プロローグ
新連載はじめます!
どうぞよろしくお願いいたします!
「アシュリーとアーロンの婚約は白紙になった。代わりにダフニーがアーロンと婚約することになったからそのつもりで」
晩餐の席で、お父様――ドール子爵が淡々と言った。
それを聞いて、義母のベリンダと義妹のダフニーが満面の笑みで歓声を上げる。
まるでそれが喜ばしいことのように、「よかったな」と微笑むお兄様、チャールズの声と、何事もなかったかのように淡々と食事を続ける父の姿を見ていると、わたし――アシュリー・ドールは急激に心が冷えていくのを感じた。
わたしと兄チャールズの生みの母が亡くなったのは今から十年ほど前。わたしが八歳、兄が十歳の頃のことだ。
お母様が生きていた頃は、幸せだったように思う。
だけど、義母のベリンダが後妻に入ってから、この家は何もかもが変わった。
ベリンダはもともと、お父様の弟の妻だった。ダフニーはベリンダとお父様の弟の子で、つまりはわたしの従妹にあたる。
だけど、お父様の弟――顔も覚えていないけど、叔父様とお呼びするわね。叔父様は流行り病で他界して、ベリンダは未亡人になった。そんなベリンダを憐れに思い、お父様は支援を続けていて、お母様が亡くなったのを機に、支援ではなく後妻にすることに決めたらしい。
そうして我が家にやって来たベリンダとダフニーは、お父様とお兄様にはいい顔をするけれど、お母様に顔立ちが似ているわたしのことは蛇蝎のごとく嫌っていた。
嫌がらせをされることなど日常茶飯事だったけれど、それをお父様とお兄様に言えば、まるでわたしが悪者のように言われる。
どうも、ベリンダとダフニーはわたしが二人をいじめているように吹聴していたようなのだ。
実の娘や妹よりもベリンダとダフニーの言い分を信じる二人に、わたしは早々に見切りをつけた。それは、幼いながらに自分の心を守ろうとしたのだろう。何度も訴えても逆にわたしが悪者にされてしかられるのだ。そんなことが繰り返されれば、心がずたずたになってしまう。
ゆえにわたしは、家族から距離を取った。
わたしの悪口でドール子爵家の掌握をはじめたベリンダとダフニーのせいで、使用人たちもわたしと距離を取るようになった。
だけど、わたしは幼い頃に決められていた婚約者、アーロンがいたから何とか耐えてきた。
アーロンはハンクス伯爵令息で、わたしは結婚同時にハンクス伯爵家に入ることになっていたからだ。それまで耐えればわたしの勝ち。勝手にそう思っていた……のだけど。
……ま、こうなるとは思ったわ。
つい三か月ほど前のことだった。
わたしは偶然にも、アーロンとダフニーがキスをしているところを目撃した。それもかなり濃厚なもので、あれがはじめてではないというのは、キス未経験者のわたしだってわかったくらいだ。
つまりは、アーロンとダフニーはわたしに内緒で逢瀬を重ねていたということだろう。浮気というやつだ。それを知った瞬間、わたしは自分自身のことがあまりにも滑稽に思えてきた。
わたしは勝手に、アーロンがいるから大丈夫だと思っていた。
アーロンがいるから、わたしはもうすぐこの家から逃げ出せると思っていた。
彼と結婚したら、わたしが秘密にしているあるスキルのことも打ち明けて、彼と彼の家のために尽くそうと、そう思っていたのに。
わたしは散々泣いて泣いて泣いて、そして決めた。
ベリンダとダフニーは、わたしから何もかもを奪いたいのだ。
ならば自分から何もかもを捨てればいい。
わたしはもう、ベリンダとダフニーともお父様やお兄様とも、そしてアーロンとも、まったく無関係な人間になりたかった。
そして今日、ついにそれが告げられたのだ。
もしお父様がダフニーとアーロンの関係をしっ責するようなことがあれば、わたしは一縷の望みを抱いてもいいのではないかと思っていた。
だけど結果は、ただ淡々と婚約の白紙と変更が伝えられただけ。
……もう、たくさんだわ。
わたしは口元をナプキンで拭くと、食事途中だったけれど立ち上がった。
「アシュリー、行儀が悪いぞ」
途端にお兄様が眉を顰めるけれど、これから無関係になる人に何を言われてもどうだっていい。
「お父様、いえ、ドール子爵とお呼びさせていただきます。婚約破棄について了承させたければわたしの要望を通していただけますか? もしわたしの要望を聞き入れていただかない場合は、ダフニーとアーロンの浮気現場を押さえた証拠がいくつもありますので、新聞社にリークします」
「な――で、でたらめよ!」
どうやらアーロンと浮気を繰り返していたことは、お父様に内緒にしていたみたいね。
お父様が軽く目を見張ってダフニーを見たけれど、わたしにはどうだっていいことだから知らないわ。
お父様は騒ぎたてて用とするダフニーを制してわたしを見た。
お父様がわたしの顔をまっすぐに見つめて来るのは久しぶりのことね。
「要望とは」
子爵としては、家の醜聞を新聞社にリークさせたくないわよね。
わたしは自嘲に似た笑みを浮かべた。
「今日限り、わたしと縁を切ってください。わたしはこの家から出て行きます」
これには、さすがのお父様もお兄様も驚いたみたいね。
そろって息を呑んだけれど、何を言われようとも、わたしの意志は固いわ。
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