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05 デッド・コピー その3

「...ショックを受ける偽エドワードを前に、ターオ・キャムリー大尉は淡々と、しかし逃げ場のない真実を語り始めるんだ」


 舞台は、再びネアビリア軍事本部の無機質な医療ルーム。


「混乱するのも無理はない。いきなり自分が偽者であると言われれば、誰だって正気を疑う。だが、お前の身に何が起こったのか、順を追って説明しよう」


 ターオの穏やかな、しかし重みのある言葉に、偽エドワードは震える呼吸を整え、真剣な面持ちで耳を傾けた。


「始まりは二年前のことだ。我が国ネアビリアから、決して外部に漏れてはならない最新技術が流出した。単なる情報の漏洩ではない。装置の中枢部分、いわば心臓部にあたる回路までもが奪い去られたのだ。実行犯の足取りは消されているが、その背後で糸を引いていたのは、タルタージアの現国王...エドワード・ジフリートその人であると、我々は確信している」


「最新技術...? それが、私を作ったというのか」


「そうだ。その技術の名はIES(身体組織整形システム)。人間の骨格、筋肉、皮膚...あらゆる生体組織の形状を自由自在に作り変え、変形させることができる禁断の技術だ。それだけではない。人間の記憶さえもデータとして扱い、自由に追加し、修正し、あるいは不要な部分を削除することさえ可能にする」


「記憶を...削除...」


 偽エドワードは自分の頭を抱えた。今この脳裏に鮮明に刻まれている王都の風景も、民衆の歓声も、幼少期の厳格な教育も。それら全てが、書き換え可能な「データ」に過ぎないというのか。


「エドワードはその技術を盗み、最悪の形で実用化した。まず、彼は自分に近い体格を持つ男を一人、用意する。それが『いけにえ』だ」


 ターオの声が一段と冷たく響く。


「なぜ『いけにえ』が必要か。IESは全能ではないからだ。この技術はあくまで肉体を『変形』させるためのものであり、質量を無から増やすことも、有から減らすこともできない。質量不変の原則...つまり、一人の人間を作るためには、それと同等の質量を持つ生きた肉体が不可欠なのだよ」


 偽エドワードは自分の右手を、汚らわしいものを見るように見つめた。この腕も、この指も、かつては全く別の誰かのものだったのだ。


「エドワードは『いけにえ』の外見を、自分と寸分違わぬ姿に形成する。そして最後に行うのが、記憶の転写だ。『いけにえ』から本来の記憶を全て消し去り、自分自身のこれまで歩んできた記憶の全てをコピーする。もちろん、自身の冷酷な野心やIESの秘密といった、都合の悪い部分は除いてな」


 ターオは壁のモニターを操作し、ある映像を再生した。


「この映像をよく見ろ。これは戦地に赴く前のエドワードだ。左手首に重厚な銀色のブレスレットをしているだろう? そして、これが大爆発の後に瓦礫から生還したエドワードだ。」

「...見ての通り、ブレスレットは跡形もなく消えている」


「一体、どういうことだ?」


「エドワードは『いけにえ』に、偽りの勇気と戦略の記憶を植え付ける。その際、ブレスレットを『特別な装備』として装着させることも含めてだ。そして何も知らない『いけにえ』は、王としての誇りに突き動かされ、敵の本拠地へと単独で切り込む。エドワードはその瞬間を待っているのだ。...安全な場所から、そのブレスレットに仕込まれた爆弾を起爆させるために」


「...あ!」


 偽エドワードの脳裏に、あの兵站基地での爆音が蘇る。


「そうだ。もう分かっただろう。エドワードは罪のない人間を『消耗品』として使い捨て、自らの神格化と戦果を演出しているのだよ。お前が今こうして生きているのは、我が軍の部下が爆発の直前に、お前の左腕を切り落として起爆装置から引き離し、そのまま救出したからだ」


「ああ...ああ...!」


 偽エドワードは慟哭した。自分が誇りに思っていた軍歴も、国民を守るという志も、全ては自分を殺すための脚本の一部だった。


「エドワードはお前が生きていることなど露ほども思っていない。いつものように、一人の名もなき『いけにえ』が爆死したと確信しているはずだ。...今まで何人がこうして消えていったか、もはや数えることもできまい」


 偽エドワードは震える声で絞り出した。


「...じゃあ、俺は一体誰なんだ? 俺の本当の名前は、何だったんだ?」


「知りたいか? 奪われた人生を取り戻したいか?」


「もちろんだ! でないと死んでも、死にきれない...!」


「ならば、我々に協力しろ。幸いお前には、コピーされたエドワード自身の知識と軍部の中枢データが残っている。タルタージアの本拠地に侵入し、IESを奪還してほしい。お前自身に関する情報もIESを使ってエドワードから抽出すれば、自分が元々誰であったか、そのルーツを探し出すことはできるはずだ」


「...分かった。協力しよう。エドワードを...あの『本物』を、引きずり下ろしてやる」


「うむ。それから、本物と区別するために、仮の名前が必要だな」


 偽エドワードは少しの間沈黙し、失われた左腕の痛みとともに、新しい己の名を刻んだ。


「...ドロードと呼んでくれ。死んだ写本デッド・コピーには相応しい名だ」


 しかし、協力の誓いを立てた後も、療養を続けるドロードの心は激しい混乱の渦の中にあった。

 彼の記憶は、英雄エドワードそのものだ。これまでの人生、築き上げてきた栄光、部下たちとの絆...その全てが「偽物」であったとしても、心に刻まれた温もりまでは否定しきれない。

 タルタージアの本拠地に乗り込むことは、かつて自分を慕い、自らも愛した部下たちと銃火を交えることを意味する。エドワードが極悪人であっても、軍部の兵士たちに罪はない。

 かつての部下を殺さずに、どうやって本物を捕らえるのか。そして自分は、本当に「自分」を取り戻せるのか。

 迷いは消えない。だがドロードは、失われた人生への執着を杖に、立ち上がる。必ずIESを奪還し、このパトスの檻から抜け出すと心に誓って。


「...ちょっと、博彦。今の、設定が重すぎるわよ」


 雅美が溜息をつき、ストローの突き刺さった跡を気にしている博彦を睨みつけた。


「生贄が必要...って、それ、実質的に殺人と変わらないじゃない。しかも記憶までコピーして、死ぬ瞬間まで自分を本物だと信じ込ませるなんて、趣味が悪すぎるわ」

「はは...そう言わないでくれよ。この『記憶の入れ替え』という残酷なルールがあるからこそ、偽物のドロードが感じる絶望と、そこから這い上がろうとする意志に説得力が生まれるんだ」


 博彦は鼻を赤くしたまま、どこか誇らしげに答えた。


「それに、雅美。人間だって同じだろ? 誰かの教えや、誰かの書いた物語を自分の血肉にして生きている。僕たちの記憶だって、100%オリジナルだなんて、誰が証明できる?」

「...アンタのそういう理屈っぽいところ、嫌いじゃないわ」


 雅美は呆れ顔で冷めたコーヒーをすすった。博彦はその不評さえも楽しむように、再びスマートフォンのメモに視線を戻した。


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