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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
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平成二十年、三月五日に起きた焼身自殺について④

 各局が一斉に報道を始めるほどの特筆した事件ではないように思うだろう。だがしかし、もう少し踏み込んだ内容をニュースキャスターが口にし始めると、傾聴に相応しい陰惨な事件の背景が形を成して立ち現れる。


 これは、人の悪意が伝播し、肥大化した末の

起こるべくして起きた惨劇だと一纏めにしてはあまりに理不尽だ。あくまでも、木の葉が目の前を横切るような、偶然に満ちたものであり、だからこそ腑に落ちるといった咀嚼から程遠く、口惜しい。日が落ちる時間が殊更に早い季節は、冷たい夜風が早々に町中を跋扈し、帰路を進む背中に蹴りを入れる。寒々と肩をさすって後部座席に転がり込むことはよく見る光景で、タクシーの運転手が路肩に停車すると間もなく、ドアを開けて客を迎える準備に入った。


「お客さん、何処まで」


 丁寧な接客は久遠の昔に立ち消え、ろくに振り返ることもしないまま、杓子定規な言葉を投げやりに口ずさんだ。だが、直ぐに異変に気付く。ドアを開いた後部座席から、冷たい夜風が吹き込むばかりで一向に乗り込む気配がないのだ。歩道で手を上げる客の姿を見るや否や、ハンドルをあやなしてブレーキを掛けた。一連の行動に疑いの余地はない。しかし何故かな。車体が客を乗せたことによる傾きを催さないまま、十秒、二十秒と時が過ぎていき、終ぞ客の影法師すら拝めなかった。


「……」


 眠気を気にしてタクシーの運転手は目を擦り、ポケットに入れていたガムを口の中に放った。目頭を抑えつつ、後部座席のドアを閉めると、発進の為にサイドミラーで後続に車がいないかを確かめる。ハンドルを握り直し、アクセルを踏もうと右足を操ろうとした矢先、この世のものとは思えぬ、機械を通して発せられたかのような砂混じりの雑多な声色が、背にする後部座席から聞こえてきた。


「、すけて、」


 意味などを汲み取ろうとするに些か不明瞭なその声は、蝋を浴びせられたかのように運転手は凝然と固まってしまった。バックミラーで現状を確認するような余暇すら生まれず、人間を物ともしない野生動物と鉢合わせたのと変わらない祈りにも似た受け身に徹する。ただし、それはあまり褒められた選択ではなかった。何故なら、無防備に背後を晒し続けた結果、鉄板の上で肉が焼け焦げているかのような異臭が鼻をつき、吐息らしものが耳にかかる。運転手は息すら忘れて、頭は著しく鈍化した。それでも、以下の言葉はハッキリと認識できた。


「、た。助けて」

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