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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
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負け知らずのコンビニ店員⑥

 情けない声を発しながらも、意固地な利き手の踏ん張りは、田中との綱引きめいた遊びに興じた。男の身体は今、複雑怪奇に入り組んだ心模様に支配されており、右を見れば左に魔が差すような優柔不断さが顔を見せていた。しかしながら、この綱引きの終尾には必ず、手痛いしっぺ返しがあると考えた男は、金属バットを強く握り込んだ手を花開かせた。


 強盗に際して懐刀のように思っていた金属バットを自らから手放す行為は、改心とさほど変わらず、土台となるはずの意思の薄弱さに男はえらく驚いた顔をし、著しく乖離した心と体によって生じる矛盾した行動の是非について、独り向き合った。間も無く、手持ち無沙汰になった両手をまんじりと見やれば、途方に暮れた人間の拠り所のなさが露呈する。


「終わりですか?」


 水先案内人を求めるような遠い目をする男は、強盗という名目からは遼遠な関係に位置し、精神分裂を疑いかねない。戦意が尽く剥落した人間に対して行う、糾弾や叱責などの強い主張は暖簾に腕押しに近い手応えのなさを覚えるだろう。田中もそれに気付いており、悪し様に誹るような真似はしない。無言でポケットに手を入れると、携帯端末を取り出した。公的機関に頼るのは、最も合理的でこの場を恙無く収める為の有用な手段になる。


「……」


 期せずして、サイレンの音が跳梁した。名もなき悪事を追い回す赤色灯を店の外に見ようとしたが、郊外特有の広々とした駐車場の先にある道路を挟んで尚、覗き見るような真似は出来なかった。言うまでもなく、コンビニエンスストアで未然に防がれた強盗とは凡そ関係がない。だが、危機迫った男からすれば、それを聞き分けるほどの余裕はなく、脱兎の如き早さで自動ドアに向かって走り出す。田中はその背中を捕まえて、警察に引き渡そうとする気概はなかった。二度目の訪問の機会を奪うべく、ゆっくりとその後を追いかけつつ、自動ドアが開いて閉じるまでの短い間に男の背中に呪詛さながらの凝視を見舞った。


 嵐が過ぎ去った後のような森閑としたコンビニエンスストアに、作曲者不明の賑やかな音楽が満ち始め、来し方の日常が何食わぬ顔で戻ってきた。時が止まっていたとしか思えない変化の振り幅は、バックヤードの扉が開くことで顕在化する。不潔さを帯びた白髪混じりの頭に、深いシワが刻まれた中年男は、おずおずと店内を見渡す。


「お疲れ様です」


 見てもいない仕事の労をねぎらい、阿るように振る舞ったのは、中年男がこの店の店長として従事しているからだ。そして、手に持った金属バットを疚く思い、言下に背中へ隠した。中年男の目の動きから察するに、田中の不審な動きを確実に捉えたようだ。目元の鼻筋を人差し指と親指で挟み込んでさすり、革靴の硬質な足音を鳴らしながら、田中の目の前に立ち塞がる。そして、言い渡すのである。


「キミ、クビね」

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