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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
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ランチランチ ③

 用水路を出産場所に選んだ母さんは、産声を上げた瞬間に一体どのような面差しでいたのか。顔にシワを遺すほどの痛烈な踏ん張りは、首を締めるためにいきんだようにも思う。かながら生き長らえた生涯は、血と汗と幾ばくかの感傷で形成される。隣の芝を青く見る羨望はない。母さんの産道を通って息を吸って初めて、自己は確立され、漸くこの世界に存在できる。それでも、星屑と肩を並べる枚挙に暇がない恨み言は、まさに残光の如く瞬いて消えない。


 信号の付いた道路を渡るのにも常に命を落とす危機感があった。ヘッドホンと携帯電話を片手に街中を歩き回る人間を見ると、自分とは違う種類の生態だと実感する。しかしこれほど命への執着がありながら、角材で頭を振り抜かれる事が予期できなかったのは痛恨であった。麻痺を起こした頭が視界を歪ませ、地面を拠り所に横たわる。痛みはなかった。手足が離れ離れになり、達磨のように転がった頭が自分の身体を見つめる時、初めて現実感が伴い、生と死を分ける確かな事物へ形を成した。


 遊具を介した遊びは歳を重ねただけ錆びていく。ドラマや映画、アニメや漫画。多岐に渡る趣向からすれば、遊具など取るに足らず、錆び付いて当然なのだ。学校の屋上で晴天を眺める二人の生徒にとっても、それは変わらないだろう。手持ち無沙汰を紛らわす事すら放棄して、ひとえに惰眠をむさぼる。波にさらわれる白い砂を眺めるかのように雲の行方を追った。


「最近、見なくなったよなぁー。猫」


 吹き抜ける風と共に、一人が出し抜けに言った。


「そうか?」


「ちょっと前は、放し飼いの猫やら野良猫が道路を横切るのをよく見たんだけど。最近はめっきり」


 その憂いが小さき隣人をこよなく愛する者の台詞だとするならば、全身全霊をもって唾棄したい。


「猫も季節モノになったか」


 二人は顔を見合わせると、冗談めかして笑った。窓が空いた階下の教室から、学生の本分である授業への参加を促すチャイムが聞こえてくる。憂鬱な気分に裏打ちされる、二つの嘆息が開放的な屋上の景色へ紛れて消えた。


「うちで最近、日替わりメニューが始まったんだ。食べにこないか? 料金も良心的だし」


「いいね。今度の日曜日に行かせて貰おうかな。真渡の家」

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