんなに頑張ったドロードが最後は自分の顔を殺せないっていう罠で終わるなんて、あんまりじゃない!」

「違う違う。雅美、ここからが核心なんだよ。この話にはさらにその後、本当の結末があって...」


「ストォーップ!!」


 いきなり、雅美がテーブル越しに手を伸ばし、博彦の口を両手で鷲掴みにした。


「ブグッ?」


 博彦の口が、雅美の力によってアヒルのように変形する。


「...すごく聞きたいわよ。でも、ダメ。今の私は、まだその結末を聞いちゃいけない気がする」


 雅美は真剣な眼差しで、アヒル口になった博彦を見つめた。


「『懲役15年』の時もそうだったけど、一番美味しいところだけを案として聞いちゃうのは、もったいなさすぎるわ。これは、ちゃんと完成した時に読ませて。ドロードが真実を知ってから軍本拠地に侵入するまでの葛藤、かつての部下たちと交わした言葉、そして彼が死ぬまでに見てきた全ての景色...それらを全部体験してからじゃないと、その『核心』を味わう資格がないと思うの」

「ふぉっふぁ...(そっか...)」


 博彦は雅美に口を掴まれたまま、苦笑いするように目を細めた。彼女の手が離れると、彼は少しだけ名残惜しそうにスマートフォンの画面を消した。


「じゃあ、この作品の話はここまでにしようか。結末は、僕が最高の小説に仕上げるまで取っておくよ」

「うん。約束よ」


 博彦はスマートフォンの画面を指で叩きながら、物語の海から次なる一滴を掬い上げようとしていた。向かいに座る雅美は、冷めたカフェラテに口をつける。


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