殿下は魔道具オタク 1
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クリスが、ローレンス王太子殿下の一人息子クリストファー王子だと知って一週間。
日に日に秋らしくなっていく庭で、クリスと護衛のコーデリアと共に、わたしは日向ぼっこをしていた。
庭の花壇にはコスモスが咲き誇っていて、風に花が揺れるたびに、クリスがじっと時間が止まったように静止ししてそれを見つめるのが面白い。
護衛騎士と言っても女性ばかりだし、騎士服を脱いで普段着で生活しているためか、彼女たちが気さくだからなのか、わたしもそこまで気を張らずに生活できていた。
むしろ、クリスの子育てを手伝ってくれるので、側にいてくれるととっても心強い人たちである。
料理や洗濯、掃除をするときはクリスを見てくれるし、何なら掃除や洗濯を代わってくれたりもする。
料理はできないらしいので――と言っても、わたしもリネットに教えてもらいながら少しずつ覚えている段階なのでたいしたものは作れないが――料理はもっぱらわたしの役目だ。
クリスは本当に人見知りしない子なので、コーデリアたちはすでにクリスにメロメロである。交代で抱っこしては家の中を歩き回ってくれるのだ。おかげで、クリスの抱き癖がさらにひどくなって、最近では抱っこしないと寝てくれなくなったのがちょっと困る。
「あーっ」
数歩だけと歩けるようになったクリスが、とてとてと花壇に歩いて行く。
途中でぺた、と座ってはまた立ち上がり、とてとてと歩く姿が本当に愛らしい。
「クリス様は本当に可愛らしくていらっしゃいます」
クリスは現在、ここでひっそりと隠されている状態なので、殿下と呼ぶわけにはいかないため、コーデリアたちもクリスを「クリス様」と呼んでいた。様付けだが、まあわたしのことも「アシュリー様」と呼んでいるし、これについては聞かれてもそこまで違和感はないだろう。
……なんとなくだけど、ご近所さんにはコーデリアたちは使用人だと思われているっぽいし。
家自体が大きいので、お金持ちが住んでいると思われているようだった。ご近所づきあいもしていないので直接聞かれることもないし、状況が状況なので勘違いさせたままでいいと思う。
コスモスが気に入った様子のクリスが花壇に手を置いてじーっとピンク色の花を見上げていた。
「そう言えばクリスは、花が好きなんですよね。花瓶に花を生けていてもじーっと見ているし」
「それは……その、亡くなられたクリス様のお母上の部屋には、常に花が飾られていましたから」
なるほど、そういうことね。クリスはそれを覚えているんだわ。
クリスのお母様である王太子妃カロライナ様は病弱であまり部屋の外には出なかったらしい。だからなのか、部屋には常に色とりどりの花が飾られていただそうだ。
まだ一歳だから、クリスはきっと、母親の死を理解していない気がする。だけど、母親の部屋にあった花は覚えているのかもしれない。
切なくなってきて、わたしはクリスの側まで寄ると、その隣にしゃがみこんだ。
「コスモス、綺麗だね。クリス」
「き……れー」
意味はわかっていないのだろうが、最近はわたしやコーデリアたちが話した言葉の一部をもごもごと口の中で繰り返すようになった。
「まんま」のほかに「じゅーしゅ」も覚えたし、ボールのことを「るっ」というようになったし、クリスは発語が早いのかもしれない。
クリスが抱っこをせがんできたので抱き上げたとき、玄関から騎士の一人が呼びに来た。なんと、ローレンス殿下がお忍びでやって来たらしい。
……子供に会いたいんでしょうけど、いいのかしら?
実は、ローレンス殿下が来るのはこれで三回目だ。
暇を見つけては、身分を誤魔化すために平民服を着てやってくるのだけど、クリスの存在を気づかれないように隠しておくのではなかったのだろうか。ローレンス殿下は顔立ちが整いすぎているので目立つと思うのだけど。
「クリス!」
ローレンス殿下も、クリスのことをここでは「クリス」と呼ぶ。
「ぱーっ」
わたしたちが玄関へ向かう前に庭に回って来たローレンス殿下が、クリスを見てぱっと笑った。
クリスがわたしの腕の中からローレンス殿下に向かって両手を伸ばす。
……まあ、パパがいいわよねえ。
ちょっと負けた気になるのはどうしてかしら。
あっちは実の父親なんだから当たり前なのだけど、クリスを取られたような気になってしまう。
わたしからクリスを受け取ったローレンス殿下は、クリスの脇に手を入れて一度高く持ち上げてから抱きしめる。
「いい子にしていたかクリス」
「あー!」
「そうかそうか」
とろんと目じりを下げてクリスをあやすローレンス殿下は、いいお父さんなのだろう。
妻を殺害した犯人を断罪するための証拠集めで忙しいはずなのに、少しでもいいから息子との時間を取ろうとやって来るのだ。
この姿を見ると、「こんなに頻繁にいらっしゃって大丈夫なんですか?」なんてとてもではないが言えない。父親なのだ。息子に会いたいのは当然である。
「アシュリー、いつもすまないな。クリスはどうだ?」
どうだと言われても、それを聞かれたのはつい二日前である。二日ではそれほど大きな変化はないけれど……。
「あ、上の前歯が生えてきましたよ。ちょっとだけですけど」
下の前歯二本はもう生えていて、口を開けると小さな歯が見えるのだが、ついに上の歯茎のところにちょっとだけ歯が覗きはじめたのだ。
「なんだと? クリス、あーん。あーんだ」
生えはじめた我が子の歯が見たいのか、ローレンス殿下が必死に「あーん」と繰り返すも、クリスはきょとんとしている。たぶん手にお菓子がないからだ。お菓子を持って「あーん」と言えば、クリスはたいてい素直に口を開ける子である。
「殿下、ダイニングに行きましょう。お菓子を用意したら口をあけてくれるはずです」
「そうだな、そうしよう」
気が急くのか、ローレンス殿下は玄関ではなく掃き出し窓からダイニングへ向かう。
わたしとコーデリアは顔を見合わせてちょっぴり苦笑すると、殿下の後を追いかけた。
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