人生は奇想天外! 2
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あまりの衝撃に魂を飛ばしかけていると、ローレンス殿下がクリス……ではなくクリストファー殿下を抱えたまま椅子に座った。
「話がしたい。座ってくれ」
ここはわたしの家なんだけど、茫然としすぎていて主導権はすっかりローレンス殿下に移っている。
わたしは震えながら椅子に座ると、ローレンス殿下の腕の中できゃっきゃと笑っているクリストファー殿下を見た。
「何から説明すべきか……。先ほども言ったが、クリストファーは私の息子だ。これは公にはしていないのだが、説明に必要なために君には話す。どうか口外はしないでほしい」
王家の秘密みたいな話はできることなら聞きたくないが、クリストファー殿下のことを説明する上で必要だというのなら覚悟を決めるしかあるまい。
固唾を飲んで頷けば、ローレンス殿下がクリストファー殿下の頬を愛おしそうに撫でながら続けた。
「妻、カロライナのことは知っているだろう? カロライナはもともと病弱だったのだが、クリストファーを産んだ後の体調が回復せず、東にある保養地で療養中だった。カロライナがクリストファーを側に置きたがったからこの子も一緒にな。だが、私が仕事で王都を訪れていた時に、カロライナが逝去した。毒殺だった」
「……え?」
「カロライナが死んだことは公にしていない。だから絶対に口外しないでくれ」
……なんで?
王太子妃が逝去したとなると、大々的に発表して葬儀を執り行うはずだ。
それなのに黙っているということは……そうしなければならない理由があったのだろう。
ローレンス殿下は一つため息をついて、クリストファー殿下に頬を寄せる。
「縁を切ったとはいえ君も貴族令嬢だったのだから多少はわかるだろう。カロライナの実家マギニス公爵家と宰相家であるオグレイディ侯爵家は対立関係にある。カロライナに毒を持ったのは、彼女の療養について行っていた侍医の一人だった。まだオグレイディ侯爵家については口は割らないが、私は関与しているのではないかと思っている。そのため、カロライナが死んだことを伏せて動きを探っている段階だ。……と、この話は今はあまり重要ではないな」
重要か重要でないかで言えば国にとってはとんでもなく重要な話だと思うけれど、わたしは重要機密事項なんて知りたくないから飛ばしてくれて構わない。とはいえ、もう遅い気がしているけれど。
「カロライナが毒殺されたとき、クリストファーが何者かによって連れ去られたと報告が上がった。侍医を尋問してもろくな答えは帰って来なかったが、だいたいの想像はつく。オグレイディ侯爵家は自分の娘を私の後妻に据えようと考えているのだろうから、王位継承権を持つクリストファーの存在は邪魔になる。しかし私がオグレイディ侯爵家から妻と取らず、オグレイディ侯爵家の敵対派閥から後妻を取る可能性を考えれば、クリストファーの身柄を確保しておくことは、のちのちオグレイディ侯爵家にとって有利に働くこともあるだろう。証拠さえ挙がらなければ、攫われたところを保護したなどと言い訳はいくらでも聞くからな」
つまり、ローレンス殿下が後妻に自分の娘を娶らなければ、何年かたったころにふらっとクリストファー殿下の存在を使って自分たちが実権を握ろうって考えたってことかしら?
たとえばクリストファー殿下と年齢の釣り合う派閥の令嬢あたりと仲良くさせておいて、クリストファー殿下の正当な王位継承権を主張しつつ次の政権で実権を握ろう、とか。
もっと怖いことを言えば、クリストファー殿下を確保して置いて、ローレンス殿下を殺害してしまう、とか?
考えればきりがないけれど、確かに、クリストファー殿下の政治的な使い道はいくらでもあるだろう。
……だからって、こんな幼い子の母親を殺害して連れ去ったなんて信じられない!
ローレンス殿下の腕に抱かれているうちに眠くなってきたのか、クリストファー殿下がうとうとしはじめる。
「だが、クリストファーを連れて逃げることができなくなったのだろう。王太子妃の療養地だ、もちろんカロライナの周りには護衛をたくさん配していた。クリストファーが攫われたことに気が付いた護衛たちが後を追ったと言っていたから、逃げきれないと踏んでクリストファーを捨てたのだろうと推測される」
そこからは、わたしが推測する通りだった。
クリストファー殿下はわたしが彼を拾ったあの道に放置されていたのだけど、あれは騎士たちから逃げる途中でクリストファー殿下が邪魔になったからあそこに放置していったのだ。
ローレンス殿下は息子の痕跡を必死に探して、わたしにたどり着いたのだろう。
王家の力を使っても捜索に一か月もかかったのは、わたしが届け出を出さなかったからね。
訳ありだと思って届け出なかったから、殿下は小さな手掛かりを探して探して……ようやくここにたどり着いたんだわ。
「クリストファーが君のような人に拾われて助かった」
「いえ……」
ああ、これはもう、どうしようもないやつだわ。
わたしはクリストファー殿下……クリスと離れたくないけれど、相手が王太子の息子である以上、わたしがいくら抵抗しても無駄だもの。
そして身分が身分だから、きっともう二度と会うことはできないでしょうね。
ドール子爵家と縁を切ったわたしは、もう平民だもの。社交家に顔を出すことはない。
可能性があるとするならば、大きくなったクリスが公務などで外出した時に遠くからその姿を眺めることができるかもしれない、くらいかしら。
でも、もしかしたら接触禁止令とかも出されるかもしれないから、それすら無理かも……。
心がずーんと重くなる。
自然と視線が下に落ちた。
一か月。
たった一か月だったけれど、クリスはわたしにとって家族だった。
ドール子爵家と縁を切ることを選んだのはわたしだけど、傷つかなかったわけじゃない。その寂しさを癒してくれたのが、クリスだったのだ。
だけど、いくらわたしが寂しくても、クリスにとっては実の父親の元で過ごすのが一番いい。
ローレンス殿下の様子を見ていると、クリスは殿下にとても愛されているようだ。クリスのお母様は亡くなってしまったけれど、きっと大切に育ててもらえるだろう。
わたしのお父様のように、後妻を娶って実の子を放置するようになる……なんてことは、きっとない、と思いたい。
ローレンス殿下はわたしをじっと見つめて、それから小さく笑った。
「ところで、ものは相談なのだがいいだろうか」
「なんでしょう」
クリスと今後関わらないでほしいという相談だろうか。
沈んだ気分のまま小さく顔を上げる。
「先ほども言った通り、カロライナが毒殺された件については周囲に伏せてある。この状況でクリストファーを城へ連れ帰ると怪しまれるだろう。クリストファーを隠すのにカロライナの実家であるマギニス公爵家に預けることも考えたが、人の出入りの激しい公爵家に預けるよりは、君のところの方がクリストファーを隠すのにふさわしい気がする。……勝手なことを言うようだが、もうしばらく、ここでこの子を養育してくれないだろうか。見たところ……とても、大切にしてもらっていたように思う」
ローレンス殿下がダイニングの中をぐるりと見渡して微笑む。
わたしは思ってもみなかった提案に目を見張った。
「……いいんですか?」
「もちろん、永遠に君に預けるわけにはいかない。だが、しばらくは私の近辺はバタバタするだろう。落ち着くまで……そうだな。カロライナの死を公表できるようになるまでは、君のところにクリストファーを預けたい。当然だが養育費は払うし護衛も用意する。私も時間を許す限り来るつもりではいる。人の出入りが増えて鬱陶しくなると思うが……」
「大丈夫です!」
クリスから引き離されると思っていたわたしは、一も二もなく食いついた。
幸いなことにわたしにはお金がある。そして、最高品質の魔石も作れる。
最高品質の魔石を惜しげもなく使った結界魔道具も用意できる。伯母様には魔石に直接術式を彫ってもらったけれど、魔道具ならば格段に威力は跳ね上がるのだ。
クリスの安全はしっかりと確保するから、できるだけ長く彼と一緒にいさせてほしい。
「では、我儘を言って申し訳ないが、よろしく頼む」
このときわたしは、これから王太子殿下関わることの影響の大きさや、王太子の息子の養育を任されるというとんでもない大役の重責を考えるよりなにより、クリスとまだ一緒にいられるということで舞い上がってしまって――深く考えずに、ローレンス殿下の提案を飲んでしまったのだった。
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