壁際の彼女(SIDEアーネスト) 3
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「え? アシュリー嬢がクリストファー殿下を⁉」
「しーっ! 声が大きい!」
締め切った王太子の執務室。
そこに集められたアルバートと、ヴィンス・マクレラン、セオ・ハントフォードの仲良し三人組(国王陛下に言わせたら「うちの息子の悪友」ともいう)は、ローレンス王太子から信じられない話を聞いた。
一月ほど前に、静養中だった王太子妃カロライナが何者かに毒を盛られて殺害された。
それを知った時のローレンスの取り乱しようと言ったらすごく、今すぐに犯人と目されるオグレイディ侯爵とその一派を捕らえて処刑してやると息巻く彼をなだめ、ようやく少し落ち着いてきた頃の事だった。
妻が殺害されたと同時に息子も誘拐されたことを知ったローレンスは、血眼になってその行方を捜していた。
そして見つけたという。
その、ローレンスの一人息子であるクリストファーを保護し、今日まで面倒を見ていたいうのが、なんと、アシュリー・ドールだったのだ。
「いったい何がどうなってそんなことになっているんですか?」
「私もすべて聞いたわけではないが、知っていることは説明するからまずは聞け」
二年前にアシュリーに恋に落ちたアルバートだが、その想いはまだ現在進行形である。
どうやらセオたちが言うように、アルバートは父に似て粘着質なタイプだったらしい。一度好きになった女性をそう簡単に忘れられるはずもなく――むしろ、アシュリーについて調べれば調べるほどに恋心が募った。
彼女が行くかもしれないと聞いたパーティーに参加し、遠目から憂い顔の彼女の姿を見つめていたのも一度や二度ではない。
華やかな場に地味なドレスを纏って現れる彼女は、日に日に美しく成長していくが、表情は二年前のそれ……いや、それ以上に、憂鬱そうな顔をしていた。
社交シーズンが終わってからは彼女を見かける機会はなかったが、だからこそ、想像ばかり膨らんで毎日心配で仕方がなかった。
きっと彼女は、実家で悲しい思いをしているのだ。
アーロン・ハンクスはやはり凡庸で無能な男である。
どうして悲しい思いをしているアシュリーを、助けてあげないのだ。
自分が婚約者ならすぐにでも飛んで行って、彼女を実家から救い出すのに。
想像の中でアーロン・ハンクスを殴りつけていたからだろう。
ローレンスが心配そうな顔になって、セオに「念のため部屋の鍵をかけておいてくれ。話しを聞いたこいつが飛び出していかないように」と失礼な事を言っていた。
いくら何でも仕事を放り出して恋した女性の元に駆けつけるようなことはしない――はずだ。ちょっと自信がないけれど。
「いいか、心を落ち着けて聞けよ?」
ローレンスがそう前置きをして口にしたアシュリーの現状。
それを聞いた瞬間、目の前が怒りで真っ赤に染まった。
「ふざけやがって! ぶん殴って来るっ!」
「ほら見ろこうなった! お前は普段冷静なのに、ぷつんと切れた時の落差がひどすぎる! まだ最後まで話してない! とにかく聞け!」
セオとヴィンスが慌てて扉の前に立って通せんぼをした。
ローレンスが「落ち着け」と腕を引っ張るが、これが落ち着いていられるだろうか?
アシュリーが、ドール子爵家から縁を切られたらしい。
さらに、アシュリーの婚約者だったアーロンは、アシュリーとの婚約を解消してその義妹のダフニーと婚約を結び直すそうだ。
つまり、アシュリーはあの家から追い出されたのだ。そんなひどいことがあるだろうか?
「よく聞け! アシュリーに会って来たが、どうやら本人も望んでの縁切りだったらしい! というか本人が望んで縁を切ったんだ! わかったら落ち着け!」
「……どういうことですか?」
「詳しく説明するとお前がブチ切れそうだが仕方ない。いいか? アシュリーの婚約者であるアーロンは、アシュリーがいるにもかかわらずダフニーと関係を持った。婚約者の入れ替えは、その事実を隠すためのものではないかと思うが、ここは定かではないし、どうだっていい。重要なのは、アシュリーが実家にも婚約者にも愛想をつかして自らの意志で出て行くことにした点だ。さらにさらに聞いて驚け? 彼女はなんと、ランク五の製石師スキル持ちだった。我が国の宝だ」
「ランク五の製石師スキル持ち⁉」
セオが声をひっくり返したが、アルバートにとってそのあたりはどうでもいい。
確かにすごいが、アルバートに重要なのは、アシュリーが自らの意志で家を出て行ったという一点のみだ。つまり彼女は追い出されたのではなく、自分から縁を切ったということである。
それでも傷ついていないわけではないと思うが、追い出されたよりはましだった。
ついでに言えば、自分から出て行ったのだから、元婚約者にも実家にも何の未練もないだろう。
「……婚約を解消したんですね?」
「なあアルバート。お前がアシュリーのことが気になるのはわかるんだが、それよりも我が息子が無事だったことをもっと喜んでくれないだろうか」
「え? ああ! そうでした!」
「そうでしたって……まあいいけど。無事だったし」
ローレンスがちょっと切なそうな顔で笑う。
アルバートも、クリストファーのことを心配していなかったわけではないのだ。無事だと聞いて心の底から喜んでいる。
ただ……ずっと好きだった人の現状を前に、他のことが頭から抜け落ちてしまっただけで。
「すみません。ちっと他のことが目に入らなく……」
「ああそうだな。とにかく、クリストファーは無事で、現在アシュリーのところだ。現状を考えた結果、このままアシュリーの元に預けておくのが一番安全だと判断した」
するとセオが顔をしかめた。
「城に戻すのは危険なのはわかるが、武術の心得もない女性の元に預けておくのも危険だろう。もし勘付かれたら……」
「それについては、アルバート。お前の第二騎士団から女性騎士を数名派遣してくれ。信用のおけるものをな。護衛につかせる」
「それだけでは心配です」
「そうかもしれないが、いきなり大勢で押しかけるわけにもいかないだろう。あと、アシュリーが暮らす家にはいろいろ魔道具があってな。かなり守られているから大丈夫だと思うぞ」
「そうなんですか? 一人暮らしの家ですよね?」
「言っただろう。ランク五の製石師スキル持ちだと。ここのところ国に最高品質の魔石がいくつか納品されたが、その出所がアシュリーだ。たぶん相当な額を稼いでいる。その金で魔道具を買いあさったのだろう」
それにしても、いくら一人暮らしとはいえ、ローレンスが安心するだけの魔道具を揃えているというのは驚きだ。アシュリーはかなり警戒心の強い女性かもしれない。
「折を見て、お前たちを紹介する時間を作るから少し待て。……アシュリーには、ちょっと頼みたいこともあるしな」
アルバートは思わずセオとヴィンスと顔を見合わせた。
ローレンスの頼みたいことというのは想像に難くない。
ランク五の製石師スキル持ち。
アルバートは聞き流したが、ローレンスにとってそれは喉から手が出るほど欲しい存在だろう。
我が国にも他に二人ほど存在は確認されているが、一人は高齢で一人は引きこもり。
魔石ギルドでも手を焼くような相手を、王太子に近づけるわけにはいかない。
だが、アシュリーは違う。
クリストファーを預けているという点でも、ローレンスは彼女に信頼を寄せているのだろう。
このままうまく悪だくみの仲間――否、国のために有益な魔道具を研究しようという崇高な目的に巻き込もうと考えているに違いない。
アルバートは少しだけアシュリーが気の毒になったが、ローレンスが巻き込めばもれなく会える時間が増える。
アルバートははやる気持ちを押さえて頷いた。
「早く紹介してくださいね」
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