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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
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目蓋がピリリ②

「おかえり」


 私には家賃の負担を分け合う同居人がいて、生活を共にし始めてから数ヶ月程度だ。


「ただいま」


 私達が交わす言葉は過不足ない。必要最低限の会話でやりとりし、土台となっている友人関係が裏目になるような親しみに託けた無礼を避けた。遍く掃除の判断や、買い置きのトイレットペーパーの減り具合を見越した補充は、常に気を遣いながら恙無い同居生活を送ってきていた。つもりであった。


「お前、本当にトイレペーパー使わないよな」


 粗忽な指摘を突飛にする同居人の面持ちは、いつ冷笑に及んでもおかしくない無味乾燥たるものがあり、語気を強めた返事一つで口喧嘩の材料になりそうだ。


「そう?」


「俺が使うタイミングでいつも変えてる」


 それは不満なのか。率直な疑問なのか。判断しかねる問題だ。溜飲を下げようと謝意を表せば、心外だと立腹させるかもしれない。だからといって、同居人の便意を論って消費の早さと結びつけるのは些か差し支える。


「便秘だからかな」


 私は、上記の水回りの処遇を場当たり的な問題へと帰結させた。


「にしても、拭かないよなぁ」


 同居人は少しデリカシーに欠ける。これは生来の気質に因み、友人関係を結んだ時点で把握していた事だ。同居生活を始めてからというもの、改めてその人間性に幻滅させられた事はない。だから今は、冷蔵庫に入っている夕食を取りに行って腹を満たす事に心を動かすべきだ。


「あと、つけ爪を落とすなよ。俺が勘違いされちまう」


 背中に粟立つ皮膚の隆起は、あらゆる物事を過敏に受け取ろうと伸びるアンテナの代わりだろう。まるで獰猛な獣を飼い慣らすかのように、神妙な息遣いで私は感情を制御下に置いた。おだを上げる同居人との折り合いは、黙殺が手っ取り早く、コンビニ弁当を電子レンジで温め直しながら口笛を吹いた。「問題の先送り」との指摘は受け付けない。同居生活というのは遅かれ早かれ、冬の時代は必ずやってきて、それをどう乗り越えるかが鍵となる。


「聴いてんのかよ」


 その悪態は、私の耳に辛うじて届いた。電子レンジの可動音を過信した一触即発の独り言である。海中に吐かれた墨のようにジワリと広がる暗雲は、押し引き一つで一変する。手管を尽くして修復を試みれば、同居人との意思の疎通が求められ、今し方の機嫌を鑑みると無謀な判断だといえる。私は普段と変わらぬ振る舞いを心掛けて居間のテーブルにつく。


「実はさ、面白い事があったんだ」


 私はそう切り出して、淀んだ空気の一変を図った。


「へぇ」


 先刻のやりとりを踏まえた上での怠慢な返事は、先行きを不安にさせたが、口に出した以上は喋らざるを得ない。

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