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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
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逆恨み②

 よって、廊下でのボヤ騒ぎは目を白黒させて当然であり、直立不動で事の成り行きを眺める他なかった。学校が買い付けた特筆して語るところがない、鞄の無難な配色と形に対して、耳目の中心となって固唾を飲むことは、逢瀬を重ねる両親の語らいを見つけてしまったのようなバツの悪さを想起させる。枝が弾ける音を鞄の中に聞けば、眉間にシワを寄せて注視を誘われた。


「……」


 決して、対岸の火事を気取っている訳ではない。それでも、皆一様に声を失念したかのようにしずしずと様子を窺い、息を飲むより思慮の浅い引っ掻くような好奇心から、どのようにして事態が進んでいくかを見届けようとしていた。そんな無言の期待に応えるようにして、鞄から黒い煙が上がり始める。そうなれば、我関せずを貫き通すには物騒すぎた。一歩、また一歩とジリジリと後ろへ下がって、鞄との距離を空けていく。先刻までの弛緩した空気は鳴りを潜め、這い寄るような緊迫感がその場を支配し始める。だが、堰を切ったような混乱が生じるまでには至らず、事の如何を出来るだけ観測していたいという物見高い感情が足を引っ張り、無闇矢鱈に逃げ出すといった選択を取る生徒は誰一人いなかった。


 この感覚を取り付く島もなく否定し、悪罵を浴びせる気にはなれない。人間が元来に備える好奇心は、決して切り離すことは出来ない性に位置付けられており、歴史的観点からもそれは否定しようがない事実なのだ。


「ゴク」


 生唾を飲み込んで、そう遠くない未来に訪れるであろう、鞄の惨事を判然としない頭の中でとりとめもなく想像する。いずれも曖昧模糊とした光景が築き上げられて、筆舌を尽くして表現するには、眼前にて進行している物事を随意に見届ける必要があった。例年の避難訓練で育まれたのは、徒労に終わると見越す根拠のない自信であり、有事に際してただの役に立たない。有象無象の見物人が静観を決め込んでいると、とりわけ早く動く人影があった。


「そこ退いて!」


 恐れや迷いをまるで知らない勇敢な言葉と声色が、浅薄な群衆を掻き分けて現れる。目の前のボヤ騒ぎに対して、正しく状況を把捉する冷静さと、実際に行動に移す判断力は他に類を見ない。ましてや、一生に一度、持つ機会が訪れるか分からない消化器を持って颯爽と登場することはなかなかに稀有だ。本来なら、手間取って当然の消化器の扱いをその男は弁えていた。淀みなく安全ピンを外し、左手でしっかりと保持する。そして、管を通って噴射される消化剤の確保に右手をあやなし、ノズルの狙いを正確に定めた。

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