壁際の彼女(SIDEアーネスト) 2
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アシュリーに、婚約者がいた。
名前はアーロン・ハンクス。ハンクス伯爵令息だ。
正直に言おう。アーロン・ハンクスという男は、正直非常にパッとしない男である。
黒髪にヘーゼル色の瞳で中肉中背。
特出して優れたところがあるわけでもなく、どちらかと言えば運動音痴で馬にも乗れない。
もちろん剣も握れないし、スキル持ちでもない。
将来はハンクス伯爵家を継ぐのだろうが、意思が弱く、領主としての才能はおそらく弟の方があるだろう。
なんでこんな男が女神のようなアシュリーと、と叫ばずにはいられないような、本当に凡庸すぎるほど凡庸な男だった。
「……お前、ちょっと怖いよ」
十日でアシュリーの婚約者のことを調べ上げたアルバートに、セオがあきれ顔で言う。
ローレンス王太子も引きつった顔で、
「ここのところ何か調べているようだとは思ったが、惚れた女性の婚約者の身辺調査をしていたのか……」
と言って息を吐いた。
「アーロン・ハンクスはアシュリー嬢にふさわしくないと思います。ですよね殿下」
「そんなの知らんよ。そもそも、アーロン・ハンクス自体知らないからな。……伯爵家の嫡男だしどこかで会ったことはあるんだろうけど、記憶にない」
「それですよ! 会っても記憶に残らないほどパッとしない男なんです!」
「だとしても、親が決めた婚約だ。どうしようもないだろう。傷が浅いうちに諦めた方がいい」
ローレンス王太子はそういうが、アルバートにとってはじめての恋である。傷が浅いどころか、婚約者がいると知った時点でナイフで胸を刺されたくらいに傷ついた。なので、今更だ。
「ハンクス伯爵家より我がシンクレア伯爵家の方が家格は上です。……強引に」
「やめろ。絶対やめろ。そんなことをしてアシュリー嬢がアーロンが好きだったら目も当てられないことになる」
「……うっ」
アシュリーが、アーロンを好いているなんて冗談でも聞きたくない。
とっさに耳を塞いだアルバートに、セオがやれやれと首を振った。
「お前が女性に目を向けたのはよかったが、相手が悪かったな。今度はフリーの女性に恋をすることだ」
そんな都合よくいくか。
そもそもアルバートはまだアシュリーを諦めたわけではない。
「セオ様、アーロン・ハンクスの弱みとか知りませんか?」
「お前、意外としつこいタイプだったんだな。女に興味がなさそうな顔をして、実は粘着質だろう。父親のようにならないとか言いつつ、奥さんにべったりな親父さんにそっくりじゃないか」
「やめてください、父上ほどひどくないです」
「いや、すでに大概だぞお前」
セオとローレンス王太子は、何とかしてアシュリーとアーロンを別れさせられないかと悩みはじめたアルバートに、頭が痛そうに揃ってこめかみを押さえた。
「どうする、セオ」
「アシュリー嬢が結婚でもすればさすがに諦めるんじゃないか?」
「アシュリー嬢は十六歳だ。結婚は……さて、一年先か二年先か」
二人が揃ってため息を吐き出したことを。アルバートは知らない。
このときアルバートは、いかにしてアシュリーをアーロンの魔の手から救い出すのかと、まるで物語のヒーローのようなことを考えていて、隣で囁かれる会話など耳に入っていなかったからだ。
結果として、妙案などまるで浮かばず、苦肉の策として父親に「アシュリー・ドール子爵令嬢と結婚したい」と頼み込み「人様のものに手を出すな」と怒られて――月日だけが過ぎていく。
そろそろアシュリーも結婚かと、アルバートが死にたい気分になった時だった。
ローレンス王太子から、信じられない話を聞いた。
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