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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
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ランチランチ ②

「すみません」


 声を張って呼びつけるほどの広さもない空間に呼び鈴は必要とせず、慎みやかに声を上げれば、この店を切り盛りする女性がごゆるりと現れた。


「俺はハンバーグとサラダ、あとはスープを」


 知人が即断即決をかまして、考える間も無く自分に注文の回してきた。同じ物を頼むのは面白みに欠け、目に付いた料理名をそぞろに頼む。


「日替わりメニューを」


 その料理の内訳について考える事は、もはや箱の中身を手探りで当てるかのような暗中模索と変わりない。だから、常連であろう知人にこそりと聴いた。


「日替わりメニュー、頼んだ事ある?」


「ないかな。ここの店の目玉は、ハンバーグだから」


 顎が外れそうだ。初めて訪れた店のお勧めを、常連と思しき知人が何も指図せずにそのままメニューを渡す了見に疑問がこんこんと湧いてくる。「評判」の店だと述懐しておきながら、もてなす腹積りはないのか。


「ハンバーグってどんな感じなんだい?」


 些か癪だが、常連の評価を訊いて、日替わりメニューへの期待を寄せたい。


「オーソドックスな、デミグラスソースのハンバーグだよ」


 大量生産とは縁のない手作りならではの殊勝な感想を聴き出すつもりでいた自分にとって、知人の飾り気のない言葉に肩透かし食らった。これでは日替わりメニューへの特大な期待は出来ず、肩身の狭さに見合った感動は味わえそうにない。


 浮ついた談笑に空気もまどろみ、夜明け前の妙なテンションが醸成された頃、皿を両手に持って女性が現れる。くらくらと揺れる湯気がデミグラスソースの香りを纏って鼻腔を湿らせた。首を伸ばして覗き込もうとする軽骨な姿勢をどうにか抑え込み、手を膝の上に置いた。


「どうぞごゆっくり、お召し上がりください」


 白を基調とした陶器は、料理が主役である事を殊更に強調し、ハンバーグがまします。付け合わせのサヤエンドウは、自家栽培ならではの取捨選択だろう。澄み切った琥珀色のスープは昼食のお供として凡そ文句の付け所がない。これらの魅力的な料理が口に運ばれて咀嚼される様を今すぐにも見てみたい。


「お先にどうぞ」


 料理に手を付けようとしない知人に食事を促す。冷めた料理は見るに耐えない。温かいうちに召し上がるのが礼儀だろう。ナイフで切り分けられるハンバーグの断面から油がつやつやと滲み出し、デミグラスソースは七色の光沢を帯びた。もはや官能的にも映る料理の輝きを、知人は何の感慨もなく口に運んでいく。さばさばと本当に腹を膨らませる事にかけて熱を注いでいるかのような、陋劣にすら思える食事風景に少しガッカリした。テーブルの上につきかけた肘を嗜めたのは、目の前に運ばれてきた日替わりメニューであった。


「本日の日替わりメニューはジビエと季節の温野菜でございます」


 拳と同じ程度の四角い肉の塊が皿の真ん中に鎮座して、南瓜とキャベツ、人参がその周囲を固めている。黒いソースを主な味付けにペースト状の緑色が点々と落とされるその色彩豊かな盛り付けに思わず唾を飲んだ。肉をナイフで割ってみると、赤みを仄かに残す焼き加減で仕上げられている。たっぷりと黒いソースを塗り付けて舌に乗せると、まろやかな酸味が唾液を刺激する。鼻を抜けるニンニクの奥ゆかしさに咀嚼もゆっくりとなり、味覚を存分に楽しむ。その間、肉は口の中で繊維が解けるようにバラバラと散会する。まるで複数の肉が寄り集まって出来ているかのようだ。


 無駄口を叩いて食事の興を削ぐ真似はせず、黙々と手を動かしていれば、料理が運ばれてくるまでに要した時間の半分で皿を綺麗にしてしまった。


「食べ終わったね」


 知人もほとんど同じタイミングで食べ終わっており、その満足した顔に自分も呼応した。領収書を見て今一度、驚かされる。レジの前でワンコインを落とすだけの手軽さは、はっきりいってコンビニを利用するより有意義であった。


「真渡」


 そう表札に書かれた苗字を名残惜しく思いながら、今日のランチを終えた。

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