殿下は魔道具オタク 2
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お菓子で釣って「あーん」をさせてクリスの生えかけの歯を見て満足したらしいローレンス殿下は、今はダイニングでお茶を飲んでいる。
クリスはおやつを食べてお腹が膨れたからか、ダイニングに置いてあるベッドの中でお休みタイムだ。
ローレンス殿下が来るのならば、高級茶葉を買っておいた方がいいかしらと思いつつ、文句も言わずに安い紅茶を飲む殿下を見ていると、「少し聞きたいのだが」と言いながら殿下がティーカップを置いた。
「アシュリーはランク五の製石師スキル持ちだと聞いた。最高品質の魔石が作れるそうだが、一日に何個くらい作れる?」
「頑張れば五、六個くらいでしょうか? ただ、それだけ作るととても疲れるので、今は三個くらいに留めていますが」
「一日三個か。それは全部魔石ギルドに渡すのか?」
「手元に置いていても仕方がないので渡していますが、絶対渡さなければならないわけでもないですよ」
キャスリンからは卸してくれると助かるとは言われているけれど、よそで売買することを禁止されているわけではない。
キャスリンは高めに買い取ってくれるけれど、直接店に持ち込んだ方が高値がつくこともある。ただ、面倒なのと、お金に困っていないので、直接店に売りに行くことはしていないのだけど。
すると、ローレンス殿下は視線を落とし、何か葛藤するように「いやしかし」とか「だが」とかよくわからないことをぶつぶつと呟いた。
しばらくそんな妙な行動を繰り返したあとで、意を決したように顔を上げる。
「アシュリー、図々しいお願いなのだが……」
「なんですか?」
「魔石を一つ、融通してもらえないだろうか。もちろん、正当な価格で代金は支払う。最高品質の魔石の在庫はどこも逼迫していて、簡単に頼んでいいことではないとはわかっているのだが」
「いいですよ。どうぞ」
「は?」
わたしが魔石を生み出してローレンス殿下に差し出すと、彼は目をぱちくりとさせた。
「そ、そんなに簡単に……いや待ってくれ。そんなに気軽に差し出していいようなものでは……」
「お気になさらず」
というか、わたしにもちょっとだけ打算があるからね。
ここでローレンス殿下に気に入られたら、クリスが殿下の元に戻るときが来ても、たまーになら会わせてくれるんじゃないかしらなんて、真っ黒な願望がお腹の中にあるのだ。
一日に三個程度なら魔石を作ってもさほど疲れない。
その程度なら、小一時間ほどゆったりペースでジョギングしてきたのと同じくらいの疲労感なのだ。さすがにこれが五個とかになって来ると、一時間全力疾走させられたほどの疲労を感じてへろへろになるから、そのあとしばらく動けなくなるのだが。
わたしがあっさり了承すると思っていなかったのか、ローレンス殿下はわたしが差し出した魔石を前に固まっている。
仕方がないので、わたしはローレンス殿下の前に魔石を置くと、ポケットから常に持ち歩いている結界の術式が刻印されている魔石を取り出した。
「わたし、こういう雑な使い方もしているので、本当にお気になさらなくて大丈夫ですよ?」
「雑? ……って何だこれは!」
ローレンス殿下はわたしが見せた結界の術式が彫ってある魔石を見て目を剥いた。
……あー、まあ、そうでしょうね。
伯母様にもあきれられたんだけど、普通、最高品質の魔石に直接術式を彫るなんて贅沢な使い方はしないらしいのよ。
術式を彫ったらその魔石はもうその目的にしか使えなくなる。
最高品質の魔石は恐ろしく価値が高くて供給量も少ないので、魔石が壊れるまで再利用可能なように、魔道具に加工して使うのよ。魔道具の場合は魔石に直接刻印しないから、魔道具から取り外せば再利用可能なのよね。
まあ、魔石も使用中に砕けたりひびが入ったりするから、永遠に使い続けられるわけではないのだけど、最高品質の魔石は、よほど無茶な使い方をしなければ十年は持つと言われている。
クズ魔石は一度使えば砕けるレベルのもろさだし、ランク四の製石師が作った品質のいい魔石でも一年かそこら使えば劣化して砕けるので、最高品質の魔石がどれだけ優れているのかわかろうというものだ。
耐久性だけでなくもちろん一個一個が持つ力も強いし、こんな使い方をする人はあまりいないらしいけど、透明度も高くてキラキラしていて綺麗だから、アクセサリーにも使える。確か、ロンズデイル国に代々伝わる王冠には、最高品質の魔石が輝いていたはずよ。宝石のように使うだけなら劣化しないから、輝きは半永久的だし。
ローレンス殿下はごくりと息を呑み、わたしが差し出した魔石を手に取った。
「……君の魔石は、緑色なのだな。私のスキルと相性がいいかもしれない」
「相性とかあるんですか?」
「魔石の色は、君の持つ属性に左右されるだろう?」
属性とは、火、水、風、土の四種類の属性のことだ。
この属性が強いと、スキルとして現れることがある。
チャールズお兄様が水のスキルを持っているのと同じだ。
スキルは全員が持っているわけではないけれど、貴族はこの属性系のスキルが現れることが多いらしく、お父様も水のスキルを持っていた。
わたしはスキルのことを黙っていたから、あまりスキルに詳しいわけではない。
きょとんとしていると、ローレンス殿下が「何故知らないだろう?」と不思議そうな顔をして教えてくれた。
「火の属性の色は赤。水が青。風が緑で、土が黄色だ。私はランク四の風のスキルを持っている。……ドール子爵家は代々水の気が強かったが、君の母上の実家はどこだろうか」
「グリーン伯爵家です」
「なるほど。あそこは風の属性が強いな。君は母上の属性を受け継いだのだろう」
ローレンス殿下はじっと魔石に彫られた術式の刻印をみた。
「綺麗に付与されている。この付与を行ったのは同じ風の属性を持った者だろうな。属性が違っても魔石は取り扱えるが、相性がいいと扱いやすいし、無駄がない」
「その刻印は伯母……母の姉であるグリーン伯爵夫人にしてもらいました」
「ならば君の伯母上も風の属性持ちだ。それにしても本当に思い切ったことをする。こんなことをすれば、この魔石はこの用途以外に使えないではないか」
「でも、扱いやすいんですよ」
「それはそうだろう。だが、こうやって使うよりは魔道具にして術式で増強をかけた方が……待てよ?」
ローレンス殿下は顎に手を当てて、何やら真面目な顔になった。
「術式を付与した魔石を使って魔道具を作ればどうなるんだろう。これは結界の魔石だから結界の魔道具にしか応用は難しいと思うが、もしもこれを結界の魔道具に応用したら……」
なんか、またぶつぶつ言い出したわね。
ローレンス殿下は結界の術式が付与された魔石と、先ほどわたしが生み出した魔石の両方を手に取って考え込んだ。
「製作途中のあの魔道具に応用できるか? 規模が大きすぎて最高品質の魔石が必要だったが、ランクを落としてそれぞれの魔石に刻印を入れれば……いや、魔石の耐久の問題があるからやはり最高品質でないと無理だな。だが、最高品質の魔石に刻印を入れて使用するのはあまりに贅沢なような……」
ローレンス殿下の目が、自分が握り締めている魔石と、それからわたしの顔を何度も行ったり来たりする。
ローレンス殿下はわたしよりも三つも年上だけど、なんだか好奇心がうずいて仕方がない少年のような顔をしていた。
「と、ときに、アシュリー。君は、魔道具に興味はないか?」
「魔道具ですか? 使い勝手のいいものは好きですよ。ここにもたくさん置いてあります。主に防犯用のものが多いですけど。あ! 最近狙っていたのは防犯ゴーレムだったんですよ。だけどあれ、王都では使用許可が降りていないので買えなくて。使用許可下りませんかね?」
「無理だ。昔、制御不能になった防犯ゴーレムが街中で暴れたことがあるからな……。って君はそのような凶悪な防犯魔道具を買ってどうするんだ」
「もちろんここに置くつもりだったんですよ? 女の一人暮らし……まあ、今は騎士の皆さんも一緒ですけど、女性だけで暮らすのなら防犯に力を入れておかないと。小さな子供もいますし」
「限度があるだろう。防犯ゴーレムの恐ろしさを知らないのか? あれはもともと国境の守りを固めるために作られた魔道具を応用したもので、侵入者があれば容赦なく攻撃を仕掛ける物騒なものだぞ。先日も、北の伯爵領で、酔っぱらってそこの令嬢にふらちなことをしようとした男が、全治半年の大怪我を負わされたと聞いたが」
「あー、命があっただけよかったですね」
ローレンス殿下の言う通り、防犯ゴーレムは本当に危険なものではあるらしい。
ゴーレムなので、もちろん手加減なんて言葉は知らない。だって意思がないのだから。あのゴーレムは、敵と認識したものの活動が停止する、もしくは活動範囲に指定されているエリアから出ない限りは容赦なく攻撃を繰り返すので、一歩間違えれば命にかかわることがあるらしい。
わたしは侵入者の撃退に使うつもりだったが、キャスリンにゴーレムが欲しいとこぼしたら、「あんたはマフィアでも結成するつもりなのかい」とあきれられた。
「私が言っているのはそのような悪辣な魔道具ではない。少し規模の大きな生活魔道具だ」
「規模が大きい?」
「……そうだな。この邸が五つくらいはすっぽり入るくらいの規模だ」
そんなとんでもなく大きな規模を魔道具って、一体何をする魔道具なのかしら。それこそ防犯じゃないの?
ローレンス殿下はベッドですよすよと眠るクリスに視線を向けて、ふわりと目元をやわらげた。
「クリストファー……クリスが生まれた時に作りはじめたんだ。ほら、子供はすぐに体調を崩すだろう? 妃も体が弱かったし、せっかくだからと思ってな。だが、設計図はできても動力にはどうしても最高品質の魔石が必要で諦めていたんだ」
「なんの魔道具ですか?」
というか、王太子が魔道具の設計?
魔道具と簡単に言うけれど、作るのには高度な技術が必要で、専門職でないと難しい。
それこそ、別名ドワーフスキルなんて呼ばれている鍛冶スキル持ちの器用さが必要だし、伯母様のような付与術師スキル持ちがいなければ術式を彫りこむことができない。
魔道具を一つ作るのにも何人ものスキル持ちが必要なのだ。
「大掛かりな空調の魔道具だったんだ。城一つはさすがに無理だったが、王族の居住エリアくらいはすっぽり収まる規模にした。ほら、部屋を暖かくしていても廊下に出たら寒いだろう? そうすると、クリスが風邪を引くかもしれない」
なるほど、過保護である。
ローレンス殿下は少しだけ恥ずかしそうに。
「実は子供の頃から魔道具をいじるのが好きだったんだ。友人や側近にも趣味が似通っているものが多く、休憩時間に仲間内で設計していてな。鍛冶スキル持ちも付与術師スキル持ちもいる。研究所という規模ではないが、なかなか優秀な人材が揃っていると思う」
ローレンス殿下はまたちらちらとわたしを見た。
「もし……もし、君が、嫌でなければ、い、いや。さすがに図々しいか。だがその……」
つまるところ、設計と魔道具の土台まではできても、規模が大きすぎて最高品質の魔石でなければ動かせないようなものをポンポン設計して作っているから、ランク五の製石師スキル持ちのわたしがほしいんですね、わかります。
わたしはあきれかけたけれど、そこではたと気が付いた。
もしもわたしがローレンス殿下の趣味の仲間に入れば、クリスが殿下の元で養育されるようになっても会う機会はあるのではなかろうか?
……あれ? これ、わたしにとっても美味しいんじゃ?
相手が相手である。とっても高貴な身分の方だ。高貴な身分が側近とか友人とか言うくらいだから、きっと他の人たちも高貴な身分だろう。
そんななかにぽんとわたしが加わるのは場違い感が半端ないが、でも――
……クリスに会えるなら。
クリスとの生活が終わっても、彼に繋がる小さな糸を見つけてそわそわしてきた。
ドール子爵家を捨てたわたしは、もう貴族ではない。縁も切った。
だけど、わたしが志願したのではなくて、ローレンス殿下側が望んでいるのならば――いいのではなかろうか。
あくまで趣味のお付き合いなので、政治に口を出すわけでもない。
殿下が個々に来たり、魔道具を作るときにたまーにお城に呼ばれたりする関係だろう。
お城に呼ばれればクリスとの時間を少し貰うことができるかもしれない。
「わかりました。わたしでよければ喜んで!」
「本当か⁉」
「ええもちろんです」
すると殿下は「よし!」と手を握り締めて、そしてとんでもないことを言い出した。
「ならば明日……は予定があるから明後日にでも、仲間を連れてここに来よう。ああそうだ。ここを私たちの趣味の研究所にしたと言っておけば、私がここに足を運んでも怪しまれないな。そうしよう」
……なんですと?
ローレンス殿下は気分が高揚しているのか、とってもいいことを思いついたと言わんばかりに、にこにこと続ける。
「ここを、私たちの趣味の研究機関としよう!」
ちょっと殿下‼ 家主であるわたしの許可は――って、だめだ。聞いてないわ~。
どうやら王手を振って息子に会いに来れる口実を見つけた殿下は、暴走馬車のごとく、前しか見えていないようだった。
わたしが茫然とする側で、黙って空気に徹していたコーデリアが、我慢できないと言わんばかりにくすりと小さく笑った。
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