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03 デッド・コピー その1

 深夜2時を回った店内から、騒がしかった大学生のグループが消え、ドリンクバーの機械が吐き出す低い作動音だけが目立つようになった。


「...よし。それじゃあ、次の話を聞いてくれるかな」


 博彦は手元のスマートフォンに視線を落としたまま、少し熱を帯びた声で切り出した。対面に座る雅美は、ドリンクバーのメロンソーダを一口すすり、「いいわよ、聞かせて」と短く促した。


「タイトルは、『デッド・コピー』」


 博彦の口から紡がれる物語は、近未来の光景へと塗り替えられていく。


 ヨーロッパの辺境に位置する軍事国家「タルタージア」。その国を統べる若き国王、エドワード・ジフリートは、国民にとって現人神にも等しい存在だった。


 エドワードは単なる君主ではない。彼は自ら軍服を纏い、将軍として最前線の泥にまみれて剣を振るう「戦う王」なのだ。周辺諸国との紛争が絶えない過酷な情勢下で、彼は連戦連勝の神話を築き上げていた。


 戦場を駆けるエドワードの姿は、常に劇的だった。


 敵陣にたった一人で突撃し、兵站基地や作戦本部を壊滅させる。直後に起こる大爆発。瓦礫の山と化した拠点から、五体満足で、しかし戦士の気高さを湛えて生還する彼の姿は、衛星通信やネットを通じて瞬く間に世界を駆け巡る。


「不死身の国王、エドワード...!」


 国民は熱狂し、涙を流して彼を称えた。だが、その光り輝く栄光の影で、冷ややかな違和感に苛まれている男がいた。副王サダー・イナーヴァである。


 王の傍らに常に控えるサダーにとって、近頃のエドワードの振る舞いは「守護」の域を逸脱しているように見えた。「自衛のための先制攻撃」という大義名分を掲げ、周辺国ネアビリアへの侵攻を開始したエドワードの瞳には、かつての高潔な志ではなく、どす黒い野心と傲慢さが宿っているように感じられたのだ。


(...また、あの『パターン』か)


 サダーは、戦場をモニター越しに眺めながら奥歯を噛み締めた。

 無謀な特攻、爆発、そして奇跡の生還。一度や二度なら運だろう。だが、こうも毎回「劇的な勝利」が繰り返されるのは、あまりにも話が出来すぎている。まるで、誰かが周到に書き上げた脚本をなぞっているかのような不自然さ。その疑惑を抱えながらも、国民の絶大な支持を背景に持つ王に対し、サダーは唯々諾々と従うしかなかった。


 そして今日、エドワードは隣国ネアビリアの重要拠点である兵站基地への単独潜入を敢行した。


 基地の内部は、静寂と焦げ付いたオイルの臭いに満ちていた。

 エドワードは左手首に巻かれた銀色のブレスレット——無機質な輝きを放つその装置——を時折確認しながら、暗い通路を音もなく進んでいく。彼の記憶には、この基地の構造と、爆破すべき急所の位置が完璧に刻まれているはずだった。


 だが、曲がり角に差し掛かった瞬間、運命の歯車が狂い出す。


「——そこか!」


 闇の中から現れた影。それは、ネアビリアの伏兵だった。

 不意を突かれたエドワードは、迎撃しようと剣に手をかける。しかし、敵の初動はそれを上回っていた。


 鋭い金属音が通路に響き、直後、熱い衝撃がエドワードを襲った。


「がああああああああっ!!」


 絶叫が、無機質な壁に反響する。

 床に転がったのは、自らの体の一部だった。肘から先を鮮血とともに失ったエドワードの左腕が、空しく石畳に横たわっている。

 切り落とされた衝撃と激痛に、エドワードの視界が歪む。彼は残された右腕で必死に抵抗しようとしたが、敵の追撃は容赦なかった。


 首筋に、重い打撃が叩き込まれる。

 脳を揺さぶる衝撃とともに、エドワードの意識は暗い奈落へと突き落とされた。


 自分の左腕が失われた意味も、その腕に巻かれていた「死の装置」の正体も知らぬまま、彼は物言わぬ肉塊となって、ネアビリアの兵士たちの手に落ちたのだった。


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