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06 デッド・コピー その4

「それで? それで? ドロードはどうやって本物のエドワードの元に辿り着くの? 早く続きを教えてよ!」


 期待に満ちた、食い入るような催促。博彦は満足げに頷き、スマートフォンの画面を操作しようとした——その時だった。


 震えるバイブレーションと共に、博彦のスマートフォンが騒がしい着信音を奏でた。画面には「港武史」の名前。博彦と同じく、創作仲間である男からの連絡だ。


「あ、武史だ。ちょっとごめん、スピーカーにするね」


 博彦は無造作にスマートフォンをテーブルの中央に置くと、通話ボタンを押した。


「よう、ワサップ(Wassup)?」


 スピーカーから響いたのは、武史のどこか気の抜けた、それでいてテンションの高い第一声だった。

 その言葉を聞いた瞬間、博彦のスイッチが切り替わった。彼は雅美の期待に満ちた視線などどこ吹く風で、舌を出し、まるで獲物を嘗め回すかのような卑猥な動きを見せながら、喉の奥から絞り出すような声で返した。


「ワサ~~~ップ!」


 それは、かつて世界的に流行したCMのパロディ。創作の疲れを吹き飛ばす、彼らなりの儀式のようなものだ。しかし、電話の向こうの武史はそれで満足するような男ではなかった。


「ワザアアアーーップ!!」


 鼓膜を揺らすほどの大音量。それに応えるように、博彦は椅子に座りながらも、首を激しく左右に振り、目をかっぴらいて叫び返した。


「ワザアアアアーーーーップ!!!」


 二人のやり取りは、静かな深夜の店内で異様な熱量を放ち始めた。しかし、本当の悲劇——あるいは喜劇はここからだった。


「ワザアアーーップ!」


 突如、博彦のすぐ後ろの席に座っていた若い男性客が、呼応するように叫んだ。

 雅美が「えっ?」と驚く。しかし、連鎖は止まらない。


「ワザアアーーップ!!」


 今度は雅美のすぐ後ろの席に座っていた、一見真面目そうな中年男性が、拳を突き上げながら絶叫した。雅美は「ひっ」と短い悲鳴を上げ、飛沫を避けるように反射的に体をかわす。

 さらに、斜め向かいの席にいた、金髪に派手なシャツを羽織ったヤンキー風の青年が、小皿のワサビを箸でつまみながら、最高の笑顔で咆哮した。


「ワサアアーーッビ!!」


 もはや意味不明だ。しかし、店内の空気は確実に加熱していた。

 スマートフォンの向こう側からも、武史の狂ったような叫びが追い打ちをかける。


「ワザアアアアーーーーップ!!!!!」


 雅美は完全に置いてけぼりだった。

 呆れを通り越し、怪訝な顔で身を引く。目の前の男は、先ほどまでの「記憶の改ざん」や「生贄の死」といった高尚な話をしていたはずの人間とは到底思えない。


 博彦は完全に調子に乗っていた。彼は立ち上がらんばかりの勢いで口を大きく開け、阿鼻叫喚の合唱のタクトを振った。


「アーーーーーッ!」


「アーーーーーッ!」


「アーーーーーッ!」


 後ろの若者も、前のオヤジも、ワサビの兄ちゃんも、全員が嬉しそうに目を剥き、喉を枯らして叫び続ける。そこへ、偶然注文の品を運んできたウェイターまでもが、その場の空気に当てられたのか、盆を抱えたまま口を開いた。


「アーーーーーッ!!」


 ファミレスの片隅は、瞬時に正気と狂気の境界が消失した、混沌とした祭壇へと変貌した。



バンッ!!



 乾いた衝撃音が爆音の合唱を切り裂いた。

 雅美が両手のひらで、全力でテーブルを叩きつけたのだ。


 その一撃の威力に、テーブルの上のコップが小さく跳ねる。

 一瞬にして、店内を支配していた熱狂が凍りついた。


「あ、あう...」


 博彦はビクッと肩を震わせ、先ほどまでの勢いが嘘のように、気まずい表情でスマートフォンを凝視した。彼はそそくさと通話終了のボタンを押し、まるで何事もなかったかのように姿勢を正した。

 背後の若者、反対側のオヤジ、ワサビの兄ちゃんが、申し合わせたかのように表情を「無」に戻し、何食わぬ顔で自分の席に座り直して食事を再開し、そしてウェイターの男も何事もなかったかのように無表情で料理を運ぶ。


 店内に戻ってきたのは、深夜特有のまどろんだ喧騒。

 ただ一人、ムッとした表情の雅美だけが、その異常な静寂の中で博彦を睨みつけていた。


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