子供拾いました 1
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凍り付いた顔で黙り込むお父様とお兄様を無視して、わたしはダイニングから立ち去ると自分の部屋に向かった。
実は、すでに荷物はまとめてある。
お父様から婚約の白紙撤回の話が出なくても、わたしはアーロンと結婚するつもりはなかった。浮気するような男と結婚するなんて冗談じゃないものね。
だからお父様から切り出されなくても、折を見て相談するつもりでいたのよ。そこでわたしではなくダフニーを庇うようなら、その瞬間に見切りをつけて出て行こうと思っていたの。だから荷物は準備済み。
縁を切ってほしいというわたしの要望を飲まなければ、ドール子爵家の醜聞が新聞社にリークされる。ベリンダと再婚すると同時にわたしのことなんてどうでもよくなったお父様のことだ。わたしと縁を切る方を選ぶだろう。
トランク一個分にまとめた荷物を抱えて部屋を出ようとしたら、廊下からバタバタと大きな足音が響いてきた。
わたしが扉を開ける前に、バタン、と大きな音を立てて扉が開く。
「アシュリー‼」
そこにいたのは、怒りで顔を真っ赤に染めたチャールズお兄様だった。
「なんでしょうか、ドール伯爵子息様」
「そのような当てつけはやめろ!」
「当てつけではありません。縁を切るのですから、その瞬間お兄様とは他人です。もうお兄様とは呼べませんから。ああ。ドール伯爵令息ではなくチャールズ様とお呼びした方がよかったですか?」
実の兄のファーストネームを様付けて呼ぶのは抵抗があるが、まあ、他人だと思えばすぐに慣れるかしらね。
「ふざけるなっ! 縁を切ると言った覚えはない!」
「でしたら、ダフニーの浮気を新聞社に連絡しますね。ああ。わたしを閉じ込めても無駄ですよ。すでに手は打ってあるのです。わたしが三日連絡をしなければ新聞社にリークするように、人に頼んでありますから」
お兄様がひゅっと息を呑む。
どうやらわたしを部屋に閉じ込めて事なきを得ようと考えていたのかしら。甘いわね。
「ダフニーがわたしの婚約者と浮気を繰り返していたなんて知られたらドール子爵家は笑いものですわね。それも、わたしと婚約を解消させてダフニーと婚約させるというのですから。我が家だけではなくハンクス伯爵家も笑いものにされることでしょう」
「お前――」
お兄様が片手を振り上げた。
わたしはとっさに右手を軽く上げる。
バチッと音がしてお兄様の手がはじかれた。
「な……っ」
「残念、チャールズ様。わたしが何の準備もしていないと思いました?」
わたしの手にあるのは魔石だ。結界の術式が彫り込んであるものである。
わたしはその魔石を見せびらかした後で、ポケットから二個目、三個目の魔石を取り出した。
二個目と三個目は攻撃用の術式が組み込まれた魔石である。
「どうしてお前が魔石を持っている⁉」
魔石は非常に高価なものだ。
何故なら魔石は「製石師」というスキル持ちでなければ作れないものである。そしてこのスキルを持つものは、千人に一人生まれるかどうか。
しかもスキルには五段階のランクがある。
ランク一では、小さなクズ魔石を生成するのが関の山。
それなりに使える魔石はランク三以上の者でなければ作れない。
そしてわたしの手にある大きくて純度の高い魔石は、ランク五の者しか作れない。
製石師スキルのランク五のスキル持ちは、十万人に一人生まれるか否かというほど珍しく、ゆえにこのレベルの魔石はとんでもなく効果なのだ。
ほとんどお小遣いを渡していなかったわたしが買えるはずがないと思っているのだろう。
……おあいにく様。わたしには入手する方法があるのよ。
「どいてくださいます? それとも、こちらの魔石の威力を試してみましょうか? こっちは火の攻撃魔術が付与されているので、火事の危険性もありますけども……まあ、わたしには関係のないことですわね。手を上げたのはチャールズ様が先ですから、正当防衛とやつですもの」
わたしが魔石を持った手をつきだせば、お兄様が一歩後ろに下がる。
わたしが歩くと、また一歩後ろに。
「わたしはどけと言ったんです。三秒以内にどかないのならば、この邸が火の海に飲まれるでしょうね」
お兄様はぎりっと奥歯を噛みしめて、わたしに道を開けた。
「アシュリー、俺は認めていないぞ」
「そちらの意見は関係ありません。ああそうそう。明日にでも縁切りの書類を行政機関に提出しておきます。五日以内に承認されなかった場合は、ダフニーとアーロンの浮気の件が新聞社にリークされるとお思いください。ちなみに山のようにありますから、つい魔がさしてなんて言い訳はできませんわよ」
「適当なことを言うな!」
なるほど、ここに来てもダフニーを信じるらしい。
……ならばあなたが溺愛する義妹がどれだけ尻軽なのか教えて差し上げましょうね。
わたしはポケットから四つ目の魔石を取り出した。
お父様が抵抗するようならこれを証拠にしようと持っていたものだ。
わたしが魔石に力を籠めると、そこから、大音量で「ああーんっ」という喘ぎ声が上がる。
お兄様がひゅっと息を呑んだ。
これは、アーロンとダフニーの情事の音声を録音した魔石である。
喘ぎ声と二人の睦言が大音量で邸中に流れていると、血相を変えたダフニーとベリンダが走って来た。お父様の姿はないが、今頃ダイニングで頭を抱えているだろうか。いい気味。
「これは証拠の一つです。まだまだありますからお楽しみに。音声付きで新聞社に渡せば、きっととっても喜んでくれるでしょうね」
お兄様は蒼白になって黙り込む。
代わりにダフニーとベリンダがわめきたててわたしから魔石を奪い取ろうとしたけれど、結界に阻まれて悲鳴を上げた。
わたしはそんな三人に背を向けて、悠然と歩き出す。
途中すれ違った使用人が怯えたような顔をしたけれど……あなたたちに弱みはいくつか知っているけれど、別に証拠を残してなんていないわよ。あなたたちの弱みを握っても、わたしに旨味なんてほとんどないもの。
すたすたと玄関へ向かうと、玄関ホールにお父様の姿があった。
顔色が悪いが、まあそうだろう。可愛がっていた義理の娘の喘ぎ声を散々聞かされた後だから。
わたしがお父様の横を素通りしようとすると、お父様がわたしに手を伸ばして、そして結界に阻まれて顔をしかめた。
「アシュリー。考え直せ。出て行ったところでお前ひとりで生きていくことなどできない」
あら、おあいにく様。
わたしには一人でも生きていく手段があるんですよ。
お父様たちには内緒にしていましたけどね。
わたしはふっと口端を持ち上げた。
「心配いただかなくて結構ですわ。もう他人ですもの。わたしがどこで生きていようとも、野垂れ死のうとも、関係のないことでしょう?」
「アシュリー!」
「さようなら、ドール子爵。この八年、この家の中はわたしにとって地獄でしたわ」
お父様がショックを受けた顔になるけれど、正直、どうしてそんな顔をするのかはわからないわね。これまでの自分たちの行いを思い出してみたらどうかしら。
今度こそ振り返らずに、わたしは玄関扉から外に出る。
ちょっと蒸し暑い夏の夜。
まだ少し明るい紫の空を見上げて、わたしは清々しい気持ちでいっぱいだった。
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