04 デッド・コピー その2
エドワード——自らをそう信じている男——が意識を取り戻したとき、最初に感じたのは、視界を覆う耐え難いほどの「白」だった。
無機質な天井、鼻を突く消毒液の匂い。それと同時に、左腕に感じる重苦しい喪失感。
彼はベッドに拘束されていた。叫ぼうとしたが、喉が焼けるように熱く、声にならない。
「気がついたか」
傍らに立っていたのは、ネアビリア軍のターオ・キャムリー大尉だった。
彼は軍人らしい鋭さを持ちつつも、その眼差しはどこか穏やかで、深い憐憫の色を湛えていた。捕虜に対するそれというよりは、死を待つ病人に接するような、静かな声だった。
「我々はお前を殺すつもりはない。むしろ、助けたんだよ...あの『怪物』、本物のエドワード・ジフリートから、お前を守るためにな」
「...何を...言って...」
エドワードは脂汗を流しながら、掠れた声で問い返した。
ターオは何も答えず、壁に取り付けられたモニターのスイッチを入れた。
「これを見ろ。お前がいたはずの、あの基地だ」
画面には、先ほど彼が潜入したネアビリアの兵站基地が映し出されていた。凄まじい大爆発が起こり、瓦礫が山をなしている。絶望的な光景。だが、その猛火の中から、一人の男が悠然と歩み出てきた。
五体満足な、傷一つない姿。
誇らしげに胸を張り、カメラに向かって勝利の微笑みを向けるその男は、紛れもなくエドワード・ジフリートだった。
「...バカな...! 私はここにいる! 私は、あの基地で腕を...!」
エドワードは縛られた体で狂ったように叫んだ。
「あれは誰だ!? 偽者か!? 影武者か!?」
ターオは静かに首を振った。
「いや...あれこそが、本物のエドワードだ。人の命を塵とも思わない、この世で最も冷酷な独裁者だよ」
ターオはエドワードの目を見据え、その残酷な真実を突きつけた。
「お前はただの偽者だ。いや、本物のエドワードを『存続』させるために用意された、単なる『生贄』なのだよ。お前は、奴の身代わりとして消費される運命から逃れた、最初の個体なのだ」
「えっ、ちょっと待って。どういうこと? まさか、偽者が現れたの?」
雅美が身を乗り出した。その瞳は興奮に輝き、物語の迷宮へと完全に足を踏み入れている。
「まま、そう焦らずに。今から詳しく説明するから」
博彦は宥めるように言ったが、その視線は左手に持ったスマートフォンの画面から一瞬たりとも離れない。彼は物語の続きを確認することに没頭しており、右手で無意識にテーブルの上のメロンソーダを引き寄せた。
博彦はスマホを凝視したまま、顔を動かさずにストローを口に運ぼうとする。
しかし、しびれを切らした雅美が、「ちょっと見せてよ!」と博彦の左手首をガッと掴み、力任せに自分の方へ引き寄せた。
その勢いで、博彦の体が大きくよろめく。
次の瞬間、口元を探していたストローが、博彦の鼻の穴にブスリと突き刺さった。
「がっ! がっ! ががっ!」
予期せぬ激痛に、博彦は顔を歪ませながら悶絶した。
だが、スマホの画面に釘付けになっている雅美は、その惨劇に全く気づいていない。彼女は引き寄せた画面を食い入るように見つめながら、熱っぽく問いを重ねた。
「で、この男は結局誰なの? 偽者? 影武者?」
「はガっ! はガっ!」
博彦は鼻からストローを抜こうと必死にもがくが、雅美に左手首をがっしりと固定されているため、身動きが取れない。
「芳賀? 芳賀さん? え、何これ日本人の話なの?」
「がへえっ!!」
ついに強引に左手を振り払い、博彦は鼻からストローを救出した。
「プハッ...! 芳賀さんじゃないよ! 鼻だ、鼻!! 刺さったんだよ今!」
真っ赤になった鼻を押さえ、涙目で叫ぶ博彦。
「あ...ごめん。でもそんなことより、続き! 早く!」
雅美の催促に、博彦は溜息をつき、鼻の痛みに耐えながら再びスマホに目を落とした。




