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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
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逆恨み①

 火事を想定した避難訓練は毎年のように行われてきたが、誰もが上の空で億劫に思っていた。事前に渡された台本を読み上げる一人の女子生徒の声が、教室に備え付けられたスピーカーから聞こえてくる。決まり切った校内放送のタイミングを見計らい、憮然と閉口していた教師の姿を見ていたクラスメイトは、避難訓練の前兆を感じ取っていた。


「一階の理科室から出火が……」


 校内で火の手が上がる場所としては適切な場所だろう。しかし、我々は一様に荒唐無稽な出来事だとし、惰眠を食むように欠伸がそこらじゅうで散見された。緊迫感の欠片もない弛緩した教室の雰囲気について、教師は厳格に振る舞うことはしない。それどころか、生徒の態度に阿るように嘆息を吐き捨てて、気怠そうに言うのである。


「はい。廊下に出て、グラウンドに行こう」


 訓練の意味を成さない教師の怠慢な声掛けに、ポツリポツリとにわか雨が降り出すように席から立ち上がる。そして、各々は午前中に溜まった疲労を慮り、身体の曲げ伸ばしに時間を掛けた。廊下にごった返す人の気配を感じ取り、マンネリとした押し合いによる諍いを避ける為に、教室で足踏みを繰り返す。これは余計な体力の消耗を避けようと試みる、合理的に下された判断ではあったが、避難訓練の趣向から著しく逸脱した、認識の齟齬というものを指摘せざるを得ない。だからといって、火事による焦燥や混乱を実際に再現しようと考えれば、監督からの演技指導が必須となり、状況を踏襲する真似は凡そ不可能だろう。


 つまり避難訓練とは、中身が伴わない団体行動に落ち着くのは至極当然なのである。教師もまた、それを咎めるようなことはしない。何年にも渡って勤続する職場で、大それた事件事故が起きるとは一切、思っていないのだ。その体裁は教師の名を冠した怠惰な大人の姿であり、敬意を払うべき対象には入らない。こうなると、親近感という名の舐め腐った態度を互いに交換し、後年になって悪し様に扱うのが常だ。


 澄み切った青空の下で鼻白む生徒の群衆は、避難訓練に紐付いて行われる注意喚起の言葉を取るに足らない与太話として聞き流す。生徒の見本になるべき教師ですら、腕に巻いた時計の針の進みに目を落とし、避難訓練が徒労に終わると信じて止まない。実際に学校で失火が起きるとすれば、煙草の不始末などの素行が疑われる反社会的な思想に基づく人間が欠かせないだろう。しかし、この学校に於いて、それに類する人間はいないように思え、黒い煙を学校で見ることは極めて異例な出来事になる。それこそ、未曾有の地震によって引き起こされるような、災害に因んだ寓合なる確率を求めるべきだろう。

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